現パロ
※報われない話です
夢の中でいつも誰かに呼ばれている
「トラファルガー?」
キッドに声をかけられてローは飛んでいた意識を呼び戻した。
「どうした、ぼーっとして」
寝る支度を済ませ、キッドが風呂から上がるのをベッドで待っている時間、最近やたら強くなった"声"について考えを巡らせていた。
いつからだろう、眠っているとき誰かに呼ばれているのだ。
『ロー…』と呼ばれるときと、そうじゃないときとあるがいまいちよく覚えてはいない。頭で響くようなその声はどこか懐かしいような、怖いようなものだった。
そしてその声に呼ばれるのと同時に、なにかが薄らいでいく感覚。眠る度に聞こえる声と薄らぐ感覚が、起きている間も違和感としてローに張り付いていた。
白クマのマグカップを差し出し、キッドはローの隣に腰をかける。風呂上がりのキッドは自分にトニックウォーターを、冷え症のローには温かなココアを用意していた。
目が合うだけで子供たちが泣き出しそうな顔をしているクセに、彼はこのココアのようにふんわり甘くあたたかく、ローを包んでくれる。
「いや……なんつーか、変な話なんだけどな」
「ん?」
急かすこともなく、話の続きを待ってくれるキッドのやさしさが、最近痛みとなって胸に突き刺さるのはなぜだろう。
「…あの、な、おれな、眠る度に夢の中で誰かに呼ばれてるんだ。それで、なにかが薄らぐっていうか遠くなっていくっていうか、そんな感覚もあって。それが夢なのか現実なのかわからなくなることがあって、」
お気に入りのマグカップから白い湯気があがっている。
この湯気の向こうを見るように、その声は朧げで。
静かな空間に消えていく湯気を見ながらぽつりぽつりと話していたローは、キッドの瞳が一瞬揺れたのを知らない。
「たまにな、寝るのが怖いんだよ」
言い終えたローはココアを一口飲み、キッドを見上げた。
「おれが寝てるときお前が声かけてんのかとも考えたんだけど、お前普段『ロー』っていわないし」
声も違うしな
と、ローはまたココアを見つめる。
夢の中の出来事がなぜこんなにも気になるのか、それがローに妙な不安感を与えているのだった。
「お前がおれを恋し過ぎて、おれに呼ばれたいだけじゃねぇの」
からかうように鼻を弾かれムッとしたローが文句を言おうと口を開くが、キッドは気にせずそっとローの頬に手を添えた。
その手の温かさに、こんなにも泣きそうなのは、なぜ?
「ユー…」
「大丈夫だから」
「え?」
「夢でも現実でも、お前はお前だよ」
そういって、キッドはローの額にキスを落とす。
キッドの言葉に何かもの足りなさを感じながらも、顔中に与えられるキスが心地好くて、ローのまぶたは徐々に下がっていった。
キッドは力の抜けたローの手からマグカップを抜き取り、サイドテーブルにそっと置く。
ココアはもう冷めてしまって、湯気はたっていない。
「おやすみ、トラファルガー」
そう囁いてローをベッドに寝かせてやる。
柔らかな髪を撫でながら、キッドはローを見つめた。
まさに穴が空くほど、キッドは見つめた。
深い藍の髪と同じ色をした長いまつげ、それにふちどられるいまは閉じているビー玉の様な瞳。スッと通った鼻筋と端の上がった形の良い口唇。
「こんなきれいな口からよくもまぁあんな憎まれ口が出てくるもんだよな」
ひとり呟き笑う。
低い体温、陶器のような肌、甘い香り、透明な声。
ひとつひとつが愛しくて、ひとつひとつが悲しくて。
一瞬でも永く、覚えておけるように。
キッドはローを見つめ続けた。
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