目を覚ましたのに世界がぐらりと揺れた。目眩にねじ曲がる見慣れない部屋と腕の違和感、酷い吐き気。視界の端に映る紫がかった青が自身の髪だと認識することすら、キリシュは時間を必要とした。吐き気を堪えて、目を閉じる。瞼の下で歪んだ世界がゆっくりと修復される、正常になる。目を開けて、まだ舌に残る吐き気に顔をしかめた。ここは何処だ、俺は一体何をやってたんだ、酒でも飲み過ぎたのか?そんなことをぼやいてから、消えない右腕の違和感に視線をやってなんだこれは、と叫び出しそうになった。手首に鈍く輝くのは銀の枷。その枷から伸びた鎖はどうやら自身の寝ている寝台の縁に繋げられているようだ。どういうことだ。叫びだすことだけは無理矢理抑えた声が震える。思考は堂々巡り、どうして、何故、そればかり。それを壊したのは部屋のドアが開く音。はっと横たわっていた身体を起こして、視線の先のそれに困惑した。
「ボス……?嘘、だろ?」
深い紺の作業服、癖っ毛の金髪を数本のピンで留めた青年、キリシュの所属するギルドのリーダー、キール・ジンクロメート。その二つの丸い紫がこちらを見て、すっと細まる、笑みを作る。
「あれ、もう起きてたのか?寝顔見に来たのにさー」
すたすたと近寄ってくる青年に、思わず身体を後ろに滑らせた。傷付くなあ、なんてキールがけらり。笑い声。
「……これ、ボスがやったんですか」右腕を上げて、枷を見せる。繋がった金属の鳴き声。キールはあっさり肯定した。
「そーそー、俺だよ。ついでに昨日キリシュの飯に薬混ぜ混んでここに連れてきたのも俺ね」
「……どうして、」
どうしてかって?キリシュが上半身だけを起こす寝台にキールが腰掛ける。軽く軋む音。動くキールの唇。
「俺 、最近何か飼いたくてさあ、悩んでたんだよねー
」にこぉと微笑む青年の純粋に楽しそうな顔にぞくりとした。キールが言う。俺の言いたいこと分かるよね?空気に垂れる言葉と共に伸びた手がキリシュの顎を捕らえた。紫に映る二人の自分は、酷い顔をしている。紫の持ち主の唇が囁いた。
「出してあげないよ、キリシュ。俺の可愛い可愛いペットになるまで出してあげない」
ずっとね!!青年の楽しそうな言葉。笑い声。狭い部屋に、反響、反響。


20120505 腐食する牙




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