「兵太夫、いる? この間の首実検の時の」

 急ぎの用事だったので、ノックもそこそこに、障子を開け兵太夫と三治郎の部屋に踏み入った。数歩進んだところで足裏に違和感。

(今何か踏んだような)

 と思った時には、時既に遅し。私の体は投網に包まれ宙に浮いていた。
 
 のわぁああああ?!

 すっかり忘れていたが、ここは世にも恐ろしいカラクリ部屋だった。暴れれば暴れるほど網が食い込んで痛い。苦無も持ってないしどうしたものかと思案していると、「名前先輩来てたんですか」と兵太夫が戻ってきた。

「あー引っ掛かっちゃったんですね。スイッチになる床板がちょっと目立つかなぁて三治郎と話してたんですけど、上級生がかかるってことは大丈夫そうだ」

 いや全然大丈夫じゃないし。なんだそのいい笑顔。このドSっ子め。お姉さんは君の将来が心配だよ。

「兵太夫、感心してないで、とりあえず助けてくんないかな?」
「はーい」

 兵太夫は苦無で投網をざっくりと切り裂いた。裂け目から無惨に落下する私。突然のことで受け身も取れず、背中から叩きつけられた。

「いたっ!」
「あ、先輩そこ」

 兵太夫が言い終わらぬうちに、タライが私の脳天に直撃した。

「ふごぉっ?!」
「そこはタライトラップがあるから気を付けてくださいって、言おうとしたのに」
「遅いよ!」

 うぅ、目の前がチカチカする。きっと私の頭の上にはお星様が漂ってるに違いない。

「しかし、兵太夫のカラクリは本当すごいよねー」
「名前先輩にそう言ってもらえると嬉しいです」
「新作とかあるの? あ、実験台にはならないからね! 聞いてみただけだからね!」
「そうですね…」

 兵太夫は新しいカラクリの構想を教えてくれた。普段淡々としている兵太夫の目がキラキラと輝いているように見える。本当カラクリ好きなんだな、この子。

「…とまあ、こんなところです」
「へえー」
「そういえば、名前先輩、何か用があって来られたんじゃないんですか?」
「あ、そうだ。この間の首実検の時に…」

 用件を言うと、それは藤内の担当とのことだった。
 あの真面目な藤内のことだ、今ごろは部屋で予習してるに違いない。

「じゃ藤内んとこ行ってくるわ」
「名前先輩ならいつでも大歓迎ですよ」
「カラクリの歓迎は遠慮させていただきます!」

 「お邪魔しましたー」と私は一年長屋を後にした。









 嵐のように名前が去ると、兵太夫は部屋のカラクリの残骸を片付け始めた。

「先輩はやっぱり面白いなぁ」

 同じトラップにかかるなら、反応が面白い人のほうがいい訳で。
 名前は兵太夫の理想の相手であった。
 もっといい反応が見られそうなカラクリ、と少し考えてみて。兵太夫は思わずにやりと笑ってしまう。

(名前先輩を落とすカラクリ、か)

 名前先輩を落とすカラクリ ※恋愛的な意味で。
 なかなか面白いかもしれない。
 先輩は年下はストライクゾーンだろうか。そうでなかったとしても、振り向いてもらうまでだけれども。
 「しかし、兵太夫のカラクリは本当すごいよねー」と無邪気に感心していた先輩の顔を思い浮かべ、兵太夫は呟いた。

「僕の本気はこれからですよ、先輩」








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