1.七海先輩に嫌われているらしい


 今日はいつものように五条先輩に言われるがまま高専に足を運んだ。いつも急な連絡には振り回されるばかりだが、いかんせん先輩であり上司でもある、あの人からの招集である。それに応じない訳にはいかなかった。

 しかし、五条先輩からの招集というものはだいたい厄介ごとが多いのだ。やれこの調査はお前が行けだの、やれ僕の代わりにこの任務に行けだの、度々難解な手土産を持ってやって来る。しかも先輩は約束の時間に来た試しがない。

 今回はもれなく「期待しててね!」のお言葉も某メッセージアプリで頂いている。面倒ごと確定コースだ。会う直前から気分が落ち込むのもしょうがないだろう。

 そんな脳内解説をしてる内に、廊下からコツコツと規則正しい足音が聞こえ始めた。この音は五条先輩じゃないな。

 聴き覚えがあるような感覚を振り払った。大方、補助監督の誰かだろう。ピタリ、この部屋の前で足音が止まった。五条先輩でも探しに来たのかな。残念ながら此処にはいないのだけれど。

 そう思うと同時に何故だか急に心が騒ぎ出す。そんなことあってはならないはずなのに。

「失礼します」

 呪術師にしては丁寧な挨拶の後、耳に届いたのは聴き間違えるはずの無い声で。高専の休憩スペースへと入って来た男は此方に視線を向ける。


「貴方、まだ辞めて無かったんですか」


 高専時代によく言われた言葉。
再会しての第一声がそれなんて酷すぎやしませんか。






______これだけの年数が経って尚、私は七海先輩に嫌われているらしい。







最悪の再会シーンの後に聞いた話によれば、七海先輩は会社員として働くようになったものの、高専で気付いた「呪術師はクソ」ということの他に「労働もクソ」という事にも気付いたようで、自分の適性がある方を選んだらしい。なんというか、合理的な七海先輩らしい気がした。

という訳です。ところで、貴方まだ辞めて無かったんですか」
「どうしてもそこに着地するんですね」

 そうなのだ。いつからだったかは忘れたが、七海先輩から呪術師を辞めるよう言われ続けている。一度会話をすれば必ず一回は言われるというペースで、尊敬する先輩から。というか何気に好きだった先輩からこのお言葉を頂戴する私の身にもなってほしい。メンタルズタボロなんだが?もう私のライフはゼロよ……!やめて!!

 なんて思っていたのは学生だった頃までである。七海先輩が呪術師を辞めてから、私だって経験を積んで来たのだ。しかもなんの因果かあの五条先輩とも親しくさせてもらい、定期的に稽古をつけてもらっている。辞めろと言われて落ち込む私はもう卒業した。

「今までの貴方がどうだったかは知りませんが、辞めないでいい程強くなっているとは思えません」
「なら、試してみますか?」
「はい?」
「私と手合わせしていただけませんか、って言ってるんですよ」

 七海先輩の眉間に皺が寄った。不快を表す表情になんだか懐かしささえ感じてしまうのはまだ高専時代が抜けきっていない証拠かもしれない。
 でもこのくらいじゃ乗ってくれなさそうだな、と考えてあと一押しをする。

「勝ったほうが負けた方の言うことを一つ聞く、ってルールならどうでしょうか?」

 ぴくりと形の良い眉が動く。さあ、乗って来てくださいよ、七海先輩。私はあなたに認めてもらいたいんだ。

「では、私が勝ったら貴方に呪術師を辞めていただくことになりますが」
「じゃあ私が勝ったら、先輩の中の認識を改めてもらう、ということで」
「良いでしょう。もっとも、貴方に遅れを取るような鍛え方はしていませんので」
「私こそ、ですよ。着いてきてください」

 そうして着いたのは高専のグラウンド。この時間は体術の授業が無いようで、静寂がこの場を支配していた。夕陽が私たちを照らす。グラウンドの中央で向かい合うと、簡単な対戦のルールを提示した。

「ルールは簡単。呪術の使用は無しで体術のみ、相手の背中を地面につけた方が勝ち。いいですね?」
「構いません。では、いきますよ」
「いつでもどうぞ」

 あの頃とは違ったスーツ姿の先輩が眼前に迫る。初手のストレートを躱して蹴りを入れた、と思えば当たり前のように躱された。ステップで少し距離を取れば、再度接近してくる先輩と打ち合いになる。

 予想より一撃一撃が遥かに重い。マジですか。社畜やっててもジムには行ってたんでしょうか。数年のブランクをまるで感じさせないかのような動きに内心焦りが生じる。しかし、こちらにも呪術師を続けてきたプライドがある。

 左手からの一撃を正面から受け、その隙に右下から蹴り上げた。自分の一撃が受け止められたことに驚くだろう、という予想は割と当たっていて、その隙にいい蹴りが決まった。高専の頃は近接苦手だったからね。けれども背中をつかせる程の強いものではない。

「貴方も……どうやら努力はしたようですね」
「散々してきましたよ。お陰様でねッ!」

 今度はこちらから仕掛ける。重さでは敵わないだろうから、手数で勝負だ。先輩の攻撃を流しつつ、ちょこまかとこちらも攻撃を仕掛けていく。自分の中のリズムは崩さないように、それでいて相手のリズムは崩すように。

 次に距離を取ったのは先輩からだった。珍しいこともあったものだ。高専の頃から先輩が手合わせで距離を取ってきたことは無かったのに。ちょっと進歩してるかも、なんて脳内でガッツポーズする。

「貴方、今何級ですか」
「先輩と同じく一級ですが何か?」
「そうですか」
「今それ、関係あります?」
「いえ。手加減が必要ないということが判りましたので、次から本気で行かせていただきます」
「それは結構なことでッ!」

 また私から踏み出す。先輩との衝突まで数秒、3、2、1、……

「ちょっと〜!?二人とも何してくれちゃってる訳??」

 一瞬にして私たちの間に現れたその人のせいで、いつまで経っても先輩と拳が交わることは無かった。代わりに憎たらしい上司兼先輩が私たちの腕を握っている。

「五条さん」
「五条先輩!」
「もっとさぁ、二人して感動の再会!!みたいなシーンにならなかったの?せっかく僕が舞台を整えてあげたのにさぁ」

 鉢合わせは五条先輩のせいらしい。七海先輩が帰ってくるなら連絡の一つぐらいくれてもいいものを。どんな期待だよ。予想の斜め上をいくんじゃ無い、なんて感想が今頃頭に浮かんだ。

「五条さん、邪魔しないでいただけますか。今私たちは手合わせをしているので」
「え〜?復帰早々コイツとやらなくったて他に相手はいるでしょ?」
「早くここから退いていただきたいと言っているのですが」
「まーまーそう堅くならずにさ!今日くらいパ〜っと行こうよ!復帰祝いしたくて呼んだんだからさ!ほら、お前も」
「ちょっと、五条先輩!」

 五条先輩が私の腕をぐい、と引っ張る。途端によろけた身体はキャッチされ、何故か五条先輩の中にすっぽりと収まっている。この状況を見た七海先輩の眉間に皺がさらに増え、先輩はさらに構えていた腕を解いて腕組みをした。

待ってこれ、どういう状況?

というか七海先輩のそれは激怒の前触れだった気がするのですが。

「……五条さん?」
「だからぁ、今日は七海の復帰祝いなの!この僕がわざわざセッティングしてやったんだから感謝してよねー。それに硝子と伊地知も呼んであるのにボロボロの身体で行ってみろよ。何言われるかわかんないぞ?」
「五条先輩、離してください」
「お前もさあ、会って早々七海に喧嘩ふっかけるのやめようよ。何の為に僕が扱いてきたと思ってるワケ?」

 今ここで言う事じゃなくないですか?って睨んだら両頬を掴まれ、思いっきり潰された。痛いんですけど。ジト目の抗議は聞いてもらえないらしい。

「どういうことです?」
「七海がいない間、僕がこいつに稽古つけてたの。七海でも簡単にこいつから一本取れるとは思わない方がいーよってコト!」

 私を抱き込んだまま七海先輩をおちょくる五条先輩。段々七海先輩の声が出て低くなってるから!視線も痛いから!やめてください!しかも復帰祝いの話、聞いてないし。


 それからああだこうだ言う駄々っ子のような五条先輩に七海先輩も諦めたようで、復帰祝いの会に渋々ではあったが行く流れとなった。私としては手合わせが終わらなくて消化不良って感じだったけど、復帰祝いも大事かと思い直して気持ちを切り替えた。

「じゃあ私先に行ってるんで」

 するりと五条先輩の腕を抜け出して、待たせているであろう伊地知くんと硝子さんの元へと向かう。正直七海先輩と少し気まずいからな。ちょっとくらいこの状況を作った原因の五条先輩に投げても許されるだろう。






















「さあて、お前はアイツに勝てるかな?」
「言われずとも、勝ちにいきますよ。戻って来たからには」


 背後で不穏な会話が為されていることなど気付かないまま、私は二人を置いて歩き出した。






〇認めて欲しい努力家、夢主
・伊地知と同期、一級術師。
・七海に憧れてたし恋してる。だけどある時期を境にそんな先輩から「呪術師を辞めた方がいい」なんて言葉をもらってショックすぎた。
・しかし、七海が高専を去ってからも見返してやる精神で努力を続けた頑張り屋さん。
・五条に呼び出された先で呪術師として復帰した七海に遭遇。
なんで?戻って来たんですか……?
・手合わせを提案したのは五条に稽古つけてもらってたのが影響してる。
・私だって今まで頑張って来たんですよ!!


〇脱サラ呪術師、七海建人
・五条に呼び出されて来てみたら、後輩とエンカウント!!
・昔と態度が違うことにショックを受ける。こんな反抗的じゃなかった気がする。ちょっと解釈違い。
・夢主と五条の距離が近いことにイライラ。夢主が変わったことに五条が関わっててさらにイライラ。ていうか距離が近い。今日の呼び出しの件も含めて五条は絶許。


〇感動の再会を演出したかった最強、五条悟
・どんな感じになってるかな〜と思って部屋に(意図的に)遅刻して行ったら誰もいなかった。
・見つけた先のグラウンドで2人が手合わせしてるのを見て止めに入る。
・思いつきで七海を煽ったらガチギレ寸前までいったから内心大笑いしてる。
・お前もコイツも高専時代引き摺ってるじゃん笑




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