骨に沁みるほど、空気の澄んだ寒い夜だった。
積もる雪の上に更にしんしんと降り積もる。
兎に角宿に向かおうと馬を走らせていた。
しかしこんな雪山に囲まれた田舎に宿などあるはずもなく。
参った、そう思っていた。




「…仕方ない」


前方に見える民家に声をかけるしかない。
そう思って灯りの灯る民家へ歩を進める。
馬を引いてそっと戸を叩いた。



「はい…?」


中から声が聞こえた。
そして戸を開いた、目の前の女は雪のように白い美しい女だった。



「…何方様ですか?」
「ああ、そう、旅をしていて宿が見つからなくてだな…もしよければ一泊だけでいい。泊めてもらえないだろうか」
「まあ…ここら辺は人は住んでいませんし、通りもしませんから…そうですねえ…」
「あれだ、布団もいらない。屋根の下なら構わん」
「あらあら…ふふふ」


必死な俺の様子に思わず笑う彼女。
どうぞ、と招き入れられた部屋は暖かく、質素だった。
驚いたことは一人で暮らしだということだ。




「何か、召し上がりますか」
「ああ…悪いな」
「お嫌いなものはありますか?」
「いや、気にするな」


規則正しく包丁の音が響く。
手際よく火をおこし、忽ち香しい匂いが部屋を満たす。
寒い日に相応しい鍋だった。


「これぐらいしか出来ませんが…」
「いや、十分すぎるくらいだ」


そう言って照れて笑う彼女をみて自分の頬が赤くなるのがわかった。
出された鍋と、気を利かせてくれた酒を呑む。
全てを食べ終われば彼女はまた手際よく片付けをして、布団を敷いてくれた。


「何から何まですまない」
「いえ、困った時はお互い様です」
「…悪い」
「気になさらないでください、夏侯惇様」



しんしんと雪の降る音を聞きながら目を瞑ればすぐ寝入ってしまった。
気づいた時には朝で、魚の焼けるいい匂いがした。



「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「さあ、朝ご飯ができましたから召し上がってください。今日はいい天気ですよ」



そう言われ窓を開けると確かに昨晩の牡丹雪が嘘のように太陽がキラキラと降り積もった雪を照らしていた。
見渡す限り山ばかりの、本当に何もない土地だということがわかった。


「何から何まですまない。礼は必ず…」
「そんな、本当に気にしないでください」
「…ここは不便だろう、よければ俺の屋敷にこないか」
「お気持ちは嬉しいのですが…」
「そうか…だが、必ず礼は届けよう。また近い内に来る」
「…楽しみにしていますわ」


控えめに彼女は笑った。
太陽の下に照らされる彼女は雪にも負けないくらい白く、清らかで美しかった。



「お気をつけて」



その言葉を背に馬を走らせた。



それから二月。
雪も溶け礼をと馬を走らせ、あの山を登るが一行に家が見当たらない。
満ちらしい道が何処にもないのだ。
そうこうしていると一人の農夫が向かい側から歩いてきた。



「ここら辺に家がなかったか」
「いえ…何もございませんが…」
「確かに二月前、ここら辺に若い美しい娘が住んでいたのだが」
「娘など…ここら辺は誰も住んでやしませんよ…ただ…」
「ただ…?」



農夫はゆっくりと俺を見上げ、口を開いた。



「昔からこの辺りには妖精が住むとも、妖怪が住むとも言われております。雪山にぽつりと家が浮かび上がって、一晩泊めてもらう者もいれば、そのまま帰らぬ者となった者もおります」





一つ大きく風が凪いで、木々が笑うように葉を揺らした。




雪山の妖精








20111208
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -