耳を掠めた鎖の音。指には冷たい感触。見付けたと、そのまま軍服の腰元の懐中から引っ張りだしたのは銀時計。右手に収まる細かな細工を施されたその銀の蓋を開いた。硝子の下で彫られた数字を指すのは三本の針。一本だけがせわしなく動いている。十五時三十二分、四十と六秒。確認して、銀時計の竜頭を巻く。一周はしないでも円の四分の三ほど、つまりは四十五秒分の距離を細い針が動い、た、。

カチッ。

時計の針が噛み合う音。それを合図に、世界の音はすり変わる。様々な音が入り雑じる喧騒は規則正しく音を刻む針の音と変化して、世界はそれに満たされる。 そして自分だけを取り残して、全ての物質に流れる時間も同時に停止する。動くものは何もない。 ちくたく。ちくたく。そればかりが反響する世界で、まず一歩、足を踏み出した。そのまま目的へと足を進める。手の中の銀を覗き込むと針が逆行した時を刻んでいるのが見えた。右にしか回らない針が左に回る。進めたはずの秒針が元の位置を目指して巻き戻る。視線を文字盤から前方へ。足を進めて、進めて、人を見つけた。突然時を止められて不自然な形のオブジェとして佇む数人の人間。腕には赤の腕章。それを確認して、縮めていた手の中のロッドを振り下ろして伸ばす。もう一度懐中時計を覗き込んだ。三秒、二秒、一、。

カチッ。

時計の針が噛み合う音。それを合図に、世界の音はすり変わる。規則正しく音を刻む針の音は様々な音が入り雑じる喧騒と変化して、世界はそれに満たされる。そして自分だけを取り残して、全ての物質で停止した時間も同時に再生する。 再び動くことを許された数人が自分を認識して、驚愕した、戸惑った、身振り、表情、声。声ばかりがよく聞き取れない。停止させた時間の代償に失った聴力が空気を揺らす詳細を聞き取らない。 現在、十五時三十三分、三十と四秒。懐中時計を胸元へなおし、そんな彼らに微笑んで声無き挨拶を。

どうもこんにちは、さようなら。

振り上げたロッドが風を切る。視線の端に映る自身の髪の水色に、液体の赤が飛んだ。


20120518 透明な午後



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -