※雰囲気いやらしいです。


毎年恒例だという夏合宿は、今年も例年通り開催されることとなった。今回が初めての参加となる海常高校・期待のエースは『合宿』という単語に心躍らせているのがオーラでよく分かる。喩えるならば、散歩を楽しみにしている犬。しかも大型犬だ。しっぽを振りたくる彼の耳は、先輩部員である小堀の「黄瀬、あまりハメを外すんじゃないぞ」と諭す声なんて、右から左に流れてしまっているようだ。同じく先輩部員である森山とは「海でお姉さんをナンパしよう!」などと意気投合している。二人が企みを練っている所を偶然にも目撃してしまったバスケ部主将である笠松は盛大な溜息を吐いて頭を抱えるのだった。

そんな合宿で事件は起こった。

「…黄瀬?どうかしたのか?」

合宿といえば、部員で仲良くお風呂も醍醐味っス!などという黄瀬の口車に乗せられ、レギュラーでひとっ風呂浴びた後のことだった。己の脱衣カゴをひっくり返す勢いで『何か』を探す黄瀬に小堀が声をかける。振り返った彼の顔は、水滴を拭いたばかりだというのに冷や汗に濡れているようにも見えた。

「な、ないん…スよ…」
「あ?何がだよ」

ないないと喚く彼を鬱陶しく思ったのだろうか。一体『何が』ないのかを彼に尋ねる笠松の声は鋭い。ただでさえ大人数で風呂に入るのは嫌だった彼のことだ。苛立ちゲージはMAXすれすれ…といったところだろう。

「お、俺の…下着っス…」
「え?ブラジャー?」
「オ(レ)、黄瀬がブ(ラ)してても偏見しないっスよ!!」
「うるせぇ!特に森山、お前マジで黙ってろ」
「で、本当にないのか?」
「マジでないっス…糸くずひとつないっス…」

涙目で「着替えじゃなかったのが、不幸中の幸いってとこっスね…」と訴える黄瀬に、どうせ此処を嗅ぎつけたファンが盗んだんだろうなんて楽観視する笠松。合宿所をファンがどうやって嗅ぎつけたのか、なぜ男湯の脱衣所に入り込めたのか…などなど、考えれば山ほど出てくる矛盾点。その日の練習で疲れきった彼らには、それらを問題視出来るほどの気力は残っていなかったのだ。

○ ○ ○

黄瀬パンツ盗難事件が皆の記憶から薄れていった秋。インターハイはベスト8という悔いを残す結果に終わってしまった海常高校は、次の焦点をウィンターカップに合わせて日々の練習に励んでいた。今度こそ、3年にとっては最後の大きな舞台。少しでも長くこのメンバーでバスケをしたい。その気持ちはレギュラーを含む、部員全員のものとなっていた。

そんなある日のこと。

今日はかつての仲間である黒子とその相棒・火神とストリートでバスケをする約束をしていた黄瀬は、文字通り慌てて着替え、部室を掛け出していった。そのあまりの忙しなさに部室にいた面々は呆れにも似た笑みをこぼす。そう、彼は慌てていたのだ。それ故、鞄の中にしまっていたはずのタオル、そして財布までもロッカーに置いてきてしまう失態をやらかしてしまった。タオルは別に置いていても何ら支障はない。しかし、財布は大問題である。いざ電車に乗ろうと鞄に手を突っ込めど、目的の財布が出てこない時の絶望感は言葉には表せなかった、と黄瀬は語る…であろう。黒子たちに遅れる旨の謝罪メールを打ちながら部室を目指す彼の足取りは、この世で一番重い足取りだろう。

いざ部室の前までやってくると、中から人の気配。大方マネージャーだろうと踏んだ彼の手は躊躇なく部室の扉を開く。
 ――― 中にいたのは、マネージャー。そこまでは彼の憶測通りだった。

「お疲れ様ー …って、」
「き、黄瀬くん?!」
「…何やってんスか、名前先輩」

挨拶をしながら入った部室にいたのは、彼が密かに尊敬していた先輩マネージャーの苗字名前。そう、そこまでは良いのだ。問題は彼女の行動である。彼が扉を開くまで彼女は手に持っているものに顔を埋めていたのだ。手に持たれていたもの、それはいうまでもなく黄瀬が忘れてしまっていたタオルだ。少しだけ顔を赤らめて動揺しているのに、タオルを離す仕草は微塵も見せない。ギリィっと奥歯を噛み締めた黄瀬がもう一度だけ彼女に問いかける。

「先輩。ねえ、そのタオルで何してたんスか」
「………」
「名前先輩」
「――っ、あーあ、バレちゃった」

少しだけ言い淀むような声を上げた名前の顔は、次の瞬間には諦めたような笑みを浮かべた。口角だけをくいっと引き上げるその表情は色香漂う。いつもの頼り甲斐のある先輩の姿ではない、『女性』を纏う彼女の姿に、彼は思わず生唾を飲み込んだ。そして、そんな彼を彼女は見逃さない。両手で持っていた彼のタオルは一度だけ名前に口付けられた後に、第2ボタンまで開けた彼女の胸元へと姿を隠した。自然とその手を追っていた黄瀬はちらりと見えた彼女のふくよかな場所に目を丸くする。

「なっ?!」
「これ、返して欲しい?」
「…別に、タオルくらい」
「そう?じゃあ、そんな嘘を言う唇も貰っちゃうね」

ずいずいと近づいてくる彼女が足で部室の扉を閉める。内開きである扉の前で迫られてしまっては、もちろん逃げ場はない。しかし彼にも勝算はある。なんていったって、彼女と己は頭一つ分以上の身長差があるのだ。獲物を狙う女豹のような彼女の目を余裕たっぷり…とまではいかないが、ある程度の余裕をかまして彼は見下げていた。

「ん゛!?」

のも束の間。そんな身長差は屁でもないとばかりに、彼女は黄瀬のネクタイを力いっぱい己側に引く。もちろん気を抜いていた黄瀬の体は、力に逆らうことなくそちら側に傾いてしまう。その瞬間を狙っていたとばかり名前は黄瀬の首裏に手を回し、深く口付ける。執着に彼を追い回す彼女の舌使いは相当の手練れだといっても過言ではない。かといって、黄瀬だって女性とそういった行為まで進んだことが無いわけではない。だからこそわかる、彼女の上級者のようなテクニック。己の頬が少しずつ熱を持っていく感覚が更に彼の羞恥を追い立てた。

か細い銀を伸ばしながら離れていく赤。呆けてしまっている彼が彼女の力で腰を落としてしまうのは仕方のない事。少しだけ水分を含んでしまった瞳で、いくら名前を威嚇しても、それは「襲ってください」と言っているようなもの。それに今の彼には立ち上がろうとしたって、腰が抜けてしまっているため立てないのだ。悔しいが、彼女のテクニックはそれ程までに黄瀬を酔わせたということだ。諦めたように彼女を見やれば、己の口端に付いてしまった銀の残りをぺろり。扇情的な仕草は、それだけに留まらない。先程まで黄瀬の首元に回っていた彼女の手は、今は己のスカートを捲り上げようとしている。思わず制止の言葉を口に出しかけた彼だったが、それは叶わぬものとなってしまった。

「ねえ、見て」
「――…、アンタだったんスね」
「今日ね、ずーーっと履いてたのよ?黄瀬くんのパンツ」
「変態っスか?」

名前が見せてきたもの、それは、あの合宿での彼の盗難品そのものだ。頬を染めた彼女はさも愛しそうにパンツのゴム部分をなぞり、恍惚の溜息を吐く。対する彼は、怯えにも似た小さな溜息を吐いた。

「ファンの仕業だと思ってたんスけどね…」
「あら?私は根っからの貴方のファンよ」
「そりゃドーモ」
「ふふっ…ねえ黄瀬くん、聞いて。今日はあなたに見られる度に、このクロッチ部分が股を擦る度に…ゾクッて、言いようのない快感が私を襲ってたのよ」
「…ああ、訂正、ド変態っスね。そりゃあ…まあ、そんなに色も濃くなるわけだわ」

盗難品である、彼女が身に着けたままの黄瀬のパンツ。それは何処かの部分が薄くなったり、何処かの部分が濃かったり等というデザインではない、シンプルな単色である。それが彼の言うとおり、とある部分だけ水分を含んだように色が濃くなっていた。指摘を受けた当の本人は満足そうに微笑むと、彼へと距離を詰め、躊躇なく彼の上に腰掛ける。瞬間、鼓膜を襲う嫌な水音。

「どんだけ濡らしてんスか、アンタ」
「だって、憧れの黄瀬くんとキスして、憧れの黄瀬くんのパンツ履いて、それを本人に見られちゃったんだよ?」
「…尊敬したくなる程の変態っスね」
「お褒めに預かり光栄よ…時に黄瀬くん」
「何スか」
「私ね、もっとすごい快感が欲しいの…できたら、貴方の『ソレ』で」

常に挑発的な瞳が彼の双眼と絡み合う。『ソレ』が何を指すのか分からないほど彼も子供ではない。ゴクリと上下した喉元が彼の了承を意味した。

「ほんと、引くくらい変態だわ、アンタ」

66回泣かせました

「服底の攻防」様提出/120911(莉乃)
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