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「秋山さん」

「あら、なまえちゃん!
帰るの早いね、どうだった?」

「…良いところ、でしたよ」

「いやいや、そうじゃなくって!
会ったんでしょ?桐生さんに」

「会ってません」

「え?」








あの時、奥から現れる男の影に
私は怯えて逃げ出した


怖くて、辛くて、消えてしまいたくて








気がつけば私は東京へと戻っていた







「会えなかった、です」

「…なにか事情があったの?」

「…会える自信がなくって
私、…なんで好きになったんだろうって…」

「好きだから、会いに行ったんでしょ」

「相手が居ることさえ知ってたら
私は、行かなかったし諦めてました」

「えっ…桐生さんに、相手が?」

「そう、です…っ…
綺麗な、女性で…背が高くて…
私みたいな、子供なんか…」

「…落ち着いて、なまえちゃん」

「…秋山、さんっ…」






私は胸に飛び込むように
秋山さんに抱きついた



涙が溢れて止まらない
秋山さんのシャツが
涙で浸り、色が変わっていく

秋山さんは背中に手を回し
片手で頭を優しく撫でてくれた











私は、もう諦めることしかできない


相手を知って落ち込むよりも
何も知らないで好きのまま居たかった



だけどもう、それすらもできない
















バンッ




唐突に、大きな音と共に
スカイファイナンスのドアが開く




「?!」





そこに居たのは






「桐生さん…?!」





秋山さんと私は声を揃えて
その名を呼んだ





桐生さんのその顔は
身が竦む程物恐ろしい表情で
私の足は一歩後ろへと下がってしまう












「なまえ、なぜ逃げた」





その距離を縮めようと
一歩一歩近づいてくる
桐生さんに私は
また、怯えて逃げそうになった






「私じゃ、ありません…」

「じゃあなんで泣いてる」

「…桐生さん、なまえちゃんは」

「秋山、お前は黙ってろ」






目の前に立ち塞がった
秋山さんを腕で軽く払い退け
さらに私の目の前へと迫ると
私の顔を見下ろした



私はその顔を見上げ見つめると、
あの時のことが浮かび上がり
またもや涙がこぼれ始める





「…お前がわざわざ福岡まで
来てたことはもう分かってんだ…
…俺が気づかないとでも思ったのか」

「…っ……」

「泣いてばっかじゃ分からねぇだろ
なんとか言ったらどうなんだ」




ぐいっと私の胸元を
服ごと引っ張り上げられ
私は驚いて目を見開く




「うっ…!」

「ちょ、ちょっと桐生さん!」

「わ……私は…っ」









もう、どうだっていいんだ



私は桐生さんが好きだった、だなんて

今更知られても、どうにも
ならないことを知っているから







桐生さんが好きだということに
もっと早く気づけば良かった






「わたし、は…っ」















もっと素直だったら良かった
















「私は桐生さんが好きだったんです…っ」


















じゃなきゃ、こんな最低な恋の
終わり方なんてしなかったのに












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