パパとママとボク1. | ナノ



それはそう…

『わかっていた』としか、例えられない



パパの望むもの
ママの望むもの

理想のボクをあげる。




















「ヒソカちゃん。」
「なぁに、ママ。」


花のようなという形容詞が相応しい。
汚れを知らぬ、俗世離れしたおもむき。


「愛しているわ。」
「ボクも愛してるよ。」


身に纏うは、純白のシフォンが幾重にも重なり、その全てにレースが施された華やかなドレス。
身に飾るは、品の良い見事な銀細工が施され、整然と連なり輝く真珠の首飾り。

だが彼女を一層と惹き立てているのは、腰で切り揃えられた白金の長い髪だった。
それは流麗なウェーブで、まばゆいばかりにフワリと風にたなびき、陽の光そのものになる。


「愛さずにはいられない…聡明で無垢な、美しい子。」
「なんだかくすぐったいよ。ママは、すごく綺麗だ。」


周囲を甘い香りが包む。
熟れた果実の芳香そのものな、純度の高い蜜に似たフレグランス。


「可愛い可愛い私の坊や……あなたと、出逢えて…幸せよ。」
「あぁ、どうしたの?泣かないで…。」


尊い微笑みを曇らせた双眼から美しい雫を滴らせる姿は、清純で可憐な一人の少女。


「本当に幸せよ、幸せだったの、よ…。あなたは紛れもなく救いの天使、故に…悪魔にも成り得る……。」
「ママ?ねぇ、どうしたというの…。」


悲しみに満ち、たおやかに憂愁を浮かべた麗しい美貌。
危ういガラス細工のようなそれは、強烈な庇護欲を誘ってやまない。


「神が授けて下さったあなたをっ、……誰にも…誰にも渡したくないの。」
「ボクを縛るというの?」


途端、女の顔が不自然に歪む。


「……どういう意味かしら。」
「欲しい儘には、ならないとわかっていても?」


空気が張りつめる。

歯を食いしばり結ばれた口は直線。眉間には深い皺を刻み、穏やかではない鋭く射るような眼差しでヒソカを睨んだ。少女からうって変わった酷い形相。


「愛しき私の子、ヒソカ…」
「ボクは―‐」
「愛して……いる、わ。」
「      。」
「愛し、て………いた…わ!」


次には普段の振る舞いとは真逆の、荒々しく威圧的な行動。繊細で青白い指が首へと伸び、そのまま背後の壁に強い衝撃をもって押し付けられた。


「っぇ゙、う…っ…………」


気管を圧迫され、小さな呻き声が洩れ出る。

ボクはなんて答えたかな?
ボクを虚飾するボクに飽きて
作為的な日々に興味も尽き果て
好奇がそそるまま、壊してみたくなった…
この一夜の気紛れで、確かに、ボクの運命は変わったんだ。


「げ…、ふっ、ぅ……、ぐっ…」
「ヒソ、カ…ちゃんっ!、可哀想に、苦しいのね…我慢して頂戴!…苦しいのはっ今だけ、よ…。」
「…っふ………、か、はっ…かはっ…………ぅ」


両手が揃って首に掛けられ、喉が絞め上げられていく。長く細い指が食い込み遮断した呼吸。
壁に密着した背中がやけに冷たい。


「愛してたわ!!…大好きよヒソカ!ヒソカヒソカヒソカっヒソカっっ!!!」
「………ぁ゙、ゔっ………………っは…………っ」


苦しさにえづくことも出来ず生理的な涙だけが頬を伝う。
抗おうとは考えていなかった。
死への恐怖は感じない。
こうなることを予期していた。

だんだんと遠ざかる意識とは逆に、頭の中の思考は鮮明に状況を捉えていて。

身体が熱い。
暗転してゆく中、先に自分の目がおしゃかになったのか、女から陽炎にも似た奇妙な湯気が立ち上っているのが見えた。
身体が凄く熱い。
脱力しきった腕を動かし掌を視界に入れる。すると顔を真っ赤にした目前の女より、その異様な何かが勢いだって噴き出ているのに気付いた。よくよく見渡せば全身から放たれている。
ドクンドクンとけたたましい鼓動。内から溢れほとばしるように、頭の先から足の先まで煮え立つ血が駆け巡る。
思慮の全てを呑み込む程の高揚感。
歓喜をもたらす心地よさが増長していく。


「ヒソカっ!そうよ!!私に抱かれて眠るのっ!ヒソカっヒソカ!この胸の中で!!ずっとここで!!」


いっそうの熱の猛りが半身へ集まり、昂りに形を変え、堪らず頭をもたげる。
喚くばかりの金切り声さえも、身体の芯を揺する一要因としてこうむる。

今までに経験をしたことの無い感覚。
この不可思議な現象に心が惹かれた。

意識が掠れ完全に暗転しかけた瞬間、自分の首へ掛けられた両の手首をそれぞれ握り引き剥がす。
ギリギリと力を込められていた筈の両腕。造作もなく振りほどけられたのは、この身体中から発せられているものと関係があるのだと直感する。
どっと流れ込む空気。狭められた気管を通り、欲していた酸素が肺を満たした。

母親であった女は血の気が引いたように硬まり、ただただ身を震わせている。


「はぁ、はぁは……けほっ…はぁ…………これで、ボクは…貴女の子では無くなったワケだ。」
「な、何を言い出すのっ!!私だけのヒソカ!!!」
「バイバイ…Mother……」
「ヒソカちゃんは私とずっと一緒よ!?私のもとを去るだなんて!!そんなのっ!絶対に赦さないわっ!!」
「もぅ、此処には戻らない。くくっ…」


愛憎劇の渦中、滑稽なまでの二人の温度差。
自然と笑みが浮かぶ。


「いやっ、いやぁっ、嫌よっ!私のヒソカ…愛してるわヒソカ、ヒソカちゃ…っ!!」
「じゃあね。」


重い手刀を一つ。
頸椎めがけて振り下ろし、脳を揺さぶった。
それは慣れない武力の行使。
よろめいた相手の体を支えることで、上手く意識を絶てたのだと確証を得る。

腰に手を回し抱きかかえ込むように、部屋の一角にある大きなカウチソファーへ横たわらせた。



目蓋を閉じ朱の唇からかぼそい寝息をたてる彼女。
高潔優雅なまでに傲慢な愛を捧げてくれた彼女。
全知全能の神を信じながらも、決して平穏で暖かな幸せなど求めていなかった。ボクの存在を寵愛する一方で、ボクの意思には無関心だ。



傍らへ跪く。
両手首には淡く暗赤色をした内出血の痕。ボクの首筋にも同じものがついているのだろう。

頬にお別れのキスと礼の句を。

彼女の望んだ、ボクであったボク。
その存在は、この時、死んだのだから。


「ボクを殺してくれて有難う。」





激しさを持って身体中から吹き出ていた何かも、今は全身を不明瞭に揺れ動いているのみ。
見て取れていたそれが、だんだんと弱々しくなるにつれ、底から込み上がった力の生気も奪われていく。

今のままでは、未曾有の歓喜を催すこの現象を堪能する間もなく絶命するだろう。
自身に受胎した、未知なる刺激的な能力を。

違和を抱いたこれまでの過程から、生命の根源そのものの力だと認識を持つ。神経、精神、感覚を研ぎ澄ませたのは自己陶酔の果て。

ごく薄いベールを想像し、膚の上を穏やかに流れている状態を形成する。早り鼓舞する気持ちをなだめ、留め置くように。

繭の中にいるような暖かさ。

枝肢の隅々にまで馴染むのに時間はかからなかった。

集中していた気を霧散させながら解いていく。
気だるい余韻が体内に充ち、重い倦怠感を背負う。かなりの疲労を感じ、消耗した体力に自然と目蓋が重力に従い微睡みを覚えた。

目前には彼女の甘い眠り。
伴に誘われ堕ちる前に部屋を出る。




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