その視線からは逃げられない(呪専夏×同期)

 チクタクチクタク。時計の音が響く寮の自室では私がノートに走らせるシャーペンの音がしている。時刻は午後八時半。夕飯もお風呂も終わって、私は明日のテストに向けて必死に勉強机に向かいながら数学の勉強をしている……のだけれど、その横にはこちらを見張る監督がいた。

「そんなに見られると集中出来ないんだけど」
「集中力続かないから見張っててって言ったのは君じゃないか。私は自分の時間を削ってここにいるんだけど?」
「いや、それは申し訳ないと思ってるんだけどさ」

 そう、監督こと夏油傑は私のベッドに座ってずっとこちらを見つめているのだ。こういう時はいつもなら硝子に頼むんだけど、生憎彼女は任務で不在。かといって五条に頼むのは論外。そこで白羽の矢が立ったのはクズでも一応マシな方な夏油だった。
 渋られるかと思っていたのに、夏油は意外にもあっさりとこの役目を引き受けてくれた。でも見張っててとは言ったけど、普通に何かしながらだと思ってたから、こんなにじっくり見つめられるなんて聞いてない。それにこの男、笑顔の圧が強いのだ。にこにこと笑ってはいるが、着実にプレッシャーを与えに来ている。無言だけど、その表情から「やれ」という圧を掛けてきているのは明白だった。

「じゃあできるよね?できるまで私がここで見ていてあげるから頑張ってね」
「ほんとその笑顔で見られてると胃に穴が開きそうだからやめてくれない?せめて本でも読んでてよ」
「ひどいなぁ。私は君のためを思ってここにいるのに。それでもし君が体調を崩しても、私が責任持って看病するから大丈夫だよ」

 いや大丈夫って。ストレスの原因になってる張本人に看病されても意味が無いのでは?そう突っ込めば、君なら大丈夫だよの一点張り。そりゃあ、まだ告白もしてないけど硝子からクズ認定を受けている夏油の彼女になりたいような女だからさ?平気かもしれないけどさ?今はほんとその目線をどうにかしてほしいんですよ。マジで集中できない。
 どうにかして夏油の目線を逸らそうと考えていると、いい案が浮かんだ。私は思い立ったが吉日、とそれを即実行に移す。

「夏油先生この問題がわかりません」
「はぁ……君は私をなんだと思っているんだい?まあいいんだけど。で、どこがわからないの?」

 どうだ!その名も夏油先生大作戦!わからない問題があると言えば、なんだかんだで優しい夏油は教えてくれようとする。そうすれば必然的にテキストを見ることになり、私から目線が外れる!という、非常にシンプルな作戦だ。
 夏油はベッドから立ち上がり、こちらへ向かって歩いてくる。そして私の後ろに立つと、座ってる私に覆い被さるようにしてテキストを覗いてきた。……は?オオイカブサッテキタ……?意味がわからない。夏油の目線を私から外すことには成功したけど、これはもっとマズいやつでは????

「あ、あの、夏油……?」
「何?どこがわからないかいってくれないと教えるにも教えられないよ、ほら」
「うぇ、えっと、ここの問題なんだけど……」
「ああ、ここね。これはこの公式に当てはめて――」

 動揺を隠しきれない声で適当な問題を指差せば、夏油は計画通りテキストに目線を移して解説を始めてくれる。しかし、その度に私の耳元で発せられる低く心地よい彼の声が鼓膜を揺らす。それに加えてこんなに近距離だからか、仄かにお風呂上がりの香りもして、その情報量の多さに頭がパンクしそうだ。夏油がしてくれる問題の解説なんて、ちっとも頭に入ってこなかった。

「ねえ君、ちゃんと聞いてる?」
「ひ、ひゃい!」
「その反応。教えてほしいって言ったのは君なのに、ちゃんと聞いてなかったろ。そんな悪い子にはお仕置きが必要、かな」

 ごめん。まっっっっったく聞いてない。ていうか今度こそ狙って耳元で囁いてるよね?急に色気を出してこないでほしい。これ絶対未成年が持ってていい色気じゃないと思うんだ。他の人は知らんけど。ああもう、夏油の言葉と一緒に彼の吐息まで耳にかかって、ほんとにキャパオーバーだよ。

「あ、あの!もう、ほんと、むりだから……一回離れてもらっていいですか……」

 必死の懇願が効いたのか、夏油はくつくつと笑いながら私の背後から退いてくれた。あ、これまた揶揄われたやつじゃん。夏油はなんだか私が夏油を好きだって勘づいてるのか、時々こうやって乙女心を弄んでくる。ほんとうにやめてほしい。

「ふふ、ごめんね?君の反応がいいからつい」
「つい、じゃないんだよ!もう、ほんとそういうとこ」
「ほんとそういうとこ、好き?」
「は?バッ……バッカじゃないの?!んなわけないじゃん!この自意識過剰真面目系クズ!」
「はは、手厳しいな。私はそんな風に照れてくれる可愛い君が好きだけど」

 夏油が変なこと言うから、勢いよく振り向いて全力で否定してしまった。むしろディスってしまった。こんなこというつもりなかったのにな。私はいつもそう。売り言葉に買い言葉で発言してしまうのがよくない……ん、まて、最後に大事なこと言ってなかったか?

「え、ちょっと待って夏油、今なんて?」
「ん?『君の反応がいいからつい』?」
「じゃなくて!その、2つくらい先のやつ!」
「ああ、『私はそんな風に照れてくれる可愛い君が好きだけど』ってところ?」

 夏油がそんなこと言うなんて信じられなくて確認したけど、本当にそう言っていたなんて。さすがに揶揄っている範疇を超えている発言じゃないか。夏油が私を好きになる要素なんて一ミリも無いなんてことは分かってる。私の気持ちを知ってて言ってるんなら、いや知ってなくても、それは本当にタチが悪い冗談だよ、夏油。

「それなん、だけど……マジで言ってる?さすがにそういうタイプの冗談は笑えないよ?」
「私は君に嘘をついたことはないと思うけどね。こんな状況で言うのもなんだけど、君が好きだよ。信じてもらえない?」
「は、え、なん……?」
「はは、混乱してるのも可愛いね」

 え、ちょっと待って。さっき以上に理解できないんだけど。夏油が私のことを好き?そんな、いつから?てかなんで?
 頭の中は彼に対する疑問符でいっぱいだ。混乱する私を笑った夏油は不意に私に近づくとその大きな身体を折り曲げて私の頬にキスを落とした。

ッ!?」
「ほら、やっぱり可愛い」

 驚いて無言の悲鳴を上げる私をよそに、夏油は蕩けたような顔で私を見つめる。だから、そんな顔で見ないでよ。胸の高鳴りが抑えられないでしょうが。
 ひとしきり私の反応を見つめた夏油は満足したのか、「じゃあ私はこれで」なんて言って部屋を出て行こうとした。ここまで心をかき乱されたらいっそいない方がマシだ、そんな風に思考を強引にシフトチェンジして、彼の背中を見送る。しかし夏油はドアノブに手を掛けたかと思えばくるりとこちらを向いて爆弾を投下していった。

「あ、そうだ。君は不用意に男を部屋に入れない方がいいよ。今回は私だから良かったものの、他の人だったらすぐにでも食べられてしまいそうだからね。次回は私もわからないけど」
「え、それってどういう……?」
「私も健全な十代の男子だっていうことだよ。じゃあおやすみ」

 それだけ言い残すと、夏油は今度こそ私の部屋を後にした。去り際にぶつかった目線は私の想いを全部見透かしていそうな気がして。ぜんぶぜんぶ彼に知られている?そうだとしたら私はどうしたらいいんだろう。
 そんなことを考えて夜を明かした私が再テストを受ける羽目になるのはまた別の話。





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