こぽ、り。
水底から泡が揺らめいて吐き出されて、幾度も幾度もそれが繰り返される。
甘い匂いを閉じ込めて咲く花と、異形の形をした奇形の魚が交錯した水槽。魚が泳ぐ度に透き通るような花弁が、水の中でゆうらりと揺れる。
巨大な水槽に四方を囲まれた世界。似た場所を見付けるならばアクアリウムの地下深く。深海に住む異形を飾る階。

突如。

世界は安定を破られて、震えた。藍色に沈む可笑しなアクアリウムの世界を抉じ開ける、何か。
世界に裂け目。
戸惑って揺れる水槽の水。
魚は暗い水底へ、逃げた。
巨大な水槽の前には藍色に浮かぶ赤があった。男がいた。燃えるような赤の毛の前髪に金銀の瞳の光を隠した青年だった。
彼はぼんやりとした光を宿した金銀を、水槽の中で泳ぐ影に向けていた金銀を、世界の裂け目へと向けた。
異色の視線の上で、世界を裂いて境界線を飛び越えてきたものが、白い手が、するりと其処から入り込んできた。
その手は五本の器用な指のついた人間の物だったので、やがて世界に落ちてきた全身も人間の其れだった。
藍色の世界に落ちてきたのは、燃えるような橙だった。
男だった。燃えるような橙の毛の前髪から毛髪と同じ橙を輝かせる青年だった。長身で細身の、青年。
彼は、にこにことした表情を浮かべながら、無感情を表情にまで表した男の元へと歩いてくる。
よく晴れる前の日の夕闇の空を盗んだような頭髪は、赤と一緒に藍色にぼう、と浮かぶ。
ぶくぶく、ごぽり。水中から気体が泡と形容されて吐き出される、言語を持たない、声。
世界は落ち着きを取り戻す。花弁の魚はまだ黒の底へ逃げたままだ。赤毛の男が一度水槽に戻した目が、何もいない、泡が吐き出される水だけが揺蕩う水槽を映す。
男は金銀でじろりと睨む。
男は柑子でへらりと笑う。
金銀の男の舌から、鋭い刃を孕んだ言葉。


馬鹿、魚が逃げてしまっただろう。

戻ってくるさ。それにオレには魚なんて一匹も見えないよ、ソレ。


訝しげに眉を寄せる金銀の男に、男は微笑む。


* * ち ゃ ん の 花 し か。


はっ、と言葉に不意を付かれて金銀の眼を見開いた男の細い顎を、長い指がとらえる。固定する。
金銀の眼が映し出す世界を、青年が独占する。少しばかりの橙ほうが、金銀より高かった。
橙の下、唇が動いて。呪歌のように、言葉を。


ねえ、**ちゃん。オレを見てよ。
その綺麗な目でオレを見てよ、そんな可笑しな魚じゃなくて。


覗き込む、橙。
捕らえられて気付いて、あ、と、男が間の抜けた声を出したときには、青年の赤い舌が彼の視界を埋めるほどに近付いていて。
そのまま飴玉を舐めるように、熱い咥内の器官がべろりと、銀の眼球を舐め上げた。
一つに重なった影が落ちる水槽に、一匹。
腹から内臓の覗く異形の魚が、じっと、光のない琥珀の目で彼等を見詰めていた。


彼等はずっとお互いを知らなかったが、きっと、ずっとお互いを知っていた。きっと、舌が眼球を撫でる事すらも、遺伝子の奥に隠された、


20120727 永遠なる慕情


なのだろう。






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