君のそこを予約したい(呪専夏×後輩)

自室のベッドに寝そべりながら今日買って来たばかりの雑誌を開く。そこには巻頭特集として六月特有のイベントが取り上げられていた。
 『ジューンブライド』、それは女の子ならその多くが憧れるであろうイベント。雑誌の特集を目で追っていけば、素敵な式場だったり、心躍るような純白のドレスだったりが目に飛び込んでくる。
 高専生の私にはまだ早いけれど、いつかはこの記事に載ってるモデルさんのように華やかなドレスを着て結婚式を挙げてみたいなと思う。友達とか家族とかから祝福を受けて、幸せだなって感じてみたい。こんな業界にいるから結婚しないなんて言う人も多いけど、私は好きな人とは結婚したい派だ。後悔なんて残したくないから、二人の時間はできるだけ多い方がいい。その分思い出も残るから。

 そんなことを思って寝返りを打てば、棚のある一画が目に入った。そこには黒猫のぬいぐるみ、マグカップ、ご当地キーホルダー、アクセサリーなど、様々なものが置いてある。様々なものが置かれているその場所は、私が現在お付き合いをさせて貰っている夏油先輩からの贈り物を集めて作ったスペースだ。
 先輩はデートに行ったり地方に任務に行ったりすると、私にプレゼントやお土産をくれる。それらが増えた結果、スペース化してしまったのだ。私ももらった分を返そうとは思っているものの、まだまだ先輩から受け取る分にはほど遠いので、物だけじゃなく気持ちも返せたらいいと思っている今日この頃。何かできることはないだろうかと考えるけど、いい案は浮かんでいない。

 そうやって夏油先輩のことを考えていると、コンコン、コンコンコンと部屋をノックする音が。ノックが2回と3回。男子禁制の女子寮でこれは夏油先輩が来たと言う合図だ。鏡を見て軽く身だしなみを整えると部屋のドアを開けて先輩を迎え入れた。

「ごめんね連絡もせずに。今、大丈夫だった?」
「大丈夫ですよ。どうぞ入ってください」

 人に座ってもらうような家具は持っていないから、夏油先輩をベッドに座るように促し、私は勉強机の椅子に座った。先輩は珍しく髪を解いているし、先輩は左手をポケットに手を突っ込んだままきょろきょろと忙しなく視線を動かしていて目が合わない。
 いつもならちゃんと目を見て話してくれるのに、一体どうしたんだろう。

「先輩、急にどうしたんですか?」
「ちょっと伝えたいことがあるんだ。隣に来てもらってもいいかい?」

 その言葉を受けて先輩の右隣に腰掛ける。これで別れ話とかだったらどうしよう。みっともなく泣いてしまいそうな気がする。心配をする私をよそに、先輩はベッドに置いた私の左手に骨張った右手を重ねて、前を向いたままゆったりと話を始めた。

「ずっと前から言っていると思うけど、私は君のことがとても大切だ。この前君が怪我をして意識を失った時には、柄にもなく我を忘れてしまうくらいに」

 この前、というのは私が任務で失敗して一日昏睡状態だった時のことだ。五条先輩に後から聞いた話だが、その日五条先輩と任務だった夏油先輩は私が倒れたと聞いた途端、補助監督さんの迎えも待たずに手持ちの移動できる呪霊を使って高専に最速で戻って来てくれたらしい。未登録の呪霊だったから高専のアラームに引っかかってしまって、それで夜蛾先生に怒られたらしいけれど。滅多に無い先輩の動揺ぶりに先生も説教をそこそこにして先輩を私の元へと送り出してくれたそうだ。
 そして私が目覚めるまでずっとそばにいてくれた。目覚めた時に見た先輩の泣きそうな顔はこの先忘れられないだろう。

「それくらい、十分わかってますよ。でもどうして今それを?」
「私たちはいつ死ぬか分からない、明日もわからない世界に身を置いているというのを改めて実感したんだ。だから……君にこれを」

 そう言ってようやく私の顔を見た先輩が差し出してきたのは小さな灰色のベルベットの箱で。これの意味を知らない程、私は子どもじゃない。恐々と膝の上で開いてみれば、そこにはシンプルシルバーのリングが鎮座していた。少しうねりが入った細身のそれは、部屋の明かりを受けて輝く。先輩の右手が私の薬指にあるそれの定位置を優しくなぞった。

「先輩、これ……」
「高価なものではなくて申し訳ないんだけど」

 高価なものじゃないなんて、そんな。指輪は普通の高校生にしたら十分高価な品だ。「嬉しい」の気持ちが溢れ出す。しかし、私が貰ってもいいのか、その一点が私の頭をぐるぐると回った。私が何も言わずにいると、先輩は私の左手を手に取り、先程なぞっていたその場所にキスを落とす。

「君のこの場所を予約したいんだ。改めて結婚を前提に付き合ってほしい。……ダメ、かな?」

 日頃は余裕がある風に振る舞っている先輩も、今この時は眉を下げ、不安そうにこちらを見つめている。あの先輩がこんな態度を取るなんて。先輩のそんな顔を見せられたら、そんなしおらしい所を見せられたら、受け入れる他ないじゃないか。「私でいいなら」、そうこたえれば、先輩はたちまち眩しい笑顔になった。

「君が、いいんだ。もちろんだよ」
「ありがとうございます。じゃあ先輩、私からのお願いも聞いてくれませんか」
「君のお願いならなんでも聞くよ。言ってごらん」
「私も、先輩の隣を予約したいです。ずっと側にいさせてください」

 先輩をまっすぐ見つめながら言葉を紡ぐ。先輩にやられてばかりは不公平だから、私も言いたいことを言ってみた。少しは気持ち、返せてるかな。そう思っていると、先輩はふにゃりと笑って私を抱きしめた。

「まったく……君には叶わないな」
「ずっと一緒にいてくださいね、先輩」
「ああ、約束するよ」

 六月、それは将来を誓い合う季節。私たちの未来はまだ見えないけれど、これからの約束はこの凄惨な世界を生きていく上で、きっと楔となる。そんな予感がした。
 

2021.6.19 じゅじゅジューンブライド夢ネップリ折本企画 参加作品


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