今日はカレーにしよう。玉ねぎが嫌いな奴のために、みじん切りにして形がなくなるくらいに煮込む俺ってなんて優しいんだろう。と、自分で自分を褒めてやらなきゃ夏場にキッチンに立つのは辛すぎる。くそったれ、なんで俺ばっか料理作ってんだよ、と思うけれど、風介の料理スキルはかなり低いのだ。低いなんてもんじゃない、あれは破壊活動だ。可哀そうな食品たち。流石に命は惜しいので、俺は毎食二人分の食事を用意する。
 目に染みて涙が零れそうになるのを抑えて、玉ねぎをみじん切りする。一口がちっちゃい(その割によく食べる)あいつのために人参もジャガイモも小さめに切ってやって、肉と一緒に全部鍋に突っ込んだ。ルーは辛口派の俺と甘口派のあいつとで喧嘩にもなるが、妥協案として順番で味を変えることに決めた。今日は甘口だ。甘いカレーなんてカレーじゃないと思うけどね、俺は。
 さて、甘口派のやつは今何をしているんだろう。リビングの方へと行けば、風介は椅子に座り、ポテチを食べながら雑誌を読んでいた。良い御身分だな。それと人が夕飯を作っているのだから、間食をするなと言いたい。何を読んでるんだろうと覗きこんでみれば、なんとびっくりエロ本だった。涼しい顔してなんていうもの見てるんだ、お前。

「きみの部屋から見つかったんだけどね」
「ハァ? 見覚えねぇし。ていうか人の部屋勝手に覗くなよ」

 風介はつまらなそうに本をテーブルに置く。おい、拭いたばっかりなんだから無造作に置くなよ、くっつくだろ。慌ててつまみあげてゴミ箱に捨てる。分別なんてそんなもの知るか。恐らく雑誌を部屋に置いておいたのは夏彦かそこらへんだろう。あいつはときどきそういうことをするし。エロ本を仲間内で回しあいもある(茂人は顔真っ赤にして怒ってたけどな)。まぁ、どんな子が好みなのかーなんてこの年にはよくあることだ。さてはて、風介はどんな子が好みなのだろう。さっきの様子を見る限り、女教師物は好きではないらしい。こういう奴に限ってむっつりなんだ、むっつり。

「きみの部屋に置いてあったこういう雑誌を見て思ってみたんだけど」
「おまえ他のやつも見たのかよ」
「どうやら、わたしはきみにしか欲情しないようだ」

 ――素晴らしいほど沈黙。窓の外でセミがみんみん元気よく鳴いてうざったいくらいだった。そうだ、鍋の様子見てこないと、なんて現実逃避をしてみる。やっぱりこいつはむっつりだ。そんな、自己分析して分かりました、みたいなこと言われても、どう反応すればいいんだよ。

「……あのさ、それ、もうちょっとロマンチックに言えないわけ?」

 欲情だとか言われて嬉しい相手がいるかっての。俺はお前の何なんだという思いがむくむくと湧いてくる。そういう処理の相手か。二人分の料理を甲斐甲斐しく作ってやってるのに。こいつは変なところで直球だから、言っていることに嘘はないのだろうけれど、もう少し言い回しというものがあるだろう。例えば、

「どんな女子がいても、きみ以上に恋しく思えるような奴はいない」

 ――これは、なんというか、想像以上に、照れる。これでもぐもぐとやる気なさそうにポテチさえ食べてなければ、ただでさえ美人顔のこいつに、ころっと持って行かれそうだった(何が、とは言わないけれど)。先ほどよりも長い沈黙が続いて、その沈黙が続くうちに照れの方が上回ってきたのか、耳の赤くなった風介が、無言で足の脛を蹴ってきた。ものすごく痛い。

「……顔が赤いぞ晴矢」
「……そっちもな」

 ああ、もうやだやだ。なんでこんな恥ずかしい思いしなくちゃならないんだ。熱が集まる顔を右手で隠して、カレーを煮込む鍋を見に行くためにその場を離れようとした、が、右手を思い切り引っ張られて、思わず転びそうになってしまった。瞬きをすれば、目の前に、同じように顔の赤くなった風介の顔がある。

「理不尽だ」
「何が、だよ」
「わたしばっかり、そういうことを言うのは、理不尽だ。晴矢は、わたしに一度だってそんなこと言ってくれたことないくせに」

 まさかのカウンター攻撃だった。そりゃあ、俺から好きだとか何だとか、言ったことは、そういえば思い返せばなかったように思える。仕方がないだろ、恥ずかしいんだから。現に、ただでさえ子供体温だと言われる体温が、風介に掴まれたところから上昇していく。離せよ、と腕を振りほどこうとしたのに、掴む腕の力とその目が許さない。
 ほら、さっさと言え、とばかりにぐいぐい腕は引っ張られた。

「す、」
「す?」
「す、きです、よー、だ」

 目線は泳ぐ、泳ぐ。さぁ、これで十分だろうとキッチンに行こうとするのに、風介はまだ離さなかった。この細っこい腕の、どこから力が湧いてくるのか、そのメカニズムがさっぱりわからない。

「もっとロマンチックに」
「無茶、言うなっての」

 この我儘男! 罵ってやりたい気持ちもあるけれど、微妙に頑固な風介は、きっと納得しないだろう。こいつは、俺が困るたびにひっそりと嬉しそうな顔を浮かべるのだ。しかも、決まって、こいつのせいで困るたびに。お前って、性格かなり悪いぜ、そう指摘してやろうか。まぁそれは、俺もなんだろうけれど。
 寝ぐせなんだかセットしてるんだかいまいちよくわからない色素の薄い前髪を分ける。俺はドラマも見ないし、本だってあまり読まないから、ロマンチックな言い回しなんてよくわからない。漫画は読むけれど、陳腐な愛の言葉はなんだか恥ずかしいし、こいつには似合わないだろう。髪の毛をわけて、現れた額に、唇を落としてやる。あぁもう、これでわかったか、馬鹿。
 その表情が見える前に、ぽすりと風介の顔を胸に押し付ける。

「俺の顔、見るなよ」
「これでは全然見えないから、安心すればいい」

 でも晴矢、きみ、すごく熱いよ。なんて言われてしまえば、俺はどうすればいいんだろう。顔を見るなとは言ったけれど、じゃあ触るなよ、なんては言えない。やっぱりロマンチックなんて全然似合わないんだよ、俺たちは。だってまだまだ子供だしな。だから全然ロマンチックじゃない、馬鹿な風介の言葉を借りてやる。

「俺もお前にしか欲情しないから、カレー、明日でもいいよな」

 小さく切ってしまったジャガイモはきっと煮崩れするだろうけど。そう言ってようやく風介の頭を離せば、カレーは一日置いた方が美味いだろうと、馬鹿みたいなことを返しながら首筋に噛みつかれた。建前の甘い言葉を捨てた俺たちは、どこまでも欲望に忠実なのだった。








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