男が服を送るのは、それを脱がせたいからだと、どこかの誰かが言っていた。そんな陳腐な理由で、自分の財布を痛める男は馬鹿だと、ずっと思っていた。

 目が覚めると、目の前に裸の背中がある。一瞬どこの誰かと思ったが、そういえば考えられるのはひとりこっきりしかいなかったな、と再び目を閉じる。体に直接触れていなくても、誰かと掛布団を共有していると自然と体感温度は上がってくる。それでも薄寒くて、その背中にすり寄る。服を着ればいいのだろうが、床に散らばっているそれを拾うために冷え切ったフローリングに足の裏をつけることすら嫌だった。空調がききすぎた部屋の中、このベッドの中だけがしあわせな温かさ。

「今吉さーん」
「……んー…?」
「寒い」

 温かい背中にしがみつきながら、その背中を無理やり目覚めさせる。この部屋はいつ来ても、ひどく寒い。

「……あー……」
「リモコンどこー?」
「あー…このへんにあったような気ぃするんやけど」

 まだ半分寝ている状態の今吉がサイドボードの上を見もしないで探るので、詰まれていた本や空っぽのペットボトルが、次々と、盛大に音を立てて床に落ちていく。まずはメガネだろうと、ちょうど枕とサイドボードの間に挟まれて今にも悲鳴をあげそうだったそれを背中から無理やりかけてやった。

「おおきに…」
「まだ寝てますね?」
「そうかもしれん…ちょい待ち…」

 んーと、小さく唸りながらどうにか意識を覚醒させようとする今吉の背中に、毛布をひっかぶってくっついていた。今吉はどちらかというと体温は低い方だけれど、くっついていればそのうち温かくなるだろうと、身を縮めていた。
 男子の中では広いほうではないけれど、程よく筋肉のついたこの背中にしがみついていられる時間が、ひどく穏やかで手放せない。この男は、誰かを甘やかすことにかけては天才的なのだ。

「あー…目ぇ覚めたわ」
「起きた?リモコン」
「うー、さむ」

 毛布からずるりと抜けていく背中。なんでこんなとこあんねん、と、部屋の真ん中に放り出されていたリモコンを拾って、今吉は設定温度をいくらか上げる。
 その後ろ姿を凝視する。

「あ、わたしがあげたやつ履いてる」
「ええやろー?お気に入りやん」
「いい感じ。似合ってますよ」

 昨夜は気づかなかったが、今吉は先日わたしが上げたパンツを履いていた。チャコールグレイのボクサーパンツ。バンドの部分は黒で、ささやかに金色の刺繍。わたしはボクサーパンツを履いている男が好きなのだ。立ち姿が、実に美しいじゃないか。
 ベッドの中からその姿を満足して眺めているわたしに背中を向けたまま、今吉がぼそりと言う。

「パンツがプレゼントとか、エロいやん」
「なんで?」
「服送るんは脱がせたいからやろ?」
「そう言いますね」
「パンツ送るんも脱がせたいからやろ?」

 馬鹿じゃないのかと問おうとしたのに、言葉に詰まる。そんな連想をされるとは思わなかった。そんな破廉恥な方向に思考が繋がるとは思っていなかった。わたしにとって、下着とは着用されているから意味のあるものであって、それを“脱がせる”という発想はまったくなかったのだった。

「昨日は自分で脱いでもうたからなー惜しいことしたわ」

 ケラケラと笑う今吉の背中を見ながら、一気に体温が上がる。これは決して、設定温度を上げたからなんかでは、ない。

「なに黙っとる、ん」

 そう言いながら振り返ろうとした今吉に、咄嗟に枕を投げつける。見られてたまるものか。
 こんなことで、今更照れている、だなんて。

「こっち見んな!変態!」
「そ、そない怒ることないやろ」
「もう知らない!もう知らない絶対もうなんにも買ってあげない!」

 くるりと背中を向けて毛布を被りなおす。こんなことで動揺するだなんていい年して情けない。早く静まってくれ自分の心臓よ。

「そういう破廉恥なこと考える人にはもうプレゼントなんてしませんからね!」
「おこりんぼやなー」

 ギッとベッドが軋む。この感じは、きっと今吉がベッドに手をついたのだろう。わたしは一層強く毛布を掴む手の力を強める。

「出てきー」
「やだ!やだ絶対やだ変態さんがいるからいやだ!」
「こりゃ参ったわ、ホットケーキ焼いたるしかあらへんなー」

 ケラケラ。それでもホットケーキと聞いてはこうしてはいられない。わたしは跳ね起きて、ホットケーキ食べます、と口にする。わたしは、今吉翔一の焼くホットケーキが、大好物なのである。無駄に器用なところが、実に憎たらしいとも、思うのだけれども。

「変態さんが作るもんでも食べるんか」
「ホットケーキに罪はないです」
「まったく、その通りや」

 ベッドに手をついて、顔を覗き込んでいた今吉に、わたしは降参を喫するしかないのである。ホットケーキを人質にとられては、たまらない。それも、ちゃんとまーるく形にされたホイップバターと、メープルシロップまで。勝てるはずがない。

「そんならええ子にして待っとってな」
「むー」

 ぐしゃりぐしゃりとかき回された髪の毛を直すこともせずに、わたしはベッドの上に座った状態でいた。
 ハッとする。
 今日の下着の上下セット、確か今吉にもらったもののはず。下がりかけていた体温が再び、じわりじわりと上がりだす。

 どこかご機嫌そうにキッチンに向かう今吉の背中に、歯ぎしりしながらも祈る。

 どうか絶対に、振り返らないでください。

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