陽と月

ズズズッ、と素麺をすする何とも夏らしい音が聞こえる縁側。
朝から一仕事終えた三成は、そこに座って猫を眺めながら昼食中だった。日向ぼっこに身を投じる猫を見ていて、たまに自分の存在を忘れてしまうときがある。
自分はこんなに一生懸命に命を捧げてまであの方に必死にしがみついているのに、動物はこんなにも平和で穏便で無邪気で。時々、それらの平和主義を斬り捨てたくなってしまう。この戦国の世に穏便にことを済まそうなど、なんたる無礼。
自らの思いを現実にさせたいと思うなら、がむしゃらに勝利を掴み取り敗者を全て従えることだ。
しかし、最近はそうは思わなくなってきてしまっているのだ。それも全て、あの男のせいだ。
無意識に火照っている頬を暑さのせいにして無視を決め込んだ途端、大きな足音が耳に響いた。

「三成!ここにいたのか!」

無神経で大きな声が次第に大きくなっていく。一つ溜め息を吐いて、三成は素麺の汁が入った器を置いて睨みをきかせた。先刻まで大きな声を響かせていた男は、一瞬怯むとすぐに笑顔になって、三成の隣に腰を下ろす。
三成は怪訝な顔をしながらも拒絶はせず、ただじっと一連の動作を見ていた。

「何の用だ」

また器を持ち直すと、そのまま素麺をすすり出す。ふいに男の視線を感じて、三成は男の顔を見ずに口を開けた。

「用がないなら持ち場に帰れ、家康」

家康、そう呼ばれた人物は穏やかな笑顔で太陽を見つめた。
用がないなら帰ればいいものを。
そう思いながらも三成は密かに家康を盗み見ていた。
この男は太陽が似合う男だ。真っ直ぐに光を受けるその姿、爛々と輝いているその目。その家康の全てが、三成にとっては眩しかった。
以前、三成は闇のような男だと言われたことがある。だが三成は、それを快く受け止めた。
私が闇なら、それを照らす光が。私が月なら、自ら輝きを放つ太陽が側にいる。
この男は太陽が似合う、ではなく、太陽のような男だと三成は僅かに口許を緩ませた。

「ああ、用がなかった訳ではない!その素麺をわけてもらおうと思ってな!」
「……だが貴様の汁はないぞ」
「三成の汁があるだろう!」

そう言って家康は、三成の青白い手から汁を入れた器を取った。
三成は至極どうでもいいようにそれを見つめ、箸を渡す。
本当は、内心心の臓が張り裂けそうなぐらい鼓動を打っていた。たったこれだけの行為でも、三成には相当の重さだった。
それを家康は少し頬を赤らめながら受け取り、嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとな」

そう家康に言われるだけで、三成の胸が締め付けられたように苦しいのであった。
あ、そういえば。
何かを思い出した三成が猫の方を見ると、そこにはもう何もいなかった。



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