しとしと
しとしと
雨が降る
しとしと
しとしと
煌やかな都市に程近く、しかし、けっしてそれとは交じることのないスラム街。
荒廃状態の無人となった空き家が随所に点在している此処は、隠れ仮宿(アジト)としてうってつけの場所だった。
日も傾き、電灯の設備もない廃墟と化したビル内。崩れたコンクリート片と無機質なガラスの破片がそこかしこに散らばっている。窓からは湿り気を帯びた空気とともに雨粒が吹き込み、足場を更に悪くした。
目的の地へとその薄暗い通路を歩み進めれば、疎ましい程よく知った気配。
「やぁ◆ 久しぶり、団長の所にでも向かうのかい?」
「…いい加減にしな、ヒソカ」
声をかけた際に飛ばしてきたバージンガムを即座に作り出した念糸で弾く。
「うーん、相変わらずつれない◆」
「いちいち凝で警戒するのも面倒なんだけど」
“こうして相手をしていること自体が面倒”と、内に含ませたところで当の本人は気にも留めず好き勝手な事を言う……いつもならば。そう、いつもならばそのくだらない問答の繰り返しだったはず。
この日はヒソカから本質をつく言葉をかけられる。
「マチはさ…ボクの事、嫌いだろ?」
それを訊いてどうするというのか。
意図がよめない。だがはっきりとした意思を伝える機会に、遠慮なく肯定させてもらうことにする。
「あぁ、アンタとは旅団の外じゃ微塵もかかわり合いたくないね」
胸中の考えを発した後。
異性の目を惹くには十分過ぎるほど整った容貌に、艶やかな笑みが浮かぶ。
マチの前には底知れぬ気味の悪さで虫酸が走る、笑み。
「何でそう、…嬉しそうなのよ……?」
「揺るがない意思を見せられると、堪らなく興奮しちゃうんだ♪それをボクの手で「完膚無き迄に変態」
「…ひどいなぁ◆」
「団長に今回の盗り物の件は、ノブナガとウボォーギンがやるって伝えておいて…それじゃ」
呆れた様を露に、マチは踵を返しその場から立ち去った。
ヒソカは笑顔をそのまま、消えゆく後ろ姿を最後まで見届けた後、本来マチが赴くべき場所へと向かった。
「あの件はノブナガとウボォーギンがやるって、さ◆」
「何をしたんだ?相当嫌われてるな」
瓦礫が積み上げられた一室。
中心の天辺に腰を据え、視線は手にした本のまま、マチではなくヒソカからの報告に察した口調で問い掛ける。
「う〜ん彼女、不機嫌な顔も可愛いよねぇ◆」
「あまりからかってやるなよ」
「ボクは真剣一途なのに◆」
「…意外、だな」
「そう?」
「ならば相手に好意を持たれたいとは考えないのか」
「単純なコトさ◆ 仮にいくら愛されたとしても、こっちが相手に入れ込めなきゃ鬱陶しいだけだろ?」
愚問だったか。
ヒソカは型に填まらない。明日にはまた違う言葉を口にするだろう。だが、最もらしい答えでもあった。
本を閉じ傍らに置く。
瓦礫の山からコートを翻して降り立ち、人物の前に歩み出る。
「そうか……ストイックなまでの恋慕…一種の純情でもある」
対面するまで近付くと、軽くつま先立ちの背伸びをし、長身の男の頬に唇を触れさせた。
「純情って誰のコトだい?珍しく付き人が居ないから、おかしいとは思ったよ◆」
互いに吐息が感じられる距離。
「俺はストレートに愛でるからな」
「クククッ、知ってる◆」
今度は唇同士が重なる。
啄む様なキス。柔らかな甘い感触を残してすぐに離された。
「人は自分の理解を超える存在を受け入れる事が難しい生き物だ」
深い漆黒の瞳が真正面からヒソカを見つめる。
「そもそも、お前は理解を求める柄ではないだろうが」
綺麗な頬を吊り上げた微笑は恍惚めいて、どこか遠くに意識があるようだ。
「嫉妬に燃えるマチは美しい…屈辱に耐えるマチはエロティックでそそる◆」
「フッ……いたく気に入られてあいつも大変だな」
「他人事みたいに言うよねぇ、まぁいいんだケド◆」
漂わせた妖しいオーラは鎮まることなく、二人の影は一つに消えた。
ねぇマチ
クロロは愛しい愛しい玩具だ…
汚染と荒廃にまみれた街で育ち、生殖機能が欠けているキミは、こんなにも気高く美しい……ボクは至福を感じて居るよ◆
初めて流星街を出た時、夜空輝く星の存在を知った。
今日の空を見上げればあの街と同じく星一つ見えはしない。
雨の降る日は胸がざわめき腹奥底が疼く。
その上脳裏にあの卑猥なまでの顔が浮かぶだなんて、最悪な気分だ。人を喰ったような悪戯顔には吐き気がする。
世界を教えてくれたあの人さえ憎く思えてきてしまうのは、全て…アイツの所為。
冷たい雨に奪われる体温と一緒に、この行き場の無い感情も流れ出ていけば救われるのかもしれない。
しとしと
しとしと
雨が降る
しとしと
しとしと
雨落石
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