※卑猥な表現がございます。苦手な方はご注意ください。


 私には『彼女』がいる。たった一人の愛おしい人。かけがえのない人。
「名前って付き合ってる人居たっけ」
 いるよ。とっても綺麗で、私なんかよりうんと美しいって言葉が似合う人。
「なにそれ、女の人みたいじゃん」
 女の人もなにも、付き合ってる『彼女』だもん。
「え、名前って…レズ?」
 同性愛者じゃないよ。でも私が付き合ってるのは『彼女』であり、『恋人』であり、『彼氏』だ。


* * *

 彼であり、彼女である恋人の部屋で足を伸ばす。愛しい人の部屋は相変わらず綺麗に整っているし、所々に女性らしさが見え隠れしていて、私よりも女子力が高い。ローテーブルに並んだコスメセットは私が使っているものよりも、ハイブランドの物。私も使いたいと駄々をこねると「貴女はそのままでも十分可愛いのよ」と言われてしまった。そうじゃないのに。
「玲央」
 愛しい人の名前を呼ぶ。備え付けのキッチンでお茶を用意している彼であり彼女である恋人が、薔薇を撒き散らすように振り返った。
「どうしたの」
 薄い唇が桃色に輝きながら私の名前を紡ぐ。私はなんて幸せな人間なんだろうか。あの人が唯一愛おしげに名前を呼ぶ存在になれているなんて。
「私達っておかしいのかな」
 ぽつりと零した言葉。原因なんて友人の言葉しかない。
『彼女って…、実渕先輩は男の人じゃん』
 わかってる。玲央が男の人だなんて、今までも嫌ってほど見てきた。玲央には男性器があった。薄いとはいえ、出会った時には脛毛だってあった。たまに顎を触りながら「永久脱毛したいわ」と髭に悩んでいた。たくましい胸板があった。私のやわらかな肉付きとは違って、筋肉質な体だ。
 それでも彼は『彼女』だった。
 玲央は私の前でだけ女になる。それもただの女じゃない。艶やかでエロティックでセクシーな、見るもの全てを魅了する女。私のちんけで安っぽい、取ってつけたような色気とは違う、成熟された色気。玲央の流し目が私を捉えるだけで、体の芯から刺激されている気がした。
 女になった玲央は私の腕の中で喘ぎ、よがる。他のどんな女はもちろんのこと、男だって見たことない玲央の刺激的な姿。汗ばんだ玲央の指は私の唇をなぞりながら呟くのだ。
『私を女にしてちょうだい』
 玲央には男性器がある。けれども私を受け入れる場所もある。つうっと指を滑らせれば、玲央は腰をくねらせた。なんて艶かしい人。
「おかしいってどういうことかしら」
 カチャカチャと食器がこすれ合う音がする。鼻腔をくすぐるのは、玲央が好んでつけている薔薇の香りと玲央が好んで飲んでいるルフナの蜜のような香り。ハイブランドのコスメセットはテーブルの下にしまわれ、代わりに花が散らばったティーセットが並べられる。白い円の中で湯気立つのはミルク色に染められたルフナ。
「玲央は私の恋人でしょう」
「そうよ」
「そして、私の彼女。間違ってないよね」
「ええ。私は名前の彼女。たった一人の、ね」
 玲央が自分のティーカップを手に取る。その爪は鮮やかな赤色に染められていて、玲央の美しさを際立たせていた。
「けどね、みんなおかしいっていうの。玲央は男だから彼氏でしかないって」
 ルフナのミルクティーへと玲央の色付いた唇がつけられる。いいな、カップは。玲央の気持ち良い唇に躊躇なく咥えてもらえるのだから。私なんて条件付きでしか咥えてもらえない。玲央を咥えるのだって条件付きなのに。
「まあ…そのお友達が変だっていうのは、なんとなくだけど分かるわ」
 ミルクティーを嚥下した玲央が口の端を拭う。友人に肩入れしそうな玲央の態度に、無条件に眉の間へと力が込められた気がした。
「世間一般論で言えば、私は貴女の彼氏。それでいいじゃない」
「嫌よ。玲央は私にとってただ一人の彼女よ」
「それよ、それ。私は名前だけの彼女。そういうことよ」
 ローテーブルに手を付けた玲央が身を乗り出して私に口付ける。訂正。私は無条件に玲央に咥えて貰える存在らしい。重なりあった場所からはルフナの濃厚な蜜の香りがした。
「玲央、玲央」
「なあに」
「シたい」
 くすっと笑った玲央の肩が跳ねる。ほら、こういうとこ。酷く女らしくて、手篭めにしたくなる。
「飢えた雄みたいな発言ね」
「残念、わたし雄だもの。玲央の前限定の」
 白くて細い、けれども適度に筋肉のついた玲央の指を甘咬みする。甘く漏れた玲央の吐息に、下半身がずんと疼いた。どうしようもなく愛しい。どうしようもなく押し倒してしまいたい。ぐずぐずに溶け合ってしまいたい。
 負けじと私の手をいやらしく玲央がなぞる。ずるい。そんな触り方は私の欲望を加速させるだけだ。
「今日はどっちになるの?」
「どっちも。私も玲央も女の子だから」
 玲央の細く長い指が並んだ手と私のもみじ饅頭みたいなもっちりとした手を絡める。視線だけ、玲央のこだわりが散りばめられたベッドへと移せば、玲央も同じ気持らしい。先程よりも赤く染まった頬を隠すこと無く、私に微笑みかける。ああ、なんて扇情的な表情だろう。
 するすると布が擦り合う音がする。玲央が服を脱いだ音だ。脱がせ合うというシチュエーションもいいが、私と玲央は下着姿から始めることに酷くこだわりを持っていた。
 玲央は部活がある日以外は女性物の下着を身に着けている。時には総レースのもの。時には紐で結ばれたショーツ。時には真ん中がぱっくりと割れたいやらしいもの。どれもとてもセクシーなものなのに、玲央にぴったりと当てはまっていた。まるで其処にあるのが当たり前であるかのように。失くしてしまったパズルのピースが、居場所が見つかったみたいな顔をして居座っている。腹立たしいはずなのに、玲央と下着でひとつの作品のようで、いつも私は見惚れてしまう。だから今日だって。
「見過ぎよ」
 玲央が釘を刺すまで私は玲央を見つめてしまうのだ。
 今日の玲央の下着はミルキーブルーに白いレースがあしらわれている。真ん中がぱっくりと割れているものでもないし、紐で結ばれた危なっかしいものでもない。どちらかと言えば清純そうなその下着が、これまた玲央にぴったりとはまっている。
 清く純な下着なのに、その下には隆起した玲央の男性器がある。とある部分だけミルキーブルーが鮮やかなブルーに変化していて、たまらなくいやらしい。クロッチがある部分よりも随分と上の、薄い布だけで覆われた場所が。思わず舌なめずりしてしまうほどに、てらてらと光っているのだ。
 玲央は私のことを変態だと笑う。確かに私は玲央にだけ特別変態だ。玲央がどんな顔で喘いでもよがっても、私にはただの興奮剤。ただ体の奥から迫り上がってくる性欲を駆り立てるだけ。
 玲央の筋肉質な体に柔らかなシフォン素材の女性物のショーツはアンバランスだ。そんなアンバランスだからこそ、艶めかしい雰囲気を演出する。不釣合いが魅せる玲央のエロス。私はいつもそれに背中を押されて、玲央をぺろりと食べてしまうのだ。
「玲央のパンツは今日も可愛い」
「やだ、パンツだなんて可愛くない」
「おパンティー?」
「ショーツよ、ショーツ」
 ぷにっという効果音をつけて、玲央の細長い指は私の唇に押し付けられる。そこからふわりと香るのは先程のルフナ。甘く味覚を刺激するはずの香りなのに、どこか性的なものに思えた。
 玲央のパンツ…、訂正。玲央のショーツの下は相変わらず隆起している。淫らに、だらしなく涎をたらしたまま。玲央のえっち。そういってその場所に指をすべらせると、玲央は大袈裟に反応する。待ち望んでいた快楽に身を委ねたみたいな顔をして、私のブラジャーとショーツに手を伸ばすのだ。
「名前もえっちじゃない」
 玲央が指差す場所。その双丘の先は、玲央に見つめられただけなのにつんと上向いていた。いやらしい子。そういった玲央の指先が私のショーツのクロッチをなぞる。途端に水音が響いて、私は本当にいやらしい人間なのだと自覚させられる。玲央だからいい。玲央だから、どれだけ変態だといやらしいと罵られてもいい。
 そっとショーツに指を掛けて、腰の部分をずらしていく。少しずつ玲央の性器があらわになっていくこの時間が好きだと言ったら、玲央はまた変態だと笑うのだろうか。
「今日は玲央が先ね」
 胸を押し付けるように玲央の上に倒れこむ。擦れ合う玲央の胸元に、私のような柔らかな場所はない。
「あら、いいのかしら」
 くちゅりと唇を絡め合う。溢れだした銀河が名残惜しそうに私と玲央を繋いだ。
「玲央は私だけの彼女だって確かめたいの」
 全然、全く、ちっとも柔らかくない体を唇でなぞる。ふくよかとは言いがたい体のくせに、肌は腹立たしいほどなめらかで、思わず歯型を付けたくなる。私が女性として嫉妬してしまう、それくらい玲央は『女性』なのだ。
 私の腕の中で玲央がくすりと笑う。収まり切らない玲央の長い足が折りたたまれて、覆いかぶさった私の股ぐらを刺激した。
「いいわよ」
 私が中途半端に脱がせたショーツを玲央が自分で剥ぎ取る。その仕草全てがいやらしいのに、玲央はそのショーツを私の顔に押し付けるのだ。肺いっぱいに広がる香りに下半身がまた疼いた。
「玲央の匂い」
「アンタって本当に変態ね」
 小馬鹿にしたような玲央の声が響く。ねえ、玲央。知ってる? 誰も知らないのよ。貴方がこんなにもいやらしい女性物のショーツを身に着けていることを。私以外は、だーれも。あんなに密に接しているバスケ部の人だって、頻繁に連絡を取り合う家族だって知らないの。もちろんそう仕向けたのは玲央だし、これからもそうして欲しいって言ったのは私。ふたりだけの花園は、ずっとずっと私と玲央だけのもの。
 押し付けられたショーツを片手に取り、それをそのまま玲央の性器へとずらしていく。玲央の手で、このミルキーブルーをもっともっと白ませてほしいから。
 私の行動の意味を理解したらしい玲央は、それはそれは私の全身に在る性感帯を刺激しちゃうんじゃないのかと思ってしまうほど艶かしい笑みを浮かべた。やっぱり玲央はいやらしくエロティックでセクシーな女性だ。
「変態」
「玲央にだけね」
「知ってるわよ」
 自由な玲央の腕が私の顎を捉える。くいっと上げられ、半ば強制的に玲央と視線を交じらわせることとなった。玲央のつややかな漆黒に欲情した私が映り込む。なんて下劣な女だ。
「ねえ、名前」
 違う、女じゃない。私は玲央の前でだけ、その性別を変えることが出来る。
「私を早く貴方だけの女にしてちょうだい」
 玲央の前でだけは、性欲にまみれた雄に成り下がるのだ。


「服底の攻防」様提出/130203 莉乃

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