昼間は人々の笑い声で溢れているがゆえに、深夜誰もいなくなった公園の静けさは別世界に迷い込んだような、そんな冷たさを持った静寂が支配している。そんな公園を頼りなく照らす街灯の下に、真っ赤な中華服を纏った女性が一人立っていた。懐中時計の短針と長針とが確かに頂点から擦れているのを確認すると、彼女、リーンは細かい装飾が施されたその蓋を閉じて真っ赤な中華服のポケットの中へとしまった。さて、と笑みを浮かべて彼女が振り返った拍子に、黄色のリボンで結わえられたその緑の三つ編みが揺れ動く。
「来ましたね、お人好しさん、プルウィアさん」
彼女の笑みの先には青年が二人。一人は彼女がお人好しさんと呼ぶ真っ赤なダッフルコートをバランス良く筋肉のついた身体に纏う黒髪の青年、レヴィ。赤い色眼鏡の奥から鋭い黒が覗いている。もう一人はレヴィとは対照的ともいっていい軽薄な雰囲気を纏う細身の青年、プルウィア。さらりとした紫苑の髪に隠されるような挑発的な色をしたフェアリーアイズが特徴的だ。
「ご、ごめん、猫。待たせ、た」
リーンを愛称である猫と呼び、子供のようにしゅんとした顔をするレヴィと。
「ちょーっと夜食の買い出しに時間かかちゃってさーごめんリーン」
そう言ってコンビニの袋を掲げるプルウィアに、そんなに待っていませんから大丈夫です、と微笑みを浮かべたままリーンは答える。
「リーンも、なにそれ?」
プルウィアが指差すのに、これですか、とリーンは左手に握るものを掲げてみせる。それなりの太さを持った数本の金属棒だった。長さは五センチメートルもない。
「栗鼠さんを捕獲するのに使えるかと思って持ってきました」
「……まさか、長さ足りないけどそれで栗鼠を串刺しにするつもり?」
怯えたように声を低くするプルウィアにまさかとリーンは笑みを困ったようなものにする。
「そんなことはしません。まあ、栗鼠さんを捕まえるときにお楽しみ、ということで。何だかうまくいきそうですしね」
「おー、何か自信があるみたいだね?リーン」
驚いたように左右異色の眼を大きく開くプルウィアに、いいえ、とリーンは首を振った。怪訝そうな顔をする青年にやっぱり困ったような笑みを浮かべ、リーンは言葉を続ける。
「いわゆる──女の勘、というやつです。残念ながら根拠はありません。まあ敵さんもいませんし、悪いことにはならないでしょう」
リーンの言葉にあー、とプルウィアが紫の頭を掻く。リーンとプルウィアは栗鼠を巡って軍部の人間と昨夜戦ったばかりだった。リーンの腕には服に隠されてはいるが軍の獣の爪痕が残っているし、プルウィアもまだ頭に軽い痛みが覚えている。そのとき、レヴィだけは参戦していなかったので、そんな二人を交互に見てはかくんと首を傾げた。しばらく彼等はそこから動かないまま言葉を交わしていたが、やがて、誰ともなく足を踏み出して、移動を始めた。公園の街灯の光が作る影が三つ、彼等のあとをけらけら笑いながらついて行く。ビニール袋の擦れるがさがさという音も彼等について回っていたがそれはしばらくして消えた。栗鼠が逃げてしまう、とリーンが注意したのだ。訪れたのは無音。時折靴音だけが居心地悪そうに響くなか、まず新たな動きをしたのはレヴィだった。立ち止まり、一点をじっと見る。リーンが気付き、どうしました、と尋ねるとレヴィは答えた。「ね、猫、あれ」レヴィの指差す先をリーンとプルウィアの二人が同時に視線を投げる。太い茶の尾がそう遠くないところで揺れているのが二人には見えた。それは地面に散らばる木の実を頬張る栗鼠の姿。「栗鼠だ……!」プルウィアが思わず声を漏らすと、栗鼠がその声を聞き付けたように木の実を放り出し、急に駆け出した。
「逃げられます!追いますよ!!」
叫び、一番に素早いリーンが、少し遅れて二番手にプルウィア、最後に戸惑って二人より出遅れたレヴィが続いて小さな茶色を追いかけて行く。たた、と駆ける栗鼠は芝生の生える広場に向かっていく。と、突然リーンが左手の金属棒をプルウィアに押し付けた。リーンの急な行動に、えっ、と声を発して驚愕しながらもプルウィアは一本も落とさずそれを受け取った。
「それを大きくしてください!!早く!!」
リーンの声に気圧されながらもプルウィアは『物体巨大化』の異能を使い、それを三十センチメートル程の鉄棒にまで巨大化させた。瞬間、金属棒がプルウィアの手から浮いて逃げ出す。そして、リーンの手に擦り寄るように鉄棒が宙を舞った。リーンの異能、『磁力』が発動したのだ。逃がしませんよ、静かに言葉が彼女の口から零れたとき、金属棒が矢となって飛び立った。飛び立った数本の金属棒が栗鼠の前の地面に突き刺さり、進行を防ぐ。突然の出来事に驚いたに違いない栗鼠の背後にも金属棒が遅れて刺さり、退路を断つ。出来上がった即席の檻に唯一空いた天井には、勢いよく巨大な円の金属板ががんとのしかかり、完全に栗鼠は捕らえられるところとなった。プルウィアは飛んできたその厚く重量感のある金属板に何処か既視感を覚えて、まさか、と呟いて振り返る。彼が思った通り道路にぽっかりと大きな穴が空いていた。つまりリーンはマンホールのあの大きな金属蓋を飛ばして檻の天井としたのである。レヴィが立ちすくんでいるのは、二人よりも遅れてきていた彼の前で金属蓋が飛び立っていったからで、もう少しで彼は不思議の国のアリスよろしく、深い深い穴の底へまっしぐらであったからだ。無茶苦茶するなあ、プルウィアがぼやいた。だが、そんなことなど気にもしていないようにリーンはすたすたと不格好な檻に近付きその中で動く焦げ茶を確認すると、捕獲ですね、と呟く。そして、呆然とする男二人を振り返った。
「女の勘もなかなか馬鹿に出来ないでしょう」
穏やかな、柔らかな笑みで。


20120501 夢見人の夜



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