灯る灯りも減り、人気も失せた筈の夜の食堂に動く影。訓練で汗をかいた身体に服の胸元を何度もはためかせて風を送りこみ、冷やしながら歩いていたジーンの眼がそれを捉えた。もうメニューすら明日の献立に書き換えられた食堂には用もなく、ただその横を近道として通り過ぎるだけのつもりだったが思わず覗き込み、影を探す。影はあっさり見付かった。何処か予想していた正体でもあった。しんと静まり返る食堂に足を踏み入れる。奥でちょこんと椅子に腰掛ける小さな影に近付く。緩やかなウェーブのかかった金。真剣の色を溶かした左右異色の目はいまは真っ直ぐに作業する指に向けられている。指が紡ぐ作業は、何故かひたすら赤い薔薇から花弁をむしりとる作業。自身の存在すら認識してないほどその作業に熱心な彼女に一瞬躊躇って、声をかけた。熱心だなお嬢さん。ぴくん、と華奢な肩が揺れる。ふわふわとした金の頭が跳ね上がって、彼女の青と紫の目に自分の顔が映り込んだ。

ジーンさん。

ようやくこちらを認識して、ふわりと彼女が、セレナリア=ディアスが微笑む。
「さっきちょうどお茶をあっちで入れましたの」
そう言う彼女の右手のそばに、湯気のたつカップ。まだ温かいはずですから入れてきますの、と立ち上がった彼女に手を振って構わないと伝える。そうですの、と答えて再び腰を下ろす彼女。机に散らばる赤の薔薇の一つを手に取った。彼女の小さな手がしっとりと柔らかな深紅の花弁をまた一枚一枚、ゆっくりとちぎりとっていく。ちょうど少女が恋する相手の心を花に尋ねるように。彼女の手のなかで花の形が少しずつ崩れていくのをしばらく眺めていて、それが半分ほど元の形を失ったところでジーンはとうとう、何をしているんだ、と声をかけた。これですの、と可愛らしく首を傾げて机に散らばった赤を救ってみせる彼女。ちぎられた花弁がはらはらとこぼれ落ちていく。
「ポプリを作ろうと思ってるんですの。裏庭に咲いていた薔薇があまりにも綺麗でしたので、切ってもらったんですの」
微笑む彼女。綺麗だったと形容されていたそれは、彼女の手の中で半ば崩れたような姿で転がっている。はらはら。はらはら。薄っぺらな深紅がなおも落ちていく。赤に隠されていた彼女の白い指が露出して、初めてそこに走る真新しい傷に気が付いた。強く他を拒絶する薔薇の刺に傷付いたのであろう彼女の指。とうとう、彼女の手から半分の数の花弁がくっついているだけのような赤も落ちたとき、その赤が机の上で跳ねてまた形を崩したとき。いつのまにか彼女の暖かな手は、自分の日焼けした固い手の中。きょとんとした、左右異色の目。それに、怪我の治るおまじないだと嘯いた。


20120508 継ぎ接ぎだらけの恋だった


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