あの約束はまだ有効ですか(大人七×同期)

 こんなことになるなら、受けなきゃよかったなあ。息も絶え絶えに目の前の呪霊を見据える。まだまだ呪力に余裕がありそうな相手と比べて、私は体力、呪力共に底をつきかけていた。
 最近出戻って来たという同期の等級を聞いて、昇級のために頑張ろうと思った。これが終われば推薦がもらえる手筈だったのだが、ハズレの任務を引いてしまったらしい。それか引かされたのか。まあどちらでもいいけれど。

 呪霊の腕が私を捉える。それを外そうともがくけれど、私にそれを振り解く力は残っていなくて、派手に吹っ飛ばされた。なんとか受け身は取れたけれど、もう身体が重い。
 どうにかして体を起こそうとするけれど、力の入らない腕。迫る呪霊。ああ、もう駄目かもしれない。
 そう諦めた時、地面についた手に見えたのは翠の石が嵌ったピンキーリング。それを見た瞬間、まるで走馬灯のように当時の記憶が私の脳内で再生され始めた。







「七海って王子様みたいだよね」
「なんですか唐突に」

 夕日のさす教室。灰原は任務に行っていて不在の、2人きりの空間。不意にした私の発言に七海は顔をしかめた。

「だって金髪でしょ、翠の瞳でしょ」
「元からです」
「それにめっちゃ強い」
「……日々の訓練の賜物です」

 七海はそっぽを向いてしまった。夕日に照らされていてもわかる、彼の耳の赤さは七海が照れている証拠である。容姿のことについては何も反応を示さないのに、強いとかいうと途端に照れる。可愛い。

「だからさ、七海。私がピンチになったら王子様みたいに助けに来てよ」
「脈略がない」
「だって……もしも、なんてあり得ることしてるよ、私たち」
「それは……」

 こんな世界にいる私たちだ、もしも、なんていくらでもある。昨日話した人の葬式に参列するような状況。何かしらの保険が欲しかった。

「実際にどう、とかじゃなくて。今だけ安心したいの。ね、お願い」
「……だからと言って無理はしないこと」
「いいの?やったー!」

 突飛な私のお願いも聞いてくれる、優しい恋人である。いつも冷たいけれど、大事なところはちゃんと気付いてくれる。さすが私の好きな人。

「じゃあ代わりに何をくれるんですか」
「ん?代わり?」
「私がその約束を果たしたら、その見返りは」

 見返りか。そんなこと考えていなかった私は黙り込む。たしかにお願いをする立場の私が何も返さないというのは違う気がした。
 うんうん唸って考える。それを待つ七海の視線が痛いけれど、考えて考えて一つだけ思い浮かぶものがあった。

「じゃあ王子様が助けるっていうことにちなんで七海と結婚してあげる!」
「……どこまでメルヘン思考なんだ」
「いーじゃんいーじゃん!さ、指切りしよー!」
「まあ、貴方がいいなら」
「ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます!指切った!」

 私のお願いに絡めて、なんて嘘。100%私にメリットしかない見返りを選んだ。きっと七海はこの「ごっこ遊び」に乗ってくれただけ。拒絶されなかっただけいいとして、指切りをした。





 約束をしたその指に嵌めた七海の瞳と同じ色をした石を持つピンキーリング。それを見てこれまで任務に赴く勇気を出してきた。それももう、今日で終わりだろう。
 最後に七海に会いたかったなぁ。出戻って来てから気まずくてまだ顔を見ていない同期はどんなに大人の男になっているのだろうか。その姿を見られないことだけが心残りだ。
 思い出に浸ったのはほんの僅かな時間であったが、もはや迫り来る呪霊に対抗する手段はない。せめて、呪霊から目を逸らさないようにしよう、そう思って顔を上げると、目に飛び込んで来たのは禍々しい呪霊ではなく、大きな青の背中。

 呪霊に向かって行ったかと思えば、鉈と拳でどんどん追い詰めてゆく。数分間の激しい攻防の末、男性は見事呪霊を祓うことに成功した。
 私はといえば助けが来たことに安堵したのか、腰が抜けて一歩もこの場から動けないでいた。

「大丈夫ですか……愚問でしたね。早く硝子さんのところへ行きましょう」
「その声、七海……?」
「ええ、貴方が避け続けて来た出戻りの七海建人です」

 聞き間違えるはずがない。私がずっと好きだった声。私を助けてくれたのはなんと七海だったらしい。
 しかも私が避けていたことがバレている。言葉に棘があり、少し怒っていることがわかった。

「あー、避けてたのはごめん。助けてくれてありがとう」
「全く、無理をするなと昔から言っているというのに」
「はは、もう子どもじゃないよ」

 そんなことを言ってるうちに呆れた、という表情の七海が私を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

「ちょっと七海?おろしてよ!」
「駄目です。いいから怪我人は大人しくしていなさい」

 これじゃあまるで本物の王子様みたいだ。先ほど思い出してしまった約束のせいか、大人になった七海を見たせいか、心臓がうるさく音を立てている。

「そういえば、貴方を助けに来るとの約束、これで果たせたでしょうか」
「嘘、あんなの覚えて……」
「私はずっと覚えていましたよ。貴方は忘れてしまいましたか?それとももう時効ですか?」

 あんなままごとみたいな約束を今でも覚えていてくれたなんて。期待、してもいいのだろうか。顔に熱が集まるのが分かる。

「覚えてるから今でも独身なんでしょ!ばか七海!」
「バカで結構。私は約束を守りましたよ。貴方はどうしてくれるんですか。きちんと貴方の口から聴きたい」

 この先に言わなければならないことを想像して、さらに顔が熱を持つ。ああ、もう。今日は厄日なのか吉日なのか、訳がわからない。

「……助けてくれたから、けっこん、してください……だけどお付き合いからお願いしたいです……」
「喜んでお受けしますよ、お姫様」

 七海は任務後なんて思えないほど柔らかな笑顔を見せると、私の頬に軽く口付けをした。驚いて七海に抱きついてしまった私は悪くない。そう、ぜんぶ七海がわるい。
 七海は私の反応にくすりと笑うと、補助監督の待つ車へと歩き出した。きっとこれからは高専の頃とは違った形でお互いを支え合っていけるのだろう。そう思えば今日はいい日だった、なんて思えるから呑気なものだ。
 そんなことを思いつつ、こんな世界に帰って来てくれたこの男に身体を預けた。


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