変態なんじゃないだろうか。

 最近勉強していても、勉強していても、はたまた授業中なんかでもふと頭が一瞬真っ白になり、次いで脳内があの妄想でいっぱいになるのだ。妄想、というとえっちな妄想、というわけではない……と、思う。いやきっと違う。一人でぶんぶんと頭を振っていると、視界の隅に見慣れた紫が横切った。あ、と思うや否や、私の頭は一瞬真っ白になり一気に花開くようにぶわっと妄想が繰り広げられる。

「あらら。名前ちん、何やってんのー?」

 二メートル以上の巨体を折り曲げ、上から私の顔を覗き込むようにこちらを見下げている彼。あろうことか話し掛けて来た――「む、紫原くん……!」私を悩ます張本人。
「えと、委員会の……」プリントを作っていて。蚊の鳴くような声でしどろもどろになりながら説明すれば、紫原くんは興味無さ気に「ふぅん」と相槌を打つと懐から飴を取り出し机に置いた。「がんばってね」
 ひらひらと手を振りながら去って行く彼の後姿をぼんやり見送り、私はどきどきと高鳴る胸を抑えて溜息を吐いた。人より子供っぽい彼は、誰かと並ぶとその長身が際立ち、より特別な存在のように思えた。視線が紫原くんの後頭部から首筋、背筋を下がり――そこで私は目を止め、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 あの服の下は、どうなっているのだろう。

 体育の授業や部活で無防備に晒された長い手足や、バスケで相手をブロックするときに見える脇。シャツの上からでもしっかりとわかる鍛え上げられた肉体が、時折シャツの隙間から覗く瞬間がたまらなく興奮した。
 それだけでは飽き足らず、私は目を閉じると瞼の裏に彼の姿を描く。何も纏わぬ彼の姿を。けれど生まれてこの方男性の裸体など見たことがないので、ちんけな妄想は彼の下着姿止まりだった。普段、彼は一体どんなパンツを履いているのだろう。そう考え出すともう何も手につかなくなってしまうのだ。

 変態なんじゃないだろうか。

 好きな人を想って眠れなくなるのはまだしも、好きな人のパンツが気になって眠れないなんて聞いたことがない。そんなわけで私は絶賛寝不足である。友人には何があったかと心配され、先生にも悩みでもあるのかと尋ねられた。彼のパンツが気になって眠れないだけですとは口が裂けても言えないので「何でもない」と答えるので精一杯だ。

「酷い顔だね」

 図書室で先日のように作業をしていると、向えの席に誰かが座った。声をかけられたので顔を上げると、そこには普段からお世話になっている先輩がにこやかな笑みを浮かべていた。「氷室先輩」黒髪で泣き黒子がセクシーな先輩は、私の前だというのに無駄に色気を振りまいている。とんでもなくイケメンな彼を直視できず視線をウロウロさせていれば、氷室先輩が徐に口を開いた。

「何か悩み事?」
「単に寝不足なだけで……」
「アツシのことでも考えてた?」

 鋭すぎる指摘に、氷室先輩に向かってブッと吹きだしてしまった。慌てて口を覆うが、氷室先輩は楽しそうな笑みを崩さない。背中に冷たい汗が流れる。まさか彼には全てお見通しなのだろうか。私が日夜紫原くんのパンツに想いを馳せていることを。もしそうだったら今すぐ舌を噛み切って死んでしまいたい。
 いや、落ち着け名前。ここは軽く流せばきっとこの状況を何とかできる。

「そそそそんなことないじゃないですかーぁ」

 失敗した。
 氷室先輩は「苗字さんはわかりやすいな」とクツクツ笑っているし、もう、穴があったら入りたい。両手で顔を隠して俯くと、そんなに恥ずかしがることないのに、可愛いなぁ、等と聞こえてくる。先輩は確実に私で面白がってるとしか思えない。

「あ」不意に氷室先輩が短く声を上げた。何だろうと思う暇もなく、ぬっと私に大きな影が差す。そのまま脇の下に手を差し込まれ、無理矢理椅子から持ち上げられた。

「ひっええなに!?」
「もー、室ちんー」

 床に足がつかないほど持ち上げられて混乱していると、自分のすぐ真後ろから不機嫌そうな声が響いた。この特徴的な喋り方に、すぐさま誰なのか解り私は固まった。

「あんまり名前ちんのこといじめないで」

 怒るよ、と続ける彼――紫原くんの声は、今まで聞いたことがない程低かった。ぞくりと腰が震えた私とは対象に、氷室先輩は苦笑して肩を竦めた。とてもアメリカンな仕草だ。紫原くんは無言で暫く氷室先輩を睨みつけたが、やがて私を地面に降ろすとそのまま手首を掴んで「ちょっと来て」とぐいぐい私を引っ張った。
 わけがわからず引きずられるように図書室を後にする私に、氷室先輩が小さく「頑張って」とエールを送った。何をだ。

「俺が好きなんじゃなかったの」

 人気の無い廊下を引きずられるように歩いていたら、突然紫原くんがくるりと振り返った。
「……え?」彼の衝撃的な一言に硬直すると、紫原くんは苛立ったように「だからぁ」とにじり寄る。えも言えぬ迫力に後退すると、すぐに背中が壁にぶつかった。

「名前ちんは俺のこと好きなんでしょ? あんなに俺のこと見てくるし」

 その言葉に一瞬で顔が熱を持つ。こっそり見つめていたつもりが、本人には筒抜けだったらしい。羞恥のあまり口をぱくぱくさせていると、紫原くんは子供が拗ねたみたいな、それでいてちょっとだけ泣き出しそうな顔でぎゅうと私を抱きしめてきた。

「俺のこと好きって言って。名前ちんのためだったら何でもしてあげるから、欲しいもの全部あげるから」

 だから室ちんともう仲良くしないで。さらにぎゅうぎゅう締め付ける彼の腕の中で私は、やはり彼のパンツについて妄想していた。もしも今彼にパンツを見せてと言ったら彼は見せてくれるのだろうか。ごくりと生唾を飲み込んだ。




取り柄はあべこべ
20130310
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