5.嫌われたままだけどショックは大きいらしい

 


 心地よい微睡みの中、カーテンから漏れる太陽光で目が覚めた。昨日は部屋に帰って来てからお風呂に入り、買い置きの冷食パスタを食べたらすぐに眠くなったので、その眠気に抗うこともなくベッドに入るとおやすみ3秒くらいの勢いで寝た気がする。
 そういえば今何時なんだろ。ベッドのサイドボードに置いていたスマホのディスプレイをつけると時刻は9時30分と表示されていた。昨日寝たのが日付が変わるよりも前だったから、9時間半は寝てる計算になる。最近ではこんなに長い時間寝られたことはなくせいぜい6時には起きてしまっていたので、だいぶ熟睡していたのだろう。

 七海先輩効果かな、なんて少し嬉しくなりながらカーテンを開けて朝日を浴びる。今日は何しようかな。美味しいものでも食べて、買い物して、ついでに七海先輩へのお礼の品も買おうか。
 そんなことを考えていると、独特な電子音がスマホから鳴った。この音に設定してるのは一人しかいない。遅く出るとごちゃごちゃ言われるので、早めに通話ボタンをスライドさせた。

『おっはよー!昨日はよく寝れたかな?頼れるGLG、五条悟で〜す!』
「……おはようございます、五条先輩。何の用ですか。私が今日休みなの知ってますよね?」
『もっちろん!そんなオマエに朝からビッグニュースをお届けするよ!』
「え、嫌な予感しかしないんですが」
『ひどいな〜僕泣いちゃう』

 しくしく、そんな泣き真似まで聞こえてくる。清々しい朝の目覚めかと思えば、なぜ朝一番でこの人の声を聞かなければならないのだろう。どうせなら七海さんが良かった。

「で、ご用件は」
『あ、そうそう。今日これからオマエ連れて出かけるから。あと30分で支度してね』
「はい?」
『素敵な休日を僕がプレゼント!どう?嬉しいでしょ?ちなみに最初はブランチからだから朝ご飯食べなくていいよ』
「いや、ツッコミどころ多いんですけど……とりあえず30分はキツいので40分でいいですか」
『んーまあいいかな。40分で支度しな!ってね!じゃあその時間に迎えにいくから』

 よろしくね〜と五条先輩が言ったところで一方的に通話が終了した。なんなんだ。朝から怒涛の五条節が炸裂してるんだが。外には出かけようと思ってたのでよしとするしかない。こうなったら最後、言うこと聞かないと面倒だし。
 
 とりあえず服を選ぶところから始める。この前買ってそのままになってた青のワンピースにベルトを締めて、オフホワイトのコートでいいかな。バッグは小さめの白いショルダーにしよう。ワンピースにコートと似た色のカーディガンを羽織ってヘアメイクをする。待ち合わせの時間まで、時間は刻々と過ぎていった。






 部屋の鍵を掛けてエレベーターを呼び、その待ち時間に左腕の腕時計を見た。諸々の準備が終わったのは電話を貰ってから35分後で、やっぱり40分後にしてもらって良かったと思う。

 エントランスホールを出て待っていると、まもなく高専特有の黒い車が入り口に横付けされた。その車の窓を開けて顔を見せたのは、いつもの黒ずくめではなく私服にサングラスというレアな格好の五条先輩だった。ちょっとカッコいいかもしれない。

「やっほー!準備万端って感じだね!じゃあこっち乗って」
「じゃあ、失礼します」

 五条先輩が退いたこちら側の席から車の後部座席に座る。どうやら運転手は普段と変わらず伊地知くんらしい。こちらもいつもの黒スーツではなく私服を着ていて、伊地知くんの私服なんて何年振りに見ただろうかと考えた。

「五条先輩も伊地知くんも今日はお休みなんですか?」
「そうだよー!やっぱ休日っていいよね!」
「私よりも大忙しの特級様が?伊地知くんと揃って?休み?そんなの有り得ませんよね。伊地知くん、本当は?」
「……午後に一件任務が入ってます」
「ちょっと伊地知ィ、今から言わなくてもいいでしょ?後でマジビンタね」

 やっぱり任務あるんじゃん。だけどこうやって連れ出してくれるあたり、五条先輩はクズはクズでも優しさは持ち合わせているタイプである。今日の予定について聞くと、「行き先はまだ内緒〜」と他の女の子たちからすれば一撃必殺のウインク付きで言われる。私はもう見慣れてるからこんなことで黄色い歓声をあげたりはしないが。

「オマエってこういうの反応悪いよねー。もっとキャー!とか言ったり照れたりとか無いわけ?せっかく僕がサービスしてやってるのにさ」
「いや、高専時代から知ってる人はみんな慣れてますって。先輩は中身を知ってる分気軽にキャーキャー言える対象じゃないですね」
「あー後輩が僕をいじめるー」
「そんなことしてません」
「可愛くない後輩だこと!それにさぁ、その服。七海意識してるの丸わかりじゃん。今日は僕たちとのデートなのに。ねえ、伊地知」
「いや、あの、休みの日に何を着るのかは彼女の自由なので……」

 私の服装になんだかご機嫌ナナメな五条さん。意識したつもりは無かったけど、そう言われればそうかもしれない。その後もなんだかんだ話して目的地へと揺られていった。



 車が止まったのは、私が前々から行きたいと思っていたカフェの店先だった。車を停めてくる伊地知くんを待ってから三人で入店する。窓際の四人席に案内されると私の向かいに五条先輩、斜め前に伊地知くんという席順で座った。

 メニューを見ながら三人であれがいい、これがいいなどと言いあいながら頼む食事を決める。私が迷いに迷った結果、二人をお待たせしつつも頼むものを決めることができた。
 私はミルクティーのついたオムライスのセット、伊地知くんはコーヒーのついたパスタセット、そして五条先輩はいちごパフェとチョコパフェ、メロンソーダを注文した。

「そういえば五条先輩、なんでこのお店に連れて来てくれたんですか?」
「ああ、なんかオマエが行きたがってるって小耳にはさんだから」
「たしかに行きたいとは思ってましたけど、なんでそんなことまで知ってるんですか」
「なんてったって僕はあの五条悟だからね。なんでもお見通しなの!」
「ええ………こわ」

 なんで私の情報が五条先輩に漏れてるんだ。この前の補助監督の人に話した気がするからそこからかなぁ。それにしても怖いものがある。
 私がドン引きしていると、むくれている五条先輩の代わりに伊地知くんが口を開いた。

「そういえば、昨日は大丈夫でしたか?」
「昨日?」
「だいぶお疲れの様でしたから」
「ああ、大丈夫だよ。よく眠れたくらいだし」
「そうじゃん!オマエ昨日七海に送ってもらったんでしょ?なんかなかったの?」
「いや、特になにもなかった、ですよ?」
「ほんとに〜?嘘ついてるでしょ。ほら〜早く〜」

 いや、マジでなんも無いんですよ。なんせ寝てたからね(知らないだけで七海的にはありまくり)。言い渋っていると五条先輩のウザ絡みが酷くなってくる。何か?寝てたって良いんですかね?じゃあ言いますけども。

「………爆睡しました」

 そう答えた途端、二人の表情が驚きと戸惑いに変わった。いやこうなるってわかってたから言いたくなかったんだけど。

「七海さんの車でも寝られるんですね」
「オマエ、七海の車で寝たわけ?マジ?」
「だからそう言ってるじゃないですか。失礼だってわかってますけど、七海先輩も寝ていいって言ってましたし………」
「うわ〜そりゃないわ。七海カワイソー」

 微妙な雰囲気になってしまった。寝たのはもうしょうがないじゃないですか。起こってしまったものは取り消せやしないのだから。この雰囲気をどうしようかと思っていたらウエイターさんが注文した料理を持ってきたので事なきを得た。
 各々が頼んだ食事が目の前に置かれる。パフェをのお客様、と言われて五条先輩が手を挙げた時、店員さんがコンマ一秒くらい静止してた。意外だよね。わかります。
 とりあえず食べようという流れになって、それぞれのメニューに手をつけ始める。その前に五条先輩が写真を撮っていて、珍しいなと思いながらも私は自分のふわとろのオムライスとミルクティーを堪能した。









 食事の後は普通に会話が弾んだため、カフェを出たのは13時を回ったくらいだった。五条先輩と伊地知くんはこれから任務があるそうなので、一旦別行動を言い渡された。ここでお別れではなく、夕飯を考えておくよう言われた為、ちゃんと戻って来てくれる気があるらしい。五条先輩は3時間程で済ませてくると言っていたから、それまではフリータイムだ。

 私はまず自分の買い物をしようと大型のショッピングモールに入って、自分の買いたいものを見て行った。ウインドウショッピングも中々に楽しくて、興味のあるお店を回っていれば手持ちの荷物も増え、結構な時間が経っていた。ざっと2時間くらい。ここのショッピングモールめちゃくちゃ広かった。
 
 自分の買い物が終わったので今度は七海先輩へのお礼を探しに行くことにする。荷物になる本日購入したものたちはコインロッカーに入れてきたので身軽だ。
 伊地知くんから聞いたところ、七海先輩はほんとだったら今日はお休みだったらしい。お礼を渡すことで代わりになるかはわからないが、無いよりもいいだろう。嫌われているといっても先輩は好意を無駄にしない人だった、はず。ショッピングモールの案内板を確認して、お目当ての物があるであろう地下へと向かった。



 着いたのはお酒がたくさん売っているお店だ。先程のカフェで五条先輩から七海先輩の好みを聞き出した私は、それに合うものを買おうと思ってここに来た。
 そこまでお酒に詳しいという訳ではないが、五条先輩や家入先輩に連れられて行った飲み屋は数知れず。成人してからは「飲みに行くぞ」と定期的に誘ってくれる飲み会が好きな先輩たちに囲まれて、一通りのお酒は嗜んだことがあるのだ。
 先輩の好みの料理を脳内で反芻しつつ、結構な時間をかけて決めたのは辛口の白ワイン。
 気に入ってくれるといいな。少し嫌われている状態が軟化しないかな、などという下心込みでレジに持っていく。ギフト用にラッピングしてもらってから、お店を出た。



 ギフトのワインを持って1階へ戻ると、遠くに何やら見覚えのある人影が私の視界に入った。あれは、もしかして……七海先輩じやないかな?仕立ての良いスーツに艶やかな金髪。補助監督でも待っているのか、壁際でスマホを見ている横顔にはいつものサングラスが見えた。はい確定〜!!この距離でわかるほど七海先輩は目立っている。さすが先輩。にしてもこんなところにいるなんて珍しい。今日は代わってくれた私の任務が入ってるはずだから任務中なのかな。

 そうして見ていると七海先輩に近づく女性が一人。見るからに自信がありますって感じの美女だ。めちゃくちゃ大人って感じのお姉さんだ。逆ナンかな?そう思っていると、何やら七海先輩と話し始めた女性は、先輩と連れ立って歩き出した。知ってる人らしい。なんだかそんな二人が気になって、気づかれない様に後を追ってみる。す、ストーカーとか言わないで!ちょっと気になるだけだから!!

 女性が七海先輩の腕に絡みつく。先輩はそれを振り払うような素振りは見えなかった。彼女さん、なのだろうか。不意に見える横顔にはここ数年は見たことのない先輩の笑顔。そして追いかけて行くこと数分、二人が入ったのは……ラから始まるカップル用のホテルだった。





 七海先輩、彼女さんがいるんだ……そうだよね。
 一般企業に勤めてたってことはそこで出会いがあっても、彼女の一人二人はいても可笑しくないだろう。むしろ呪術高専という特異な環境に置かれていても常識と優しさを持ちあわせる先輩のことだ。たくさんの美女から言い寄られてもなんら不思議はない。
 好奇心は猫を殺すなんて言うが、まさにその通りだった。先輩の後を追わなければ知らないでいられたのに、その行為が自分の首を締めたのだ。
 密かに高専の頃から想いを寄せていて、言えないでいて、その気持ちを引きずっていて。嫌われていたとわかっていても、先輩が呪術師として帰って来たことが嬉しかった。想いは報われなくっても同じ世界にいれらるだけで良いと思ってた。
 だから自分でもこんなにショックを受けているなんて認めたくないなかった。分かっていたようで解ってなかったんだ。本当に、どうしようもなく、先輩のことが好きだなんて。こんな時に自覚したってしょうがないのに。





 私は持っていたワインを袋ごとぐしゃりと握ると、来た道を引き返す。そして歩きながらスマホを操作する。この時間だと任務は終わって伊地知くんは運転席中だろうから五条先輩とのトーク画面を開いた。

体調が悪いので、今日は帰ります。すみません。


 そう打って送信すれば、やはり任務は終わっていたのか、五条先輩からすぐさま電話が掛かってきた。

『もしもし、体調悪いって?大丈夫?』
「ちょっと外にいるのがキツくて。倒れるとかでは無いんですけど」
『もう少しでそっち着くから、伊地知に送らせるよ』
「大丈夫です。一人で帰れはするので」
『そんな暗い声で話されても、はいそうですかって言える訳ないでしょ』
「本当に大丈夫なので。それじゃあ失礼します」
『おい、話聞けッ……!』

__ブツリ

 五条先輩の言葉を最後まで聞く気もなく通話を終了した。今日はもう、誰にも会いたく無い気分だった。













○ショックすぎた夢主
・無意識で七海カラーのコーデを決めている七海のことが好きな後輩。
・五条先輩に連れ出されたと思ったら行きたかったカフェでびっくり。
・五条先輩はなんで写真を撮ってるんですか?
・お買い物はたくさんした。ちなみに青と白多め。
・お酒は家入ほどではないが飲める方。
・七海が彼女?といるところを見てショックどころの騒ぎじゃ無かった(付き合ってないけど)。

○突然のお出かけ宣言五条悟
・夢主のお休み!じゃあ僕も休んじゃお!
・なんて突然言い出した訳ではなく、ちゃんと計画立ててた。
・カフェのこともある情報筋から聞いた。
・さすがに丸一日の休みは取れなかったけど、任務一つだけにすることには成功。実は伊地知のことも労ってあげたかったりする。
・写真撮ってたのはとある情報筋の彼に頼まれたからです。
・夕飯も好きなところ奢ってあげるつもりでいつもより3割増しくらいで早く任務終わらせた。
・体調悪いってメッセージ来てから秒で電話したらマジで大丈夫そうじゃない後輩の声を聞いてガチトーンで心配した人。

○私服を来たのは久しぶりの伊地知潔高
・夢主を休ませるのに五条とグルだった人。
・計画的だったから七海への任務譲渡がスムーズだったんです。
・今日もスーツで行こうとしたが五条からの「私服で来い」というメッセージをもらって私服で来た。ちなみに私服は着てなさすぎて服選びにめちゃくちゃ時間が掛かった。
・「七海さんの車でも寝られるんですね」っていう発言は、夢主が今でも七海に気を許してるんですねって意味。嫌われていても(七海の演技だけど)想いは変わらないのかなって噛みしめてた。

○登場場面が異様に少なかった七海建人
・登場の!!仕方!!ごめんね!!!
・次回はちゃんと出ます




[back]  [next]



[目次へ]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -