死神の童【クロ→ヒソ】 | ナノ



ある程度の団員の能力や力量を把握しておくのも、旅団を統べるカシラの仕事だ。

入団間もなくの油断ならぬ輩。
こういう喰えない男に対しては、より認識を持たねば手足として使うことが危ぶまれる。

この先の指揮に影響が出るリスクは避けたい…視察して直接情報を手にする他ないな……
どのような戦い方をするのか、純粋に興味もあったのだが



様子を窺える機会は案外早々にやってきた。



蜘蛛の盗り物自体は上手く事が運び、残す仕事は帰還だけとなり仮宿へ向かっていたが、何処かからか沸いた警護人集が俺達の後を追って来ていた。
注意を引き付けて始末をする役をと団員に視線を走らせる。
その先に居た男は片手を上げて名乗りを挙げた。
俺が軽く頷いてみせると「じゃあ◆」と一言残して闇に溶け去る。
他の団員達を先に仮宿へ帰すと、俺は気配を絶って後を追う。


人の絶えない歓楽街の大通りから一本外れただけのビルとビルの路地裏。
しかし、そこは一線をきして寂然としている。

道化という言葉がハマる派手な男の衣装は、敵の注意を極めて集め、静かな満月の夜に存在を主張させた。
奇妙な化粧をも施し佇む。

動いたのは相手からだった。

初めに襲い掛かった者は、その第一刀をカードを持った手で薙ぎ払われた。
お返しにとばかり、今度は男の一刀。正面胸部にカードが埋め込まれる。
念で強化され鋭利な物体と化したそれは、いとも容易く心の臓を貫いてみせた。
背中から滴る鮮血。
微動だにしなくなった者から、刺し通っていた手が瞬時に引き抜かれる。
力を失った肢体がぐらりと傾き、両足をたたみ込んで地面へと平伏す。
まるで慈悲を請うかのような姿態でこと切れた者を一瞥し、男は舌なめずりをしながら無機物を扱うかのように蹴り飛ばした。

つかの間、男の周りを取り囲んでいた群衆が襲撃を仕掛けた。

向けられる攻撃は見透かされた様にどれもひらりとかわされ、対象を捕らえることが出来ない。
数々の猛攻を遣り過ごした後、優雅に前傾姿勢をとった渦中の人物。
敏捷な動きで自ら彼等の懐に飛び込み、一瞬でその間合いを詰める。

両の手には研ぎ澄まされた刃。

胴体から離れた首が宙に飛ぶ。
その頭部の目は見開き、口からはごぶりと深紅。

皮膚を、肉を、骨を裁つ

断末魔の悲鳴を上げることもなく切り裂かれ
噴出した飛沫がシャワーとなって降り注ぎ
肉片は舞いながら地面に叩き付けられる

絶対的君臨。
埋めようもない実力差。

事の当事者は、身をかわす事無く頭から血を浴びる。そうして髪は燃えるように揺らめき立ち、流麗になびく。
顔に飛散した鮮血も拭わず更なる化粧を施した。

薄く綺麗な唇の両端が吊り、楽しげに喉を鳴らす。
愉快で堪らないという感情
喜悦に陶酔しきった表情
この男は、それを隠しもしない。

それは一欠片の罪悪もなく
狂っている訳じゃない。初めから秩序という名の土俵が、違うのだ。


惨憺たる異質な空間に畏怖し、おののいた者達が離脱を図ろうと背を向ける。
だが、投げ放たれた無数のカードが一人とて逃しはしなかった。
そのそれぞれが確実に敵を捕らえて致命傷を与え、その場に崩れ留めさせる。

最早それは戦闘ではなく
一方的な死の享受。

凄惨無惨な死骸
五体満足なものはない。

切断面から詰まっていた赤黒い臓器、淡い桃色の内臓が外へ外へと溢れ出る。
乳白色の脳髄が剥き出しになり、肉体を形成していた頃には立派な支えであっただろう骨がのぞく。


俺はこの光景から目を背けない。
背ける事ができない。

屍で築き上がった舞台に屹立した、この男は…
幻想のように艶やかに美しい。


繰り広げられた殺戮や撒き散らかされた死体の肉塊は背景の一部になる。

この空間に命を宿すのは俺とお前だけ。


静観していた場所から男へと近付く。
辺りを囲む無数の蹂躙された死骸。
足元にはねちゃりと柔らかな感覚が伝わる。

錆びた鉄の微薫は、密閉された屠殺場の様な生々しい匂いに移り変わり、俺の鼻腔を満たした。

全身を紅に染め上げた男の前に立ち、見据える。

二度と使い物にならないであろう衣服。
腕には誰のものかも分からない肉片がこびりついていた。

いつも張り付けている薄笑い以外、元より表情を読むのが難しい顔。
乱れた頭髪が覆い隠して、尚更読み取ることが出来ない。

男はおもむろに、自分の血濡れて汚れた掌に眼差しを向けた。
ゆっくりとした動作で面前にかかげ、口元に持っていく。
赤い舌を出し、指先に触れさせ、指の腹から指の股まで順に這わせていった。
丁寧に舐めあげ、愛しそうにちろりちろりと動く。
形容しがたいなまめかしさ。
息を呑む。
五指を舐めとり、人差し指を咥内に含みしゃぶる頃には、粘膜に咀嚼された証の銀の糸が唇から引いて垂れる。
押し黙ってねぶるように繰り返されるその行為は、異様な熱を込み上がらせながら目を奪って放さない。

ちゅっちゅぷ…くちゅ……小さな水音、合間に洩れる浅い呼吸。

扇情的に心を掻き乱され、幾ばかりか自分より背の高い男の手を取り、身を預けさせるように強く引き寄せた。
その反動で男はすがる様に崩れ、両腿を突き合わせた格好で腰を降ろし座り込む。
眼下へと追いやった男に並ぶ為、片膝を付いて俺もしゃがんだ。
空いている片手で髪に指を差し込み後ろに流す。
付着していた返り血は空気に晒され乾き、ぱりぱりと剥がれた。
解かれた前髪からのぞく、細くて何処か幼く見える瞳。
極度の快楽に目の焦点は定まらず何処か遠くにあるようで、表情は恍惚として心酔している。



視線を合わせるように顎を支えて上向かせれば、ゆっくりとした瞬きの後
そのまま金色の爛眼がじっとこちらを見詰め―‐





ああ、今宵は臨月




この腕の中には

産道を通ってきたばかりの赤子





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