夕方を回った頃だった


冴島さんが居たときは
体も症状も軽かったので
もう風邪も治りかけだろうと
思っていたのだが

熱はぶり返し、最初の時よりさらに
体の調子が悪くなっているのが分かる





温度計で測ると
余裕で38度を超えていた



「…うっ、…これって
もしかして…やばい…?」


ぜぇぜぇ、と息切れをし
真夏だというのに
毛布をかけていても
寒気がずっと続いている


こんな時一人だというのは
結構酷なものだと思う




そんな中、二人の声が
頭の中に浮かんでくる





―なんかあったら
すぐに電話しろ

―手助けの手なら貸したる






「…谷村…、冴島さん…」





苦しくて、泣きそうだった
携帯を手にしてみたけれど
でも、呼べなかった

どこか悪いと思えてしまって
こんなことで呼んでも
いいものかと不安にもなった






「大丈夫、一人でなんとかできる…」




ひたすら頭痛と寒さに
耐えながら布団に包まった時
手に持っていた携帯に
着信が入る


メッセージを開くと
それは、堂島さんだった






『冴島さんから聞いた
体調大丈夫なのか』




東城会に戻った時に
冴島さんが伝えていたようで
私はそのメッセージに
少しだけ心が落ち着いた





「堂島さん…」




私は手を震わせながら
ゆっくりゆっくりと文字を打つ


『ありがとうございます
もう大丈夫です
心配お掛けしてごめんなさい』、と



メッセージを送ってから
しばらく返事がなかったので
私はしばらく目を閉じて
眠りに入ることにした








だが、そう思った直後だった






ピンポーン





と、チャイムが鳴ると
その次にはガチャリ、と
ドアを開ける音がしたのだ





「だ、誰…?」


掠れるような程、小さい声で
玄関の方向へと顔を振り向くと
そこから現れたのは




「…堂島、さん…」

「…やっぱりな…」




それは、サングラスと
マスクを身に付け
顔を隠している堂島さんだった


弱りきり、横たわった私の傍まで
歩いてくると、堂島さんは
サングラスとマスクを外し
はぁ、と頭を抱えて首を横に振った



「なまえ…、鍵を開けっ放しに
するのも良くないが……
嘘をつくのも良くないな…」

「…どうして、わざわざ…?
それに…私は別に嘘なんて…」

「…そんな状態で ”もう大丈夫”
なんて、俺の前で言えるのか…?」

「…っ…、言えません、よね…」

「…そうだろうな」


呆れた顔をしている
堂島さんの顔を見ていられなくて
私は布団を引っ張り顔を隠した



「…お前が無理してまで
嘘をつく理由は…周りや俺に
迷惑かけたくないからって所だろう…」






図星だった、けれどそりゃそうだ


一人は刑事、一人は組長
そしてもう一人は東城会の会長だ


それぞれやるべきことがあるのに
それを私のただの風邪なんかで
邪魔してまで心配をかけたくなかった




たった、それだけのことなのに





堂島さんは、はぁ…とまた
大きな溜息をつくと
顔まで引っ張っていた布団を
私から奪うように引き離す



「そんなに俺は、頼りないか…?」

「…そ、そんなことはっ…!」



ベッドへ腰をかけた堂島さんは
私の体に腕を伸ばすと
自分の胸へとそっと優しく
包み込むように抱き締めてくれた



「…頼むから、心配させないでくれ」

「……堂島さん…」

「体、熱いな…」

「………」

「なまえ…?」

「温かいです…堂島さん、も…」




抱き締められている間ずっと
堂島さんの体の温かさが
じわじわと伝わってきて
少しずつ体の芯からあったまっていく



「…会いにきてくれて…
ありがとう、ござい…ま、す…」

「…そんなことは気にするな
とにかく、今は眠っておけ」

「…はい…」


堂島さんの声と温もりに
私は安心しきってしまうと
そのまま眠りについた





胸に抱いたままのなまえの髪を
指で軽く横へ流してやる



「さて、俺はどうするか…
このままだと朝まで帰れそうにもないが…」



堂島はそう言って携帯を開くと
連絡先を見ながら
ある名前で、手を止める




「偉そうにあんなこと言った俺も
正直、人に頼るのは苦手みたいだ…」



小さく苦笑してはそう呟くと
堂島はその名前の連絡先へと
繋げたのだった







それが、夕方過ぎの出来事。








prev next
back