翌朝、目が覚めると彼はもう既にいなかった。
慌てて起きると女官が入って来て今日の召し物を渡され出ていってしまった。

(夫より遅く起きる妻なんて…失格だ)

重い足取りで食卓に向かうと彼は既に座っていて朝食も終わりにさしかかっていた。


「おはようございます…」
「ああ、よく寝れたか」
「お陰様で…」

その後続く沈黙。
口に付けた食事もいつもと違う味で、改めて違う土地に来たのだと思った。
彼が食べ終わり、席を立とうとしたので慌てて口を開いた。

「今日は何方へ…?」
「ああ、今日は鍛錬に行く。城内は女官に案内してもらってくれ」
「あ、はい…」


そう言って彼は出ていってしまった。
いつ、お帰りになるかも聞くことができなかった。
食後、女官に城内の案内をしてもらうことにした。
女官は最後の部屋、書庫の扉を開いた。

「ここが書庫になります」
「ありがとう」
「この書庫から居間へは左に曲がれば着きます。覚えられそうですか?」
「ええ、ありがとう。わかったわ」
「では私は此方で失礼します」

書庫の中は余り使われていないようだった。
それでも綺麗に整頓された書庫は居心地が良く、何より実家よりも多く、知らない本ばかりだった。
元々本は好きだ。
幼い頃から兵法だろうが何だろうが読み漁った。
実家の本は殆ど読み切ってしまったも同然だ。
適当に一冊を手に取り表紙を捲る。
この本も、彼は読んだのだろうか。
そんなことを思いながら本の世界へと入り込んだ。


「こんなところにおったのか」


肩を揺らし、慌てて声の方へ向くと式の際手をとってくれた、この国の長、曹操様が立っていた。
あたりを見回せば、綺麗な茜色に染まっていた。

「女官たちが心配しておったぞ。食事に呼んでも来ず、食事を置いても生返事。しかも食べてもいないではないか」
「えっ?!あっ…すみません…」


ははは、と豪快に笑う曹操様に顔がどんどん赤くなっていくのがわかった。
確かに近くの机には冷め切った食事が置いてあったし、お腹が空いたと言えば空いている。
認識した途端、空腹に見舞われる。

「曹操様、どうして此方へ?」
「新婚夫婦の様子を見に、な」

ニヤリ、と笑ったそれは確かに妾多き彼らしいそれだった。
私の隣にある椅子に座り此方の様子を伺う彼は、噂好きの女官と同じ顔をしていた。

「どうだった、え?夏侯惇との初夜は」
「なっ!曹操様!何と言うことを仰るのですか!」
「なんだ、新婚夫婦と言えば当然のことだろう?まさかお主ら…」

その言葉に俯く私に事の事態の大きさがわかったのか彼は大きくため息を吐いた。
恐る恐る顔をあげると彼は窓の外を眺めていた。

「この部屋は元々はもっと埃まみれの…物置同然の部屋だった」
「………」
「お主との婚儀が決まった後、この部屋は何処から集めてきたのか、と言うくらい本が入れられ、立派な書庫となったのだ」
「…そうなのですか」
「書庫を作る案は誰が考えたと思う」
「………曹操様、」
「あまり思いつめるな。かの者はいかんせん不器用でなあ…。お主が思う程、お主の未来は暗くはないと儂は思うぞ」

現に…と彼が扉の方へと目線を移す。
釣られて私も其方へと向けると息を切らした彼の姿が、そしてこの部屋へ到着したばかりのようだった。


「孟徳!お前何をしている!」
「若妻を儂なりに慰めてやろうとだな」
「いらぬ!孟徳が一番危険だ!」
「おうおう、そのように目くじらを立ててばかりでは美しき若妻も逃げてしまうぞ」
「煩い!いいから職務をしろ!!」


こんなに話す、というか感情を出して話す彼を初めて見た。
曹操様がからかっているのは第三者の目からすれば明白であるのに、彼はただただ曹操様に翻弄されるばかり。
呆気に取られぽかん、と二人のやり取りを見ていた。
すると曹操様は私の肩に手を置き、大丈夫だ、と私に目配せをした、ような気がした。


「孟徳!触るでない!」
「何かあったら儂の処に来るがよい。もてなそう」
「は、はい」
「孟徳!その手を早く離さんか!」
「おお、怖い怖い」


そう言ってひらひらと手を振り書庫を後にする彼の後ろ姿を二人で見送る。
不意に二人目が合ったが、気まずそうに目を逸らされてしまった。


「その…何だ…あまり心配をかけるなよ…」
「はい…」


そう言って出て行こうとする彼の背中を追いかける。
ここの暮らしも、思っていたより、もしかしたら幸せかもしれない。
そう思った瞬間だった。



「お帰りなさいませ、旦那様」



2011108





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -