久々に名前が雅之介の元にやってきたと思ったら、勤め先の呉服屋が潰れて、住み込みだったために家を失ったので、次の仕事が見つかるまでおいてほしいと懇願された。

「先生、一生のお願い! 私このままじゃ路頭に迷っちゃうの! 何でもするから〜!」
「お前、困ったら俺が全部どうにかすると思ってないか?」
「教え子にそんなに信頼されてるなんて、教師冥利に尽きるでしょ?」

 「元教師だけど」と、名前は快活に笑った。もう学園を巣立って四年になるが、その天衣無縫な様は相変わらずだった。「実家に戻ればいいだろう」と言いかけて、名前が遠くの出身だったことを思い出す。遠くの親戚より近くの他人、ということか。

「別にかまわんが、客扱いはしないからな」
「やったー! 私、ちゃんとラビちゃんのお世話するね!」
「阿呆、農作業を手伝え農作業を!」



 とは言いつつ、名前はよく働く娘だった。
 町へ就職活動をしに行く合間に、掃除洗濯をこなし、宣言通りラビの世話もしてくれる。体力に余裕があれば、畑仕事も進んでやった。
 そういえば学生の頃から、体を動かすのは好きなようだった。座学の成績はそれほどでもないのだが、実技には目を見張るものがあり、特に手裏剣は当時学園でもトップクラスの腕前だった。そして更に腕を磨きたいと、手裏剣の名手である雅之介に教えを請うようになったのだ。それがキッカケで、くのたまでありながら、雅之介に妙に懐いている。
 そんな名前がどこの城でもなく、呉服屋に就職すると聞いた時は雅之介は少なからず驚いた。
「手裏剣を投げるのは好きだけど、手裏剣で誰かを傷つけるのは嫌」
 忍にならない理由を、名前はそう言った。特にくのいち教室において、忍にならない者は珍しくない。くのいち教室では常識一般から礼儀作法まで教えているので、花嫁修業や単なる教育機関の一つとして、忍術教室に通わせる親も少なくはない。それでも名前が、その能力を生かさないのはもったいないと思った。






「お前、まだ忍者やる気ねぇのか?」

 名前の作った夕餉を食べながら、思いきって尋ねてみた。名前は味噌汁をよそいながら、「そうだねぇ」と唸る。

「血生臭いのはやだなー」
「じゃあ、学園の先生とか」
「えー、人に物教えるとか無理だよ」
「ふーん……じゃあ次もどっかの店番か?」
「うん、今はそういうの探してるよ。どこも人が足りてるみたいで、求人なかなかないんだよねー。
 明日はもうちょっと先の町まで行ってみようと思う」
「そうか」

 お前さえよければ、いつまででもここにいていいんだぞ、とは言えなかった。教え子の一人立ちを見守れないでどうすると心の声が聞こえたからだ。
 しかし、名前との生活を快く思っているのも事実だった。仕事を終えると、温かい食事と待ってくれている人がいる。こうやって毎日飯を囲む相手がいるという幸せ。
 近所では、雅之介が若い嫁を貰ったらしい、と密かに噂になっていると聞いた。それも悪くないと、心のどこかで思う。だが名前は、一回り以上年上のおっさんなどどう思っているのか。毎日すやすやと無防備に隣の布団で眠る名前を見ている限り、とても異性として意識されているとは思えない。



「先生聞いてー! 明日からお茶屋さんが雇ってくれるってー!」

 いつものように畑を耕していると、名前が踊るような足取りで駆けてきて、そのまあ雅之介に抱きついた。

「あっ!?」

 咄嗟のことに、雅之介は名前もろとも泥の中に倒れ込んだ。二人の着物は泥まみれになった。

「わかった! わかったから、どけ!」
「やだ、先生もっと喜んでよ! やっと穀潰しがいなくなるんだしさー」

 「やっと肩身の狭い居候生活から脱出だよー」と、名前は再び雅之介に抱きついた。毎日毎日遠慮もなく飯をおかわりしていた身分の、どこか肩身が狭いというのか。

「じゃあ、今日は名前の就職祝いに肉でも食うか」

 そうは言ったものの、素直に「おめでとう」と言えない自分に雅之介は気付いていた。

「やったー! 先生太っ腹! 男らしい!」
「だーっ! 放せ! 暑苦しい!」

 ――そろそろ、限界かもしれない。













 雅之介はそっと布団から身を起こした。
 見れば、名前は隣の布団ですやすやと寝息を立てている。今日も一日町中を走り回ってやっと仕事先を見つけたと言っていたから、疲れているのだろう。その寝顔は、桃色の忍装束を着ていた頃とさほど変わらないように見える。

(体ばっかり大人になりやがって)

 肌けた夜着の袷からのぞく胸元は、明らかにあの頃よりも豊かに育っていた。布越しにその柔らかさとぬくもりを楽しんでいたが、やがて我慢できず、着物の中に手を突っ込む。

「ん…」

 抵抗するように名前が寝返りを打つが、目が覚めた訳ではないらしい。
 名前の乳房は、雅之介の無骨な掌にちょうど収まった。雅之介の手の動きに合わせて白い胸が形を変える様は、卑猥だった。眠っていても体は反応するようで、徐々に胸の頂が固くなってくる。
 是非その体を直接見たいと、ガバッと着物を開くと、さすがに名前が目を覚ました。

「え、なに…先生…?!」

 そりゃ突然夜中に目覚めて、着物を剥ぎ取られそうになっていたら、驚いて困惑するのが普通だろう。

「…何でもするって言ったよな?」
「…」

 耳元で低く囁くと、名前は一瞬押し黙った後、小さく頷いた。こういうことがすぐに理解できるようになったのも、教え子の成長だと素直に喜ぶべきなのだろうか。
 衣食住の面倒を見てやる代わりに抱かせろなんて、強姦以外の何物でもないな、と心の奥で自嘲する。しかも相手は元生徒、教師失格もいいところだろう。
 最近は町で女も買っていない。久々に若い娘が身近にいることで、すっかり盛ってしまったのだろうか。

「ぁ…」

 薄紅の頂にしゃぶりつくと、名前が鼻にかかった声を漏らした。べろべろと犬のように胸を舐めると、名前の肌から漂う甘い香りに、そのまま体中を舐め尽くしたい衝動に駆られたが、恋人同士の営みではないのだ、長いこと名前を付き合わせるのには罪悪感があったので、早急に事を済ませようと決める。
 下腹部に手を伸ばすと、「ちょっと」と名前が雅之介を制止した。

「なんだ、月の物か?」
「そうじゃないけど…その」
「やめる気はないぞ」
「え、うわっ、あぁっ」

 果実の皮を捲るように着物を奪い取り、名前の膝裏を持ち上げた。露わになった秘所は、僅かだが濡れていた。

「やだっ! 先生、先生ぇ!」
「だから、やめんと言ってるだろうが」
「じゃあせめて他の格好で…んぁっ」

 陰核を摘むと、名前の体が跳ねた。指先を擦りつけると、中から蜜が溢れてくる。それと同時に、名前の息も荒くなるが、漏れそうになる声を必死で抑えているようだった。

「声、我慢するな。俺以外聞こえん」
「や、だっ」
「嫌われたもんだ」
「ちが、あぁあっ、んっ!」

 人差し指を一気に中に挿れると、名前が一際大きな声をあげた。軽く指を動かすと、温かな粘膜の感触ととろりとした蜜が絡みついてくる。

「せ、んせっ、ちょっと、まっ」
「名前、お前、中狭いな。ちょっと慣らしとくか」
「ふあぁあっ」

 指をもう一本増やし、中をかき混ぜるように動かす。くちゅくちゅといやらしい水音と、名前の吐息が聞こえた。その声はどこかすすり泣いているようで…。

「…泣いてるのか?」

 見れば、名前の頬を真珠のような大粒の涙が伝っていた。すすり泣いているようではなく、本当にすすり泣いていた。思わず雅之介の動きが止まる。

「私じゃなくても、いいだもんね。先生は…」
「名前?」
「あの時だって、私が生徒だからしてくれて、今日は女の人だからするんでしょう? 別に私じゃなくたっていいんでしょう?」

 名前のいうあの時はすぐに思い当たった。
 名前が五年の時、房術の授業で他人と寝る前に、『いきなり知らない人となんて怖い。先生と練習したい』とせがまれ、一度だけ名前を抱いたことがあった。
 十四の生徒に相手に――という躊躇いがなかった訳ではない。それでも名前を抱いたのは、ただ可愛い生徒の頼みだったからだけだろうか。

「先生…」

 名前に対するこの衝動は何なのか。それを突き詰める前に、名前の愁いを帯びた視線が雅之介を射貫いた。その表情にぐっときてしまい、答えを出すことはできなかった。

「あぁああぁあっ」

 いきり立った自らを、名前の中で突っ込んだ。ぎちぎちと音がしそうなほど、名前は雅之介を締め付けてくる。

「せ、んせぇっ……せんせぇっ…」

 名前の太股を掴み、乱暴に動く。名前はうわごとのように「先生」と喘ぎ、秘所から蜜を溢れさせていた。
 恋人同士の営みではない。
 なのに何故か、繋がりながら、雅之介は名前の唇を吸わずにいられなかった。口内の粘膜も、歯列も、唾液も、全てを蹂躙するように舌を動かす。

「ん…ふぅっ……」
「名前…」

 やがて雅之介も限界を迎え、陰茎を引き抜き、名前の腹に精液を吐き出した。
















「どこんじょー♪ どこんじょー♪っと」

 まるで昨晩の出来事を掻き消すように、雅之介は大声で歌いながら、一層畑仕事に励んでいた。畑を半分をほど耕し終わり、日も頭の上に昇った頃、やっと名前が起きてきた。
 家から出てきた名前は、よぼよぼと老婆のような頼りない足取りだった。

「なんだ、お前。変な歩き方して。婆さんみたいだぞ」
「誰のせいですか誰の」

 名前はわざとらしく腰をさすりながら、声を荒げた。昨晩の行為で、腰をやられたらしい。

「すまん、久々だったから加減を忘れてた」
「もう最悪ー! 出勤初日なのに遅刻だよ! クビにされたら、先生のせいだからね!」
「名前、その話なんだが」
「なに?」

 雅之介はコホンを咳払いをした。極力真剣な顔を作ろうとするが、顔が引きつっているのが自分でもわかる。

「俺のとこに、永久就職しないか?」
「………………………………………………………………………………………………え」

 ずいぶんと長い沈黙を経て、やっと名前が口を開いた。

「え、えぇ?! ちょ、ちょっとそれどういう…えぇ!!」
「あー! やっぱりまどろっこしいのは好かん! 名前、俺の嫁になれ!」
「えぇええぇええ?!」

 驚いたのか腰が限界になったのか、名前はその場でへたりこんでしまった。

「冗談じゃなくて?」
「俺が冗談でそんなこと言うと思うか?」
「…思わない」
「そういうことだ」
「……」

 たちまち名前の顔がかーっと赤くなった。「わぁああ」と意味不明な叫び声をあげながら、顔を覆う。これはどういう反応なんだ…?

「どうしよう、初恋実った」
「あ? お前、今なんて」
「私、先生のお嫁さんになる!! ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
「あ、あぁ」

 とりあえず名前の元に、近寄る。真っ赤な頬に触れると、火傷しそうなほど熱かった。

「先生…んっ」

 昨日とは違う、触れるだけの軽い口づけをして雅之介は、再確認した。

「…俺ってお前好きなのな」
「ちょっ! 順番おかしくない?!」
「なんでこんなにお前のこと、手元に置いておきたいのか、やっとわかった」
「鈍感すぎだよ先生、もう…」

 「そういうとこが昔っから好きなんだけどさぁ」と、名前はどこか呆れたように呟いた。









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