綱海さんは近くに海があれば必ずサーフィンに行く。例えその日どんなハードな練習があろうがお構いなし、綱海さん曰くサーフィンをしなければ目が覚めないそうだから、彼にとっては朝起きて歯を磨くのと同じくらいの日常なのだ。俺は眠い目を擦りつつ、走って既に海にいる綱海さんを追いかけて、辛抱強く、気持ちよく波に乗る綱海さんが岸に戻ってくるまで待っていた。一世一代の告白、雰囲気を重視して俺は朝の海辺で告白することにしたのだ。正確には、こうでなければ二人きりになる機会が少なすぎるから、だったのだけれど。しかし早朝も早朝、毎日の練習でくたくただった俺は見事にそこで眠りこけてしまった。サーフィンを楽しんだ綱海さんが、ゆっさゆっさと俺を揺さぶって、「おーきーろー、立向居ー」と耳元で叫んでくれるまで、すっかり夢の世界へと旅立ってしまっていたのだ。
 まだ夢うつつ、眠い目を擦りながら、ふぁあい、と欠伸の混じった返事を返すと、綱海さんはけらけらといつもの楽しげな笑い声をあげた。そこで間抜けにも俺は、そういえば今日は綱海さんに告白しにきたのだったと今さらながら思い出したのだった。どうやって告白するか、とか、断られたらどうしよう、とか、昨日の夜まで布団の中でうんうん唸りながら考えていたことが全部吹っ飛んでいた俺のやったことは、後から振り返ると悶絶しそうなほどとんでもないことだったと思う。つまるところ俺は綱海さんに抱きついたのだった。言い変えよう。抱きついて、そのまま、勢い余って浜辺に倒れ込んだのだ。傍から見れば押し倒しているようにしか見えない、そんな格好。いや、事実、押し倒してしまっているけれど。

「いってぇ! 頭打った!」
「あ、わ、す、すみません!」

 頭を押さえて若干涙目になっている綱海さんを前に、俺はさっさと退けるべき、だったのだろう。だけど、身体を起こそうとしたその腕は、そこで止まってしまった。痛みに涙目になっている綱海さんの姿はなんとも扇情的で、背後で聞こえる波の音は見事にBGMの役割をして、なんだかドラマチックな雰囲気を作り上げていた。

「立向居? ほら、退けろよ」

 なかなか退かない俺に綱海さんは疑問を持ったようで、小さく首を傾げる。その様子を見て、俺は思わず首をぶんぶんと横に振った。

「い、や、です」
「別に、怒ってねーよ。頭はちょっぴり痛いけどな」
「そうじゃ、なくて。その」

 どくどくどくどくと心臓が身体中に勢いよく血を送る。顔は真っ赤に違いない。綱海さんから見たら、逆行だからよくわからないだろうけれど。靴の中はざりざりと砂だらけになって、くすぐったくて、痛かった。その感覚が現実へと呼び戻す。

「好きなんです」

 きっと言ってしまえば戻れない、そんな言葉を、けれど一人で抱えるにはもう重すぎた。日に日に増していく想いはぎゅうぎゅうに心臓を締め付けて、押し出されるように口から零れ出る。好きです。好きなんです。あなたが、どうしても。眩しくて目が眩んでしまいそうで、なのにあなたを見ることをどうしてもやめることができないんです。

「綱海さんが、好きです」

 綱海さんは大きく目を見開いて、俺を見つめた。沈黙、約三十秒。いい加減砂浜に置いた手が砂と熱さで辛くなってきたし、そのまま見つめられるのもどうにも居心地が悪くて、俺はそっと上体を起こした。はずだった。

「わっ」

 ぐいっとその腕を引っ張られ、肘をつく。痛い。暑い。すぐ目の前に、にっこりというにはちょっと意地が悪い、いうなればにやりという笑みを浮かべた綱海さんがいた。

「もっと」
「え?」
「もっと、言ってみな」
「す、好きです」
「もっと」

 度も強請る綱海さんに後押しされて、そのたびに好きだと繰り返す。好き、好き、好き、今まで頭の中で思い浮かべた数以上を口にするくらい、綱海さんに言葉を捧げた。全身全霊で、嘘も偽りもない、濁りのない感情をそのまま口にすることは、回数を重ねれば重なるだけ羞恥心が湧き、けれど綱海さんは止めることを許さない。

「抱きしめて、キスしたいくらい、」
「俺のこと好き?」

 俺は大きく頷いた。おでことおでこが軽くぶつかって、そこでようやく綱海さんは納得したのか、にんまりと笑う。とん、と肩を押されて、力は入っていないはずなのに、脱力して、尻もちをつく。綱海さんはそんな俺のことなど気にせず、何故俺の服を掴んで、ばんざーいと言った。促されるままに万歳、すると綱海さんは俺の服を脱がせてきた。ぎょっとした顔は、けれど脱がされる服に隠されて、それから俺は下も脱がされて、あっという間にパンツだけの姿になってしまった。周りに人がいなくてよかった。下手をすれば通報されかねない。

「世界で一番綺麗なキスをしよう、立向居」

 綱海さんは笑って、俺の腕を引っ張って走りだした。靴も脱がされた俺の足の裏は、どんどん砂を踏んでいく。待って、制止の言葉は届かない。やがて冷たい水の感触が足に広がり、気がついたときには肩まで水に浸かっていた。先に綱海さんが勢いよく海に潜り、腕を引っ張るその力は俺を海へと引きずり込む。ほとんど息も吸えないまま、頭のてっぺんまで海の中へ。そうっと目を開けば、すぐ近くに笑う綱海さんの顔がある。頭の上からきらきらと日の光が屈折しながら海へと入ってきて、その中で微笑む綱海さんは、今までで一番綺麗だった。綱海さんが手を離したので、今度は代わりに俺が手を掴む。力を入れなければ自然と身体が離れてしまうから、両手を使って、抱きしめるように綱海さんに触れる。地上では身長差があって近づかない目線も、海中では関係ない。誘われるように、綱海さんにキスをした。身体が不安定だからなかなか上手くいかないけれど、酸素を分け合うように、何度もキスをしていく。繰り返せば息が苦しくなり、綱海さんが小さく水を蹴った。地上へと戻る、という合図。幻想的な時間は、それでも本当は現実であるから終わってしまうのだ。もう一度だけどうしても伝えたくて、好きですと唇の動きだけで綱海さんに告げる。口から出て行く泡のせいで、ちゃんと綱海さんに伝わったか不安だったけれど、笑いながら綱海さんは、俺も、と唇の動きで返してきた。最後に、名残惜しく触れるだけのキスをする。塩辛いキスは、それでも確かに世界で一番綺麗なキスだった。








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