可愛い後輩だと思っていた夏油くんに外堀を埋められていました(社パロ:後輩夏油×先輩)
この四月、新しく後輩ができた。名前は夏油傑くん。最初に会った時は長髪ハーフアップに大ぶりな黒のピアスという外見から怖い人かと思ったけれど、話していく内にいつも笑顔の優しい紳士的な人だということがわかってきた。いい子である。
夏油くんは一回教えたことはきちんとメモを取って、不明点はしっかり質問できる子だ。しかも仕事の飲み込みも早くて、現在ぐんぐん成長している真っ最中である。この前なんかすぐに教えることがなくなっちゃうかもね、なんて冗談で言ったら、
「そんなことないですよ。私なんてまだまだですから。先輩から学びたいことはたくさんあるので、これからもよろしくお願いしますね」
なんて言ってくれた。先輩に向けた言葉選びもちゃんと出来るなんて、さすが夏油くん。お世辞だと思うけれど、その言葉にわたしもより一層頑張らないと、と思う。
そんな夏油くんでもミスすることはあって、大きなミスを起こす一歩手前まで行ってしまったことがある。
「先輩、すみません……これ……」
「えーと、あっ!よく気づいたね!このままだとまずいから早く修正かけよう!わたしも手伝うから!」
「お手数お掛けしてすみません」
「いいのいいの!私は夏油くんの先輩なんだからもっと頼ってね?ほら!やるよ!」
あの時はいつも余裕そうな夏油くんの慌てた表情を見て、夏油くんも人の子なんだなぁとか思ったりしながら、私がフォローに入り事なきを得た。
その後は一緒にご飯に行って、お酒の力を借りていつも思ってたことを夏油くんにぶつけてみた。
「夏油くん、会社で無理してない?」
「そんなことありませんよ」
「嘘。いつも笑って優しいけど、みんなと一線引いてるでしょ」
「そ、れは……」
夏油くんの目線が一瞬泳いだ。ちょっと気まずいとか、話したくないことがある時、彼は必ずその仕草をする。夏油くんは基本的に誰にでも優しいけど、なんていうかいい子ちゃん?みたいな感じで。わたしは日常的に接している分、彼の表面しか見せないところを日頃から懸念していたのだ。
「ほら、やっぱり。誰にでも心を開けなんて言わないけどさ、誰か本音で話せる人を作った方がいいよ」
「それは、先輩でも、いいんですか……?」
「もちろん!さっきも言ったけど、どんどん頼ってね!仕事以外のことでもいいし!」
そう言って笑うわたしにつられたのか、夏油くんも笑ってくれた。今はいつもと違っていい笑顔になってくれた気がして嬉しくなる。会社ではあまりできない身の上話とか、色んな話をして、今まであった分厚い壁が一層くらい無くなった、かな?なんて希望的観測をしてみたり。
この出来事がいい方向に転んだようで、そこから夏油くんと仲良くなれた気がする。わたしたちは週一でご飯に行くくらい仲良くなった。
◇
それから数ヶ月後、今度はわたしがミスをした。お客様にほんの少し損害が出てしまう手前というミス。この時、慌てるわたしを落ち着かせてくれたのは夏油くんだった。ミスを一緒に処理してくれて、もう一人前も近いんじゃないかなぁなんて、少し感慨深くなったのは秘密だ。
そしてその後、わたしたちはまたご飯に行くとその日の反省も兼ねて色んなことを話した。
「夏油くん今日は本当にありがとう!もし夏油くんがして欲しいこととか困ったこととかあれば言ってね?お詫びになんでもするから!」
「なんでも、ですか……?」
「あーえっと、わたしにできる範囲のことならね」
最近夏油くんちょっといじわるだから、この言葉も忘れない。ちょこちょこ差し入れくれたり気遣いしてくれるようになったけど、それに加えてちょっとしたイタズラをしてくるようになった夏油くん。
ふとした距離が近かったり、わたしをドキッとさせて来たり。わたしの反応を見て楽しんでいるみたい。今回もそういうことに使われたら敵わないから、できる範囲でっていう条件は大切だ。
「もし良ければ、下の名前で呼んでもらえませんか?なんだか苗字で呼ばれていると壁がある気がして」
「えっそうだったの?!気づかなくてごめんね!」
「いえ、そんな。謝っていただくようなことではないので大丈夫ですよ。私のお願い、聞いていただけますか?」
夏油くんがそんな風に思っていたなんて気が付かなかった。わたしも夏油くんのこと見てたつもりだったけど、まだまだだな。お願いをこんなことに使っていいのか疑問だけど、それが彼の望みであれば叶えてあげたい。もっと仲良くなりたい、と思ってくれるならわたしとしても嬉しいし。
「そんなことでいいなら喜んで!えっと……すぐる、くん?」
「ふふ、なんで疑問系なんですか?呼びにくいなら呼び捨てでも構いませんよ」
「いや、そっちの方が慣れてないから……くん付けでいい?」
「ええ、先輩が呼びやすいように。ありがとうございます」
今日も夏油くんはいい笑顔だ。会社では見せない種類の笑顔に私もつられてにっこりしてしまう。もう君は頼れる後輩の1人だよ。
◇
そして明日、傑くんは独り立ちする。わたしの元を離れて仕事をしていくのだ。最後の日くらい何かしてあげるべきかなぁなんて悩んでいると、「先輩、最後に飲みに行きませんか?」と傑くんから誘ってきてくれた。
これはわたしが奢る時かな!なんて思いつつ、傑くんに連れられ、いつもの居酒屋の個室へと向かった。
「ということで一年間お疲れ様!かんぱい!」
「ありがとうございます」
ちょっとハイテンションなわたしの音頭で飲み会(傑くんと私のみだけど)がスタートした。テーブルを挟んで向かいに座っている傑くん。いつものテンションだからちょっと恥ずかしかったけど、今日は記念すべき日だもんね。初っ端からテンション上げていったってバチは当たらない、はず。
飲みも進んで、少し酔いが回ってきた頃。話は最近のことから昔のすぐるくんのことになっていった。
「いやぁ、あのミスをして落ち込んでたすぐるくんが独り立ちか早いなぁ……」
「あ、あの時のことはもういいじゃないですか。それより先輩から見て私はどうですか?」
「仕事は言わずもがな、いつも気遣いはできるし、フォローも完璧だし!自慢の頼れる後輩くんです!」
カシオレのグラス片手に熱弁し、最後にすぐるくんの顔を見る。視線の先には、お酒では染まらないはずの頬をほんのりと赤くしたすぐるくん。可愛いなぁ。
その様子をにまにまして見ていると、明日からはこんな顔も見られないのかな、なんて少し寂しくなった。すぐるくんはどのチームに配属されるかわからないけど、こうして2人飲みできるのも最後かもなぁ。
「すぐるくんが有能だから、いなくなっちゃうとわたし仕事出来なくなっちゃうかも。なーんて」
「出来なくなって、いいですよ」
「すぐるくん……?」
「そのために尽くしてきたんですから」
それまでロックのグラスを持っていた大きな手が、すぐるくんの言葉に戸惑う私の手に重ねられる。水滴のついたグラスを触っていたからか、すぐるくんの手は少し湿っていて、今の私のみたいだなぁ、なんてまるで他人事のような考えが頭を過った。
「先輩の仕事の仕方だって、フォローの仕方だって、差し入れの好みだって、全部把握してるんだ。もし私がいなくなったらどうなっちゃうんだろうね?」
「そ、それは自分で頑張るから平気だよ!すぐるくんだって私がいなくて平気なの?」
「ふふ、強がる姿も可愛いな。私は、そうだね。平気じゃないって言ったら何をしてくれるのかな?」
首を傾げながらそんなことを言うすぐるくん。たまに耳にする敬語の取れた彼の話し方は苦手だ。なんだかんだで彼の良いように転がされてしまうから。
「もう!そんな風に先輩をからかわないの!わたしならいいけど、他の人にやったら怒られちゃうよ?」
「こんなこと、先輩にしかしてないよ。むしろ先輩にしかしない」
「ッ!そろそろ手を離してもらっていいかな?」
なんだかこの先は聞いてはいけない気がして、すぐるくんのおふざけを嗜めた。わたしの予感が、この先には進むなと警鐘を鳴らしている。
なんとかすぐるくんの手を振り払おうとしたけど、むしろ手を握られてしまった。ちっぽけなわたしの力なんて、彼には敵わない。
「好きだよ、先輩。私の彼女になってくれないかな」
「い、いや待って?ほら!一年間一緒にいたから勘違いしてるんじゃない?」
「私の気持ちを勝手に決めないで。私は数年前のインターンの時から好きなのに」
い、インターンの時なんか相当前の話じゃないか。わたしが忘れているだけで、すぐるくんはずっとわたしのこと……?いやいや、同期の子たちにもお姉さま方にも人気のすぐるくんだよ?ある訳ないって。
「それでも、だよ。わたしなんかあり得ないよ」
なんだかすぐるくんを見ていられなくて視線を落とす。そうすると彼はわたしと繋いでいた手を解き、立ち上がった。
ほら、やっぱりおふざけだったじゃない。今日はこのまま帰るのかな、なんて思って顔を上げると、横には人の気配が。伸びて来た腕がわたしを引き寄せて、顎を掴んで、そして、柔らかい感触がわたしの唇を掠めた。
「っ!!!!」
「ただの先輩後輩で終われると思った?可愛いね」
至近距離でわたしを見つめるすぐるくんは、いつもの可愛い後輩じゃなくて。獲物を狙う雄そのものって感じがした。わたしが照れている間にも彼は言葉を続ける。
「本当はね、先輩にも好きになってもらってから言おうと思ったんだ。だけど、先輩には伝わらないみたいだから。少し強硬手段に出させてもらったよ。ごめんね?」
「ご、ごめんね、じゃ、なくて……!」
「ちなみにもう周りは私たちが付き合ってると思ってるし、先輩は私なしじゃいられないと思うから、後は先輩が落とされてくれると嬉しいんだけど」
「す、すぐる、くん……」
にっこり、そう形容するのが相応しい笑顔で爆弾を落とす彼はもう悪魔のようだ。わたしを狩るために手を回して、手ぐすねを引いて待っていた。知らない内に外堀は埋まっていて、あとはわたしが落ちるだけなんて。そんなの、あんまりじゃないか。
「もう手遅れだから諦めてね、先輩?」
死刑宣告のようなその言葉がわたしの耳を通り抜けていく。妖艶な雰囲気を纏った彼を止められる者はもう誰もいない。
この悪魔のような後輩に絆されてしまうまで、あとどれほど、いや何秒あるのだろうか――わたしにはもう解らなかった。
○夢主
・夏油より数個年上
・インターンシップの時に夏油と会っているが覚えていない
・ゆるふわ天然、鈍感ちゃんなので夏油が外堀を埋めていることやアピールにも気づかなかった
・夏油のことはこの日まで可愛い後輩だと思っていた
○囲いこみがエグい夏油傑
・インターンシップの際に夢主と会話、優しく接してもらい一目惚れした
・インターンシップの際は真面目な印象第一で短髪でピアスもしていなかった普通の学生だったため、夢主の記憶には残らなかった
・先輩から学びたいのは仕事もそうだけど好みとかプライベートとかそういう含みもありました
・週一でご飯行く時点で付き合ってるという噂が立っており、夢主が夏油のことを名前呼びになった時点で噂はさらに広まりました。夏油が否定しないからこれは確定だと思われていた
・最後に敬語が外れるのは作者の性癖です
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