くるしい。
ああどうしよう。息の仕方がわからない。







「ったく、なにやってんだよてめぇは。」

ハァーと深いため息をひとつ。
乱暴な言葉とは裏腹に、その顔は引いていた血の気をゆっくりと取り戻し安堵の表情を浮かべていた。






賞金首二人連れだって街を歩いている途中、開けた広場から夕日が海に沈んでいくのが見えた。
赤く紅く世界を飲み込んでいく様に瞳を奪われていると、ふと隣にある気配が立ち止まる。
なにかと思って振り返ると、喉元を押さえて俯いている連れの姿が。

「オイ、」

どうした。声をかけようとしてキッドは目を見開く。
つい先程まで隣でいつもの不敵な笑みを浮かべていたはずのローが、微かに震えながら目に涙を溜め口をはくはくとさせている。明らかに様子がおかしい。
そしてこれだけの様子にも関わらず荒い息遣いは聞こえない。
つまり、

(息が、)

能力者か。そう吐き捨てるように呟き、キッドは灼けるような殺気を放って周囲を窺ったが、それはローによって阻まれた。キッドのコートの胸元をぐいとひっぱり首を横に振るローはやはり呼吸が出来ていないようで、手が震えている。
クソ、キッドはバサリとコートを脱ぎローをくるんで抱き上げた。
わけがわからない、が、いつ襲われるかもわからない場所で彼のこんな姿を見せていられない。焦りと不安が混ざった事態に苛立ちながら、キッドは目の前にあった観光用のリゾートホテルに駆け込む。大金を叩きつけ、とにかく空いている部屋をと、キーを奪って部屋に走った。




「トラファルガー…っ」

部屋に着くなりコートからローをだす。未だ呼吸音は聞こえず、ローの顔は息苦しさで赤くなっていた。
どうすればいいかなどわからないキッドは、しっかりとローを抱えゆっくりとキスをする。酸素を送り込み、こどもをあやすようにひどくやさしい手つきでローの背を撫で続けた。

「…ぅ、ゲホッ!……ハァ、ハ…、ア、ふ、ぅぇ、」

やっと空気が肺に入り、荒い呼吸を繰り返すローにキッドはようやく肩の力を抜いた。




「ダメだ、おれ」

呼吸が安定し始めた頃、キッドの腕の中でローが小さくこぼした。

「ん?」

赤い瞳が向けられる、それは泣きたくなるほどあたたかで。

「たまに窒息しそうになるんだよ。なんでかわからねぇけど、うまく息が吸えねえんだ。」

陸でも溺れてりゃ世話ねぇよな。
ふふ、と先程までの苦しさのため涙目で笑うローは、その奥に不安を孕ませていた。

「…この世ってのは、つくづく残酷だよ。おれの意思なんて無関係に、世界は閉じていくんだ。」

いつ完全に飲み込まれるか置いてかれるか、わかったもんじゃねぇよ。
小さくこぼれ落ちる言葉達に、キッドは思う。

あぁ、こいつは。


「いいか、お前は世界に拒絶されてなんていねぇ。海だってお前を拒絶してるわけじゃねぇんだ。
お前の中の悪魔が嫌われてるだけなんだよ。」

ローは少しだけ驚いたように目を見開いてキッドを見つめ、くしゃりと顔を歪ませた。

「…別におれは存在価値なんて求めちゃいない。価値なんて所詮他人が決めることだ。」

「あぁ」

「けど、お前を前にすると一気にそれが揺らぐ。だって、どうしたっておれとお前はこの世界に生きてるんだ。」

ローは手を伸ばし、そっとキッドの頬に触れる。

「明日も陽が昇る、そんなこの世界の理が変わるまで、おれ達は結ばれない。」

「…トラファルガー」

抱き締める腕に力を込め、首筋に鼻を埋める。
鼻腔を擽る甘い香りも、震えてしがみつく細い指も、こんなにも目の前に確かにあるのに。



「さみしいよ、ユースタス屋。」



確かにこの世は残酷だな。

でも、それでも。









出会わなければよかったなんて言えない


(だってやっぱり愛してる)



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