「すみません、本当にありがとうございます!!」
ジャーととめどなく流れる水道の音をBGMに男の子は謝る。さっきから、嫌というほど謝られているというのに。よくも飽きないものだ。
「いいですよ、別に。すぐ見つかりましたし」
謝られている私はというと、水道に立って、足を洗っている。側溝の中に入ったから、くるぶしのあたりまで泥がこびりついている。蛇口を全開にしてるから、水がすごく飛ぶんだけど。制服濡れるんだけど。
「貴方は、遅刻して良かったんですか?」
何年生かわからない私に敬語だったり、鞄の置き方が丁寧だったりしたから、真面目な子なのは確か。私みたいに遅刻を気にせずに来る子じゃないだろう。
「大丈夫です。これがないまま学校なんて気がきじゃないですし…」
首元に光るクロスのペンダントを見てつぶやく。泥を水道で洗い流して、丁寧に拭いたそれは、見事に輝きを取り戻していた。こんな真面目な子を遅刻させるほどそれは力があるらしい。
ふーん、と自分から聞いたくせに適当とも取れる返事をして、私は水道から降りた。だってだって、これが形見とか重い話だったらどうするのさ。聞けないだろうよ!!!
「あ、俺、2年の鳳長太郎って言います」
でかいくせに年下ですか。そう思ったけれど、笑った顔は、年相応の幼さで、2年生っていうのも頷ける気がした。
「私は、」
「苗字名前先輩ですよね」
「え?」
「え、あれ?違いましたか?」
「いや、合ってます…けど、」
「あ、何で知ってるかは、宍戸さんからお話を伺ってたからです」
「宍戸くんから?」
「はい」
「何って?」
宍戸くんが私のことを何と説明しているのかはすごく気になることだった。忍足とか向日は予想ができるけど。
「変な人だって言ってました。声をかけられたときから、登校には遅い時間にいて、しかも声をかけてくるなんて、きっとこの人が苗字名前先輩に違いないって思ってました!」
一切の疑いも、汚さも持っていない純粋な、キラキラした目で私を見てくる。ああ、神様って何でこんなに残酷なの。私が汚い人間に見えてくる。しかも最初から変な人って認識なのね、私。おい、宍戸くん。どういうことだ。
「あ、それと、写真も見たことがあったので」
「写真?」
撮られた覚えはないんだけど、と首を傾げる。
「ちょっと待っててくださいね」
ポケットの中のケータイを引っ張り出して、慣れたてつきで操作をする。そうして、私に向けてきた画面には、はっきりと、私の写真。そう、例のビームフラッシュ時の。
………思っていた以上に酷い。これがテニス部全員に回っているのかと思うと、頭を抱えたくなる。
「あれ、今更だけど鳳くんってテニス部?」
「はい、そうですよ」
鳳くんの答えにまた頭を抱えたくなった。
頭の中には某マサラタウンの少年の声。ポケ○ンゲットだぜ!じゃないです。テニス部ゲットだぜじゃないんです。テニス部図鑑攻略目指してないです。ついでにテニス部マスターも目指してない。
「苗字先輩?」
頭上から鳳くんの心配そうな声が響く。本当に頭を抱え込んでしまっていたようだった。
「ごめんなさい、何でもないです」
「そうですか、なら良かったです。でも、本当にありがとうございました」
「本当に大丈夫だから」
「でも…」
「気にしないで」
引きつっているであろう笑顔で答えると、見本とばかりに鳳くんは爽やかな笑顔を浮かべる。
「苗字先輩が思ってた通りの人で良かったです。宍戸先輩と仲が良い方だから、絶対良い人だって思ってたんです」
「何だよ、天使か」
鳳くんの発言にさっきとは違った意味で頭を抱えたくなりそうだ。
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