「もう終わりにしよう、ユースタス屋」





月のきれいな夜、ローからキッドに告げられた言葉。

キッドは目を見開きローを振り返る。彼はぼんやりと目前にある瓦礫の山を見つめていた。
あまりに唐突な終末に、キッドが納得するわけもない。自然と低くなる声でローに問いかける。


「どういうことだよ」


「…そのまんま、言葉の通り。」


「理由を聞いてんだよ」



瓦礫の山は元は使われなくなった小屋で、この島で見つけた浜辺のその小さな小屋は最近ローのお気に入りの場所だった。
明かりもない屋内に漏れる月の光がキッドの横顔を照らす、その静かさが好きだった。
月に照らされたあの空間だけがこの世界だったら、どれだけしあわせだっただろう。


そう願ってしまった時点で、もう。





「だって、疲れたんだ。」



おれらには"これから"なんてないじゃねぇか。どんなに願ってもお前はおれのものにならないし、おれもお前のものにはなれない。
お前に触れるたびに見えなくなる未来が、どうしようもなく怖くなる。
そんな自分がたまらなく嫌だったのに。
その恐怖が、今夜ただの瓦礫に成り果てた小屋を見て溢れ出した。こんな感情に振り回されるほど、自分は弱かっただろうか。


あの空間も壊れてしまった今、ぐるぐる渦巻く感情が出した結果は。





「もう、忘れよう。」




ぽつりとこぼれたローの声は震えていなかった。
それがとても悲しかった。
お前はなんで、いつから、おれにまで。

ちくしょう。



「そんな簡単に忘れられる程、お前を好きだって気持ちを受け入れた決心は生優しいもんじゃねぇよ」



キッドは元はノーマルだった。いや、いまでも女より男に惹かれるかと言ったらそれはノーである。だからローへの想いを自覚したとき、キッドは愕然とした。まさか、自分は未知の世界に目覚めてしまったのか。

だがそれは違った。
こいつだから。
こいつだけが。


キッドの言葉を聞くなり俯いてしまったローの手を引いてキッドは歩きだした。
まるい月が静かにやわらかな光を砂に落としている。砂浜には他に人気はなく、聞こえるのは二人が愛してやまない海が寄せる波の音とサクサクという二人の足音だけ。

キッドは握る手に力を込めた。敵である。船長である。男である。お互い海賊でいつ命を落とすかわからない身だ。貫かなければならないものもある。悩むタネはそれこそ山ほどあった。

でも。

どうしてもダメだった。
どうしても、惹かれてしまった。



「なぁ、おれらはいま一緒にいるじゃねえか。」


"これから"のないおれ達だからこそ。


「先のことなんてわからねえおれ達が、いまを生きてるおれ達が」


そのいまを一緒に過ごしてる。



「この瞬間お前と歩いてるってのが、確証のねぇ未来を約束するよりも大切に思えて仕方ねえよ。」


引いていた手を引き寄せ、キッドはローを腕の中に閉じ込めた。


「だから勝手に放そうとしてんじゃねぇよ。未来のおれじゃなくて、ちゃんといまのおれを見ろ」
嫉妬すんだろが、といってやればフフッと微かに笑う気配。


「…命令するな」



そういったローの声は震えていた。
それに安心して、深い藍に顔を埋めた。


















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