*雷蔵・三郎が幼児化(七歳)で双子設定
参道に並ぶ色とりどりテキ屋と、行き交う人々の活気に双子は「うわぁ」と声を上げて固まった。 いつもの見慣れた神社が、今日一日だけは魔法にかかったみたいに楽しい場所になる。これだからお祭りってたまらない。 しばらく呆然としていた双子だったが、三郎が何かを見つけて「あっ」と叫び、雷蔵の手を引っつかんで駆け出そうとしたので、私は慌てて二人の首ねっこを掴んだ。
「はーなーせーよー!」 「名前ちゃん、くるしいよぅ」 「二人とも、来る前に約束したでしょ!」
ワクワクした気分がしゅんと萎えて、私は心の中で溜め息をついた。なんで私は毎年毎年、このお隣の双子君の保護者として、祭りに参加しているのだろう。それもこれも、彼氏持ちの友人が悪い。いつまで経ってもフリーの私は悪くない、断じて。 私は色違いの浴衣に身を包んだ(三郎は紺、雷蔵は水色)双子を整列させて、見下ろした。七歳の坊やはまだまだ小さく、人混みに紛れてしまったすぐに見失ってしまいそうだ。
「よい子のお約束暗唱! ひとーつ!」 「「名前おねえちゃんから離れないことー」」 「ひとーつ!」 「「おこづかい800円で上手に買い物することー」」 「ひとーつ!」 「「知らない人についていかないことー」」 「ひとーつ!」 「「まいごになったら、さいせんばこの前で待ってることー」」 「ひとーつ!」 「「生き物は買わないことー」」 「はい、よく言えました」
雷蔵は「えへへ」と照れて、三郎は「えっへん」と自慢気だけど、この子達もう一つ目の約束破ってるんだよね。覚えてるのと、実行できるのは別物ってことか。はぁー。毎年のことながら、先が思いやられる。
「はい、じゃ二人とも手繋ぐよ。走っちゃダメだからね。行きたいお店があったら、私に言うんだよ」 「おれ、お面ほしい!」 「えっとね、ぼくはね、えっと、えっと…」
少しでもおこづかいが有効に使えるように、まずタコ焼きとやきそばで粗方腹ごしらえをし(ここは私が払ってあげた。晩ご飯ってことでいいだろう)、雷蔵はクジを引いたり(クジなら迷わないからぴったりだと思ったらしい。車のおもちゃを当ててそれなりに喜んでいた)、三郎がどのお面を買うか珍しく悩んだり(戦隊物の赤か緑で悩んでた。赤はリーダーで熱血漢でカッコよくて、緑は力持ちでカッコいいらしい。で、間を取って、私のアドバイスにより浴衣に合わせて青にした。雷蔵は某電気ネズミのお面。二人とも気に入ったらしく、頭に装備中だ。やべぇ、かわいい! 後で写メろう!)、ヨーヨー取ったり、そうこうしているうちに二人のおこづかいは底を尽きてきた。
「らいぞう、いくらのこってる?」 「ぼく、200円。さぶろうは?」 「おれも200円しかない…」
二人は500円とデカデカと書かれたわたあめの屋台を見て、「たりないな」「うん…」と肩を落とした。100円なら全然あげてもいいし、それどころかわたあめ買ってあげたいくらいなんだけど、『これも金銭感覚を身につける良い機会ですから』と二人のお母さんに強く言われているので、あんまりホイホイと援助はできない。 他に買えるものないかなーと辺りを見渡すと、かき氷400円の文字が飛び込んできた。
「ねぇねぇ、かき氷なら二人で一個買えるよ?」 「ほんと?!」 「あ、かきごおり、400円だ!」
三郎は走りだそうとしたが、私がぎゅっと手を握ると、約束を思い出したのかピタッと動きを止めた。 三人で手を繋いだまま、かき氷屋の前まで行く。メロン、いちご、グレープ、ブルーハワイ、レモン、コーヒー、ミルク。へぇ、大人向けに梅酒なんてのもある。せっかくだから私も食べようかな。
「はい、レモンおまたせー」
前に並んでいる子が嬉しそうに黄色いかき氷を受け取るのを、三郎がヨダレを垂らさんばかりに凝視していた。雷蔵はというと、言うまでもなく、メニュー表の前で「うーん…」と困り顔だ。
「いちご…うーん…ブルーハワイもいいなぁ……あ、でも…」
ですよねー。あの雷蔵が、こんなたくさんのメニューの中からスパッと注文を決められるはずもない。こりゃ放っておいたら、ずっと悩んでるぞ…。これは何か助け船を出さないと。うーん、でもどうしよう。無理に一種類に絞るのは難しいだろうなぁ。 雷蔵の横で私も考えていると、三郎がとんとんと雷蔵の肩を叩き、メニューを指さした。
「らいぞう、なにでなやんでるんだ?」 「え? うーんとね……いちごと、ブルーハワイ」 「わかった!」
言うなり三郎は自分の財布と雷蔵の財布を握りしめて、「おじちゃん」と屋台のおじさんに背伸びして声をかけた。
「いちごとブルーハワイ、半分ずつかけてくださいっ」 「はいよー」
おじさんは手慣れた様子でかき氷機をシャリシャリと回し、赤と青のシロップを綺麗に半分ずつかけてくれた。それを受け取った三郎は、
「これならまよわないだろ」
と、雷蔵にかき氷を差し出した。
「うわぁ、ありがとう! さぶろう! すごい、きれいだねっ」 「あ、ぜんぶ食べちゃダメだぞ! 半分こだからな!」 「うん」
二人はきゃいきゃい騒ぎながら、美味しそうにかき氷を食べている。 普段はイタズラっ子の三郎だけど、時々こうやってちゃんと『お兄ちゃん』するから、可愛くてしょうがないのだ。
(まあ、ご褒美ってことならママさんも許してくれるだろう)
私はレモン味のかき氷を買った。
祭りの締めは花火! という訳で、私達はかき氷を手に花火のよく見える土手に移動した。そこまで大規模なものではないけれど、やっぱり生の迫力はすごい。
「はい、三郎!」 「ふぇ?」
レモンのかき氷を差し出すと、三郎はきょとんとした顔で首を傾げた。
「本当はレモンがよかったんでしょ? 我慢したんだよね? 偉い偉い!」 「なっ」
頭を撫でてやると、三郎がいちごシロップのように真っ赤になった。 一際大きな花火が打ち上がり、ばぁああああんと爆音がすると、「うわわっ」と雷蔵はびっくりして丸くなった。
「な、なんだよ! おれはおにいちゃんだから、あ、あたりまえだろっ!」 「あらら、照れちゃって可愛い」 「おとこにかわいいとか言うなぁ!」
おちびも日々成長しているようで、最近は「可愛い」と言うと怒られるようになってきた。あーあ、前は喜んでたのになぁ。まあ、ちゃんと男の子になってるってことで、良いことなんだろうけど、赤ん坊の頃から知ってる身としてはちょっと寂しい。
「名前ちゃん、かき氷たべる?」 「雷蔵、くれるの? ありがと」 「あーん」
雷蔵がくれたのはいちごのところで、口の中に甘い人工甘味料の香りが広がった。そうそう、これこれ。この取って付けたようないちごの味がたまらない。
「雷蔵、見て見て」
と、べーと舌を出すと、「うわっ、名前ちゃん! ベロが真っ赤だよぅ!」と雷蔵がわたわたした。
「雷蔵もべーしてごらん」 「べー」 「おっ、らいぞうのべろ、赤と青がまざってむらさきだ! すっげぇ!」 「さぶろうも、さぶろうも!」 「べー」 「わあ、さぶろうは黄色だ! おもしろいねっ!」
私達は互いにカラフルになった舌を見せ合って、笑い合った。 華やかさには花火には負けてしまうけど、色の鮮やかさならいい勝負かもしれない。まあ、可愛さはこっちのほうが断然勝ちですけどね! |