愛い狼

少し、少しだけ思い当たる節はあった。
チラチラと此方を窺う視線を寄越してきたり、目が合うとその瞬間逸らされて顔を赤くされたりしたけど。
まさかこれは全くの予想外だった。

橘香純(たちばなかすみ)、女っぽい名前だから今まで散々馬鹿にされてきた。
ただ馬鹿にされると言っても可愛いもので友達からからかわれるぐらいで、いじめにまでは発展していない。
至ってごく普通の高校生なのだ。
……ただ、周りから顔立ちが端整だとは言われることもある。
自覚はないけれど、周りからすれば相当な具合らしい。
鏡を見て何度確認してもやっぱり自分は自分のままで、人と比較しても全く相違ないように見える。
それでそんな普通(自称)な橘香純が、今現在に至って陥っている極地が
“男に告白される”
という異質な状況。
まあ確かにここは男子校だ。百歩譲ってそれはよしとしよう。
しかし、その相手というのが。

(どう見ても初対面…しかも美形だし)

切れ長で灰色の瞳、流れるような黒髪にアクセントの効いた金色のメッシュ、目鼻立ちも整っていていかにもモテますという感じの男。
髪形は不良っぽいのにそうでもなさそうな雰囲気。
そんな完璧な人が、何故今目の前で頬を赤らめているのか。
それは一番俺が聞きたい。

「………あのさ、」
「っ、わ、わかってる。お前に迷惑なことぐらい…っ」

そんな切羽詰まったような声で、そんな悲しみに耐えるような自嘲気味の眼で。
身長なんて俺の10pは余裕で越えているだろう男に告白されて、何故か俺は。

「……付き合お、か」

イエスの返事をしてしまった。

今思えば俺みたいな分際で、あんな軽い返事をするんじゃなかった、と酷く後悔をしている。
そんな彼の名前は遠山七星(とおやまななせ)、意外にも同級生らしい。
とにかく彼は目立つ。良い意味でも、悪い意味でも。
彼がいるところに女子あり、不良あり。そういうお誘いも来るし、喧嘩のお誘いも来る。
だが、全てを断って彼は俺を選んだ。どこがいいのかはわからない。
ただ、その純真無垢な屈託のない心が自分に向けられていると痛感して、どこか温かくなるような優越感のようなものを感じた。
ああ見えて彼は純情なのだ。否、純情すぎる。
この間、偶然部活が休みの日が重なって一緒に帰ろうと言ったら、
『え、あ…わか、った』
とぎこちなく返し、頬を真っ赤にさせて目線を泳がせたものだから、思わず可愛いだとか思ってしまった。
その日はそれっきり、後は世間話をするぐらいで手を繋ぐことすらないままに終わった。
偶然帰る方向が同じで住んでいるところも近いというものだから、結局俺は彼の家までついてくることになって。
会話の最中に垣間見えた笑顔だとか、低いけれど意外と優しめの声のトーンだとかを思い出してしまって。
そう、体が勝手に動いたんだ。

「へ…」

気付いたら手の甲で唇を覆い、目を見開かせている彼と目が合った。
そうして唇に温かい感触があったことに気付いて、自分のしたことを悟った。
すると途端に自分も恥ずかしくなって、不意に顔が熱くなる。
謝ろうにも、どうやって何について謝ればいいのかわからない。
向こうは向こうで顔から火が出そうなほど真っ赤にさせていて、少し潤んだ瞳でこちらを見ていた。
どうしよう。こういう時何をすればいいんだろう。
多少女の子と付き合っていたりもしたけど、こんなにも本気になったことはなかったから。
迷っていたら意外にも、目の前から声が聞こえた。

「…な、なんで、きゅうに」

……ああ、それがご尤もだ。俺もそう思う。
でも、ただ衝動的にとしか言いようがない。
そんな簡単な言葉で片付けたくないけれど、それが真実だから。
その拙い言葉遣いが可愛いとか思ったりしてしまったけど、やっぱりこれはきちんと自分の口から言わなくては。
初めて彼に言う、彼が一番最初に言った言葉。

「好きなんだ」
「…え、たちば」
「好きだから、こういうことするの。当たり前だと思わない?」

口調はふざけてたような気がするけど、表情は崩さなかった。
無意識に彼の腕を掴んで、逃げないようにと静かに牽制して。
その瞬間、彼は大粒の、綺麗な涙を溢した。

「ひ、う」
「……え?泣いてる?え、嘘」
「た、たちば、な」
「ご、ごめんごめんごめん!嫌だった?やっぱりいきなりは駄目だったよね、もうちょっとちゃんと言えば、」
「はじめて、すきって…」

ぼろぼろと小さな子供みたいに嗚咽混じりの涙を流す彼に、正直言うと見惚れていて少し戸惑った。
でも彼の口から発せられた言葉が俺の優越感を煽り。
おめでたい頭は、俺から好きって言われて嬉しいのか、と勝手に解釈してしまう。
こいつといると、脳髄が痺れて俺は頭がおかしくなるらしい。
そのぐらい自惚れてしまうぐらい、彼は健気だった。

「………好きだよ」

届かない耳元に精一杯背伸びして柔らかく囁いた。


to be continued...?


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