ポリタン

椎名洸(しいなこう)、18歳。髪は茶色とピンクの真ん中みたいな色で、顔は整っている方だとよく言われる。
身長は人並みにはある。体型だって痩せ型だと言われる方だろう。
まあこんな容姿をしてるもんだから、それなりにモテたりする。
それで、そんな俺には可愛い後輩がいたりする。

「せ、先輩…っ」

隣で息を切らしている大きい犬みたいな男が、後輩の町田陽(まちだひかる)。
身長は軽く180を越えていて、焦げ茶色の髪は地毛らしい。
大きな二重に蜂蜜色の瞳は爺さんゆずり、だそうだ。
陽は喧嘩でも何でも、出かけるときはいつもついてきて助けてくれたりもする。
見た目は弱そうなのに、喧嘩になるとそれなりに強かったりもするからビックリだ。
一体どこにそんな筋肉があるのかというほど痩せているからだ。
この間手首を掴んだとき、すんなり親指と人差し指がくっついてしまうぐらい細かった。
その他にも色々とあったのだが、とにかくこいつは骨が浮き出るほど細い。

「…先輩?」
「ん?あー悪い悪い」

気がつけば少し落ち着いた陽が、大きな瞳を細めてこちらを見つめていた。
こういう顔を見ていると、その綺麗な綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしたくなる。
とか、考えてしまっている辺り多分俺の脳内は末期だ。
誤魔化すために焦げ茶色の髪を乱暴に撫でつけると、陽は戸惑うように顔を赤らめた。
…そういう反応は目に毒だ。勘違いしそうになる。
手を離して、背を向けて歩き出す。目的の場所はいつも決まっている。
陽は数秒経ってから静かに後を追いかけた。




「沙絵さんいるー?」

そうやって声をかければ、いつだって面倒臭そうに扉を開けてくれる。
薄い茶髪にピンクパープルのメッシュが似合う、赤いルージュのお姉さん。
もう20歳になるんだっけ、と昔のことをぼんやりと思い出していたら、沙絵さんの顔が近付いた。

「自分から声かけたくせに入んないの?ふーん、洸はそんな薄情な男だったかしら?」
「うるせぇ。沙絵さんって歳重ねてくごとにババ臭くなってきてるよな」
「その生意気な口はいつになったら静かになるんでしょうね。あら、陽くんもいるの?」

嫌味を投げつけていた沙絵さんの目が陽を捉える。
どうも、と軽く会釈をして困ったようにはにかむ陽を、沙絵さんは得意の妖艶な笑みで出迎えた。
陽は可愛いけど沙絵さんは可愛くない。だからその胸を全面に押し出すような服はやめてほしい。
陽はどうも沙絵さんが苦手らしく、というか女の色気というやつに戸惑っている部分が見受けられる。
今だって唇を強く噛んで何かを我慢しているようだった。

「それにしても最近全然来なかったじゃない」

沙絵さんに手を引かれながら店の中に入る。
相変わらず店主以外は落ち着いた雰囲気の店だ。
沙絵さんは顔に似合わずイタリア料理の店をしていて、その店が午後からだというから朝にお邪魔している。
木製の椅子に腰をかけて、陽はその向かい側に座る。

「まあ最近は色々あったんだよ」
「へえ…今度はどんな喧嘩してるのよ?あ、それとも女の子?」
「喧嘩でも女でもねえっつうの」
「それは残念。あ、陽くん何が好き?何でも言ってくれたら作るけど」

急に陽に話題を振るな。
沙絵さんに向けていた視線を陽に移すと、何故か陽の目が潤んでいた気がする。

「え?いや、俺は別に…」
「遠慮しなくていいのよ!あたしができることなんてせいぜい料理ぐらいだし」
「はーい、俺ナポリタン」

とりあえず沙絵さんと陽が会話するのさえ見たくなくて会話を遮る。
少し睨まれた気がするけど気にしない、気にしない。
陽の髪に触れると、その巨体が小さく震えた。

「腹、減ってないのか?」
「…っ、や、そういう、わけじゃ…」
「…じゃあ、具合悪い?」

その質問にも大きく首を横に振る陽。
沙絵さんは厨房に消えてしまって、今は陽に触り放題だ。
髪に触れながら、その困ったような赤い目許にも触れた。
ゆっくりとその周辺をなぞると、陽の瞳が揺れる。ああ、この顔好きだ。

「せっ、せんぱ」
「陽、俺さ、」
「はいはい、出来たわよナポリタン」

いきなり沙絵さんの声が聞こえて手を引っ込める。
ついでに縮んでいた距離も離れて、背もたれに平然とした態度で腰かけた。
あー駄目だ、陽相手になるとどうも歯止めが効かなくなる。
机の上に出された二つのナポリタンの一方の皿の下に、小さなメモが挟まっていた。
俺の方だ。

“結構ラブラブぢゃない!”

…沙絵さん、20歳の女がこれはさすがにキツイっす。
それにしても沙絵さんがまさか肯定派だとは思わなくて、正直驚いた。

「……とりあえず、食うか」
「………は、はいっ」

ナポリタンを啜る音だけが響いた、気まずい朝だった。

to be continued...?


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