2.嫌っているのに好みは覚えていてくれたらしい



「オマエさ、七海のことどう思ってるの?」
「どうって、言われて、も!」
「ほら、答えないなら、どんどん激しくするよっと!」
「あ、ちょっ!!」

 なんだか会話がよろしくない気がするが、これでも私は絶賛五条先輩と稽古中である。今日は快晴、暑すぎないし寒すぎない。五条先輩の予定も空いている。そんな好条件が揃った中で、高専のグラウンドでの稽古だ。ちなみに今は五条先輩が繰り出す繰り出す攻撃を必死に避ける訓練である。

 訓練の最中でも五条先輩は会話するほど余裕が有り余ってる。なぜかと言えば、先輩は70%の力しか出していない(本人談)らしいからだ。本気で来られたら瞬殺なのは当然だから仕方ないのだが、こっちは集中してるのに気を散らさないでほしい。

 前にこれについて抗議したら、「これくらいで集中力を切らすようじゃ、オマエもまだまだだね☆」とか煽られながら言われたので、いつか見返してやるのが目標である。

「ほらぁ、言ってみなってーの!」
「だから、なんで今!」

 今日はやけに突っ込んで聞いてくるな、なんて思いながら先輩の攻撃に集中する。様々な角度、タイミングで繰り出される攻撃は少しでも集中を切らしてしまえばすぐクリーンヒットの一撃をお見舞いされてジ・エンドだ。

 話し掛けられるのはいつものことだが、七海先輩の話題を振ってくるあたり、先輩も人が悪い。私が七海先輩のことを好きだなんて、どうせ五条先輩も知ってるんだからわざわざ私に聞かなくったってよく分かってるはずなのに。よく愚痴を零してた相手ナンバー2は五条先輩だから(ちなみにナンバー1は伊地知くんで、よく私の愚痴を聞いてくれていた)。まあ、この人のことだから言わせるのが面白いとか思ってるんだろうな。知ってる。

 そんなことを頭の片隅で考えながらも、攻撃を避けることに集中していたはずだったのだが、

「あ、七海!」
「へ、」

 先輩が見た方向を向けば、グラウンドの端に立っている七海先輩。このタイミングで七海先輩来るとかある?今会いたくなかった〜!!!タイミング悪すぎか?
 直前までの思考と七海先輩を見てしまったという視覚情報が私の身体の動きを鈍らせる。しまった、と思った時にはもう遅かった。

「隙あり☆」

 鈍い音がして、脇腹に重い一撃をもらってしまった。地面に叩きつけられ、一瞬息が止まる。最近はまともに攻撃をくらうことは少なくなったのだが、どうやらまだまだらしい。というか七海先輩に今のところ見られてたよね?!かっこ悪すぎる……消えたい……

「ほら、いつまでも寝っ転がってないで起きる!」
「すみません、ありがとうございます」

 五条先輩に手を差し出され、有り難くその手をお借りして立ち上がる。先輩は私を立ち上がらせると、繋いだ手もそのままに七海先輩のいる場所へと向かった。

「五条さん、彼女にその訓練は不相応では?」
「コイツはいいの。で、七海は何の用?」
「五条さんにお聞きしたいことがあったのですが、今日はお忙しいようなので日を改めさせていただきます」
「そんなこと言わずにさぁ、七海も一本どう?手合わせ。僕となんてレア中のレアだよ?」
「いえ、遠慮しておきます」
「そんなこと言って逃げるんだ?コイツにできることも出来ないなんてカッコわるー」

 今日も五条先輩の煽り度120%だ。絶好調。いや、七海先輩やらないって言ってるのにそこまで言うのやめましょうよ。心なしかまた七海先輩がイラついてる気がする。
 七海先輩は煽り耐性あった気がするんだけど。久々の復帰で耐性が低くなってるのかな。

「五条先輩、突然手合わせなんて言われても無理ですよ。それに今手合わせしたら先輩の素敵なスーツが汚れちゃいます。諦めてください」
「ん〜オマエがそう言うならやーめた。じゃ、僕たち二人っきり・・・・・で稽古続けるから」

 じゃあね、と言って七海先輩に五条先輩が背を向けた。必然的に手を繋がれていたままの私もその場を離れることになる。
 断って正解だと思う。先輩の仕立ての良さそうなスーツが砂で汚れるのはよくない。五条先輩にまた扱かれるのか、と思いつつも有難いことには代わりないので腹を括る。気持ちを切り替えようとして、空いてる方の腕が掴まれた。

「……気が変わりました。五条さん、手合わせをお願いできますか」
「お、やる気になった?」
「七海先輩?!スーツ汚れちゃいますよ?」
「これは既に仕事着ですから構いません。それより貴方、私がすぐに転がされるとでも?」
「そ、そんなことは……」

 何がスイッチだったの?!さっきまでやらないって言ってたよね??ていうか七海先輩、何気に五条さん煽ってませんか。そんなことしたら多少丸くなったといっても五条先輩は、

「へえ、言ってくれるね。何度でも転がしてやるよ。あ、オマエはそこに座って見ててね。ちょっとコイツにわからせてやるからさ」
「じゅ、術式と呪力は無しですよ!先輩方が本気でやったら校舎吹き飛びますからね!?」
「そんなのなくても余裕だよ」
「必要ありません」

 うわ、ガチの殴り合いじゃない?怖……これは触れないに限る。

「ジャケット、持っていてもらえますか」
「あ、いいですよ。汚れたら不味いですもんね」

 二人から離れる前に七海先輩のジャケットを預かった。うゎ、先輩のジャケット預かっちゃったよ。大事に扱わなきゃ。七海先輩は青のシャツを腕まくりして準備を整えるみたいだ。高専の頃よりも筋肉質になった身体が格好いい……はっ!いけない、いけない。
 乙女思考になりそうな自分の考えを、頭を振りながら散らした。嫌われてるんだから考えるだけ損である。やめとこ。
 私がグラウンドの端まで退避し終えると、「5分測ってー」なんて声が聞こえたから、手持ちのスマホでタイマーをセットした。

「いきますよー!用意、始め!」

 私の声で始まった手合わせは開始早々圧倒的スピードで展開されていく。私のレベルじゃあそこまではいけないかな、なんて。ブランクがある七海先輩に数年経っても追い越せない差を感じる。なんだかこんな手合わせを見るのは高専の時以来な気がして、少しあの頃の記憶が頭に浮かんだ。





七海先輩と初めて会ったのは、高専のグラウンドだった。初めての合同授業で、伊地知くんと一緒に先輩たちに挨拶しようと意気込んでいた春。
 グラウンドに行ったら五条先輩と七海先輩が手合わせをしていて、そのスピードに圧倒された。
手合わせが終わって挨拶を交わす。

 二個上の五条先輩、夏油先輩、家入先輩。一個上の灰原先輩、七海先輩。二個上の二人は家入先輩が言ってたように、最強で最悪の性格をしていたけど、みんななんだかんだいって優しかった。そして、何かと気に掛けてくれる七海先輩が憧れの対象であると同時に好きな人になるのは時間の問題だった。

 でも、先輩が優しかったのは私がヘマをする前までで。それは七海先輩の学年が先輩だけになって、さらに二個上の代が二人だけになって、私たちの学年が一つ上がった後のことだった。






 ある任務で後輩の一年生と三級だと言われていた呪霊を祓いに行った時のこと。蓋を開けてみれば相手は二級で、私たちには荷が重い任務だった。
 それでもなんとか頑張ってあと一歩で祓えるという時、最後の一太刀と言わんばかりに呪霊は後輩を狙う。それを庇って、私も最後の力を振り絞って呪力をぶつけた。手ごたえがあると同時に身を割くような痛みが走る。意外にも叫び声を上げるなんてことはなく、代わりに普段大きな声を出さない後輩の、聞いたこともない絶叫が聞こえた気がした。




















 目が覚めると、視界に蛍光灯の光が飛び込んできた。眩しすぎる光に目を細める。次に視界に入って来たのは硝子先輩。

「やっと起きたか」
「硝子、先輩?あの子、は」
「一年は無事。呪霊も祓えてるから、安心してベッドに横になっておけ」
「よかった、です」

 死ぬかと思ったが、無事に帰って来ることができたようだ。後輩のあの子も無事だと聞いて、安堵する。それだけ言うと、硝子先輩は医務室を去っていった。
 しかし、入れ違いに誰かが入ってきた足音がする。首だけ傾けて見てみると、来たのは七海先輩だったようだ。こんなかっこ悪い状態を好きな先輩に見られるのは、少しきまりが悪い。でも怪我した私のお見舞いに来てくれるなんて、やっぱり七海先輩は優しい。



 そんな現金なことを思ったのが悪かったのだろうか。



「あなた、今日の任務で後輩を庇って怪我をしたそうですね」
「最初に言われてた等級より強かったんですよ。無事に戻って来られて良かったです」
「……この程度の任務で重症を負うくらいの実力なら、呪術師なんて辞めた方がいい」
「へ、」

 掛けられた言葉は予想していた労いのそれとは全く違うもので、頭がついていかない。

「解らないようなので簡単に言って差し上げます。呪術師を辞めろと言っているんですよ」
「そ、そんなこと……できません」
「私は貴方のことを呪術師だと認めませんから。そのつもりで」
「七海、先輩?」
「正直このレベルでここに居られては迷惑です。今はそれを伝えに来ただけなので。失礼します」

 この世界にいるからには、それなりに悪意の込められた言葉に慣れたつもりだった。でも、それは全くの思い過ごしだったみたいだ。七海先輩から面と向かってぶつけられた嫌悪のそれは鋭利な刃物となって、ざくりと私の心に刃を突き立てた。
 どくどくと脈打つ鼓動はまるで傷口から血が溢れ出ているかのような錯覚さえ覚えてしまう。弱い、という事実を否定出来ない自分が恨めしかった。



 この後、絶対安静なのをいいことに私は涙に溺れて数日を過ごした。





過去へと飛んだ思考を、終了を告げるアラームが現実へと引き戻した。何の面白味もない電子音がグラウンドに響き渡る。先輩たちを見れば、お互いにそれとなく息を乱していていい勝負だったことが伺えた。七海先輩も転がされていなかったし。
 もっとも、思考を飛ばしてしまった私は手合わせを集中して見ていた訳ではないから細かいところまではわからないのだが。
 手合わせを終えた二人がこちらへと向かって来るのを見れば、歳の割には子どもっぽい会話をしていた。
 
「ほら、転がされはしなかったでしょう?」
「転がされは、ね。でも何発か良いやつ入ったから僕の勝ち!」
「転がされてはいないのですから、引き分けでしょう」
「オマエは見ててどうだった?」

 ぎくり、内心冷や汗をかくが、そこはなんとか顔に出さないことに成功したと思いたい。


 七海先輩の眉がぴくりと動いた気がしたが、気にしないことにする。先輩のジャケットを渡しながら適当に答えよう。

「へ?!あ〜私にはちょっと真似出来ないかなって思いました。あんな重い一撃は難しいですし……」
「貴方には到底無理でしょうね」
「そんな言い方します?」

 なんで先輩は言葉の端々に棘を仕込まなければ気が済まないのだろうか。回想なんてしてしまったからか、いつもよりダメージが大きい気がする。

「人には向き不向きがあるからね!出来ないこともあるさ。ま、最強の僕には無いけど!」
「そういうところですよ、五条先輩」

 先輩優しいっ!!って思ったけど一言余計なんだよなあ。まあ少し気分も上げてくれたのでプラマイゼロにしてあげよう。



 五条先輩が疲れたというので、今日の稽古はお開きになるようだった。三人で自販機のところまで来ると、またもや五条先輩がなにか言い出した。

「僕喉渇いちゃった。今からジャンケンして負けたヤツが奢りね」
「「いきなりなんですか」」
「うわーハモるとかオマエら仲良いじゃん」

 そんなこと、ある訳ない。一方的に嫌われているのだから。

「じゃあいっくよ〜!最初はグー!ジャンケン、ポン!」

 先輩の明るい声で強行される唐突なジャンケン。結果は五条先輩がパー、私がパー、そして七海先輩がグーだった。七海先輩の一人負けだ。
 こういう事には参加しないと思ってたけど、意外とそうでもないらしい。

「僕メロンソーダね!」

 勝った側から注文をする五条先輩。七海先輩は何を言っても無駄と思ったのか、素直に自販機に向かっている。私はどうしようかな。ねだっていいものだろうか。
 そう思っているうちに、ガコン、ガコン、と音が鳴る。

「五条さん、どうぞ」
「ありがとー」
「貴方も、どうぞ」
「え、」
「要らないのであれば私が貰いますが」

 悩んでいるうちに手渡されたのはミルクティーの缶。高専時代から変わらない、私が一番好きなメーカーのやつだ。いつも奢ってもらってたやつ。

「ありがとうございます。いただきます」




___嫌っていても好みは覚えててくれたんですか、七海先輩。




















○回想に耽った夢主
噂をすれば影。タイミングが悪かったね。
高専時代はあの後から七海にメンタルをゴリゴリ削られていく。
この時に励ましてくれたのが伊地知。悩みも聞いてくれるし励ましてくれるから伊地知に頼りがち。いつも感謝は忘れない。
ちなみに、未だに七海に抱いた恋心を忘れることができない。
好きな飲み物は高専の頃から変わらず、紅茶○伝のロイヤルミルクティー。
七海が好みを覚えていてくれたことが嬉しかった。


○夢主に嫌われる道を選んだ七海建人
五条の「二人っきり」発言にカチンときたので無視できずに手合わせをすることにした。
夢主のことになると煽られ耐性が著しく下がる。
高専時代は嫌われてでも夢主を呪術師の世界から遠ざけたかった。結果的に空回りしてる。
ロイヤルミルクティーを選んで渡したのは、高専時代の習慣を身体が覚えていたから。
そういうところだぞ、七海建人。


○後輩に絡む五条悟
七海が居るって分かった途端、夢主の動きが鈍くなって笑った。
七海も夢主もお互いのことには反応が良いので揶揄うのが楽しい。二人のことを揶揄うのが最近のマイブームになりつつある。
これからの生活が楽しくなりそうな予感。




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