3.夏油教授と一緒に帰っています

 ただいまの現在地、電車の中。皆さん私の隣にいるのは誰だかお察しだろう。そう、満面の笑みを浮かべた夏油先生である。どうしてこうなった……それは約30分前に遡る。


「みんなお疲れ様。今日はここで各自自由解散にしてくれ」

 ゼミのみんなと先生とで来たフィールドワーク。フィールドワークと銘打ってはいたが、その実、ゼミ内での親睦を深めるイベントだった。
 寺社巡りをしたり、おいしいご飯を食べたり、心霊スポットに行ってみたり。先生は「心霊スポットに行く時は必ず私の同行を申請すること」とか言っていたり、ゼミの内容をちょこちょこ話していたりはしたが、普通に保護者役って感じだった。平日じゃなくて日曜日だったけど、朝から同学年のみんなとお出かけすることができてたくさん話せたし、一緒に色々な観光スポットなどを回ることができて仲良くなれたと思う。

 そして締めの飲み会が終わり(もちろん未成年は夏油先生の圧により飲んでいない)、フィールドワークは終了となるようだった。駅の改札でみんなと別れる。ゼミの他のメンバーは全員私とは反対方向の電車に乗るようで、改札に入った途端にさよならだ。悲しすぎる。それに加え、着いて来なくていい人……夏油先生は私と帰る方面が一緒らしい。
 反対側のホームでみんなが話しているのを見て、少し羨ましさがちらつく。だけどこちら側の私はその輪には入れない。電車に乗り込む彼らを見送って、ホームには夏油先生と私だけが残された。

「瀬奈はお酒強いんだね」

 みんながいなくなった瞬間、夏油先生は私に話し掛けて来た。心なしか距離も近い気がする。大学の近くでは無いとはいえ、誰が見ているかわからないのに。

「まあそれなりには。父がお酒好きでよく『練習だ!』とか言って高校卒業したあたりから飲まされてましたから。ほんとはいけないんですけど」
「それはそれは。瀬奈にも少し悪いところがあったなんて驚きだよ。君はそういう、いけないことはしない感じがしたから」
「普通ならしませんけどね。大学で飲み会に参加する機会も増えそうだから、潰されでもしたら大変でしょう?それに比べればって感じです」
「確かに。女の子には気をつけて欲しいところではあるね」

 少し話していると電車が来たので先生と目の前の車両に乗り込む。日曜日の夜といってもそこまで混んでいない車内はちょうど席が空いている。夏油先生はさも当然というように私の隣に座ると、少し小さな声でまた話を再開した――

 というのが今までの経緯だ。夏油先生と今までにない密着度合いのこの状況は非常によろしくない。まだ「好き」という感情は持てないながらも、異性として意識し始めてしまっているのか、この状況に緊張している自分がいる。それに距離が近すぎて先生の香水の匂いが仄かに感じられてしまうのだ。
 早く最寄り駅に着いてほしい。そう願って早数十分。電車のアナウンスが私の最寄りの駅名を告げた。

「じゃあ先生、私次の駅で降りるので……今日はありがとうございました。楽しかったです」
「私も楽しかったよ。ってなんかデートの帰り際みたいだね」
「そ、そういうこと言うのはどうかと思います……!」
「いいじゃないか。今日は私も私服だし、半分はプライベートみたいなものだよ」

 そう、今日の夏油先生はいつものスリーピースのスーツではなく、私服を着ている。休日だから当たり前なのかもしれないが、普段のかっちりとした先生と格好いいけど今日のラフなスタイルも素敵!なんて、ゼミの子が少し騒いでいたのを思い出した。

「……そう、ですか」
「ふふ、少しは意識してくれた?嬉しいな」

 そう言って先生はふわりと嬉しさを滲ませながら笑った。私服の効果も相まっていつもより少し幼く見えるから、普段の先生とのギャップが凄まじい。私がそんなことを考えていると、そこでちょうど電車がスピードを落とし始め、駅に到着した。

「今日はありがとうございました。お先に失礼します」
「うん?じゃあ降りようか」
「え?」

 ようやく夏油先生から解放されると思っていたのだが、何故だか夏油先生も電車を降りた。

「私の最寄りもこの駅だからね」

 驚いている私がホームに立ち尽くす中、困ったように笑う夏油先生の後ろで電車の扉が閉まった。



 その後すぐに我に帰った私は、先生と一緒に改札を出た。帰り道の方向くらい違うかと思ったが、これまた一緒だったので先生と並んで歩く。

「夏油先生の最寄りもここだったんですね。知らなかったです」
「あれ、ゼミで言わなかったっけ?」
「言ってないかと思いますよ。みんなで出身地とか住んでるところ聞いてた時は席を外されてましたから」
「そうだったかな。じゃあ2年生だと瀬奈が初めて私の住んでいるところを知った訳だ。なんかいいね、そういうの」

 夏油先生は私を揶揄っているのか、とても楽しそうな表情を浮かべている。少年のような笑顔を見せる一方、さらりと車道側を歩く姿はやはり気遣いのできる大人の男の人で。先生のプライベートに片足を突っ込んでしまったことに少し後悔した。

「先生はどの辺りにお住まいなんですか?」
「ここから歩いて10分くらいのところだよ。君は?」
「私も同じくらいのところです。案外近いところに住んでるのかもしれないですね」
「そうだね。気づいてないだけで」

 先生とは同じ最寄りな上に家から駅までの所要時間も同じくらいらしい。一度もすれ違ったことはないけど、意外と近くに住んでるみたいだ。
 この話をしてからはここら辺だと、どのスーパーが安いとか、あそこのカフェのコーヒーが美味しいだとか、この街の情報を共有して、私の家であるマンションに着くのはすぐだった。エントランスに入る手前で先生に挨拶をする。

「じゃあ私の家ここなので、これで失礼します。改めまして今日はありがとうございました」
「こちらこそ。じゃあエレベーターまでは一緒に行こうか」
「え、夏油先生のお住まい違う場所ですよね?エレベーターまではちょっと……」
「いや?私もこのマンションに住んでいるから問題ないと思うんだけど」
「は?」

 夏油先生もこのマンションに住んでる??そんなまさか。驚きすぎてガチトーンの「は?」を繰り出してしまった。電車を降りた時の比でない衝撃が私を襲う。そんな私をよそに、夏油先生は「ここにいては少し邪魔になるから」と驚きで固まる私の手を引いて郵便受けのところまで移動した。

「ほら、ここ。私の名前があるだろう?」

 先生が指さした先を見ればそこには『403号室 夏油傑』の文字が。同じマンションに住んでいるだけじゃなくて、先生の部屋は私の部屋の真上じゃないか!

「こ、こんなの知りません!」
「言ってなかったからね。ちょうど越してきたのは1ヶ月前かな?改めてよろしくお願いするよ、瀬奈」

 知らない内にゼミの教授が自分の部屋の真上に住んでたとか……考えたくない。自分の住んでる場所にいるのにもうなんだか逃げ出したい気分だ。そんなことを考えていると私は運が良かったらしい、救世主が郵便受けエリアに現れた。

「瀬奈、大丈夫?」
「大丈夫ですか?」

 私の声を聞いて心配して来てくれたのか、私のお隣さんたちがやって来てくれたのだ。そこまで固く繋がれていなかった夏油先生の手をほどき、2人の元へ駆け寄る。

「雄くん、建人くん……!いいところに!!」
「全く貴方という人はなにを……ッ夏油さん?!」
「えっ夏油さん?あ、ほんとに夏油さんだ!お久しぶりです!」

 驚いている建人くんに嬉しそうにする雄くん。2人と夏油先生と面識があったなんて、今日は驚いてばかりの日だ。夏油先生も先生で驚いている。

「灰原と七海か?懐かしいな。まさか同じマンションだったなんて気が付かなかったよ」
「俺も気付かなかったです!」
「灰原、少し黙れ。夏油さん、貴方また瀬奈にちょっかいかけてるんですか?」
「私と瀬奈が出会ったんだ。必然だろう?」

 私の知らないところで話が進んでいる気がする。それに『また』ってどういうことだろう。疑問が増える一方だ。

「あの、夏油先生と2人は知り合いなの?」
「ん〜昔にちょっとね!」
「いつぞやのクリスマスイブは京都でお世話になりました」
「あーあれ。私の方こそ、その節は世話になったね。2人こそ瀬奈とはどういう関係?」

 夏油先生が質問をする。雄くんは私の母方の従兄弟で、建人くんは私の父方のはとこだ。ちなみに雄くんと建人くんには血縁関係は無いけど、高校からの友達どうしで仲が良いし、現在私たちは同じ大学に通う同学年だ。
 そこまで話をすれば今度は2人が私と夏油先生の関係について聞いてきたから、ゼミの教授とゼミ生だよって答えた。建人くんは「夏油さん、貴方それで瀬奈に言い寄ってるんですか?」とドン引きしていたし、雄くんは「そうなんだ!」と天使スマイルで笑っていた。反応が違いすぎる。

「で、瀬奈は夏油さんのことどう思ってるの?」
「雄くん!なんで今そんなこと聞くの?!」
「大事なことです。早く答えなさい」

 そしていきなりド直球な質問。さっきまでのいい笑顔でなんていうことを言うんだ。いや、君がこういう人だって知ってはいたけどさ。今じゃなかった、今であってほしくはなかったよ、うん。建人くんは建人くんで目つきが鋭くなっている。そんなに大事なことなんだろうか。

「えっと……夏油先生には悪いんですけど、まだ『好き』とかよくわからないです。すみません……」
「いや、いいんだよ。これからも頑張るから」

 私の答えに夏油先生は少し悲しそうな顔をしてそう言った。その表情にきゅっと胸が締め付けられるのを感じる。またこの感覚。先生のそんな顔を見るといつもこうだ。

「じゃあ、いくら夏油さんでもまだ瀬奈は渡せませんね!」
「今日は私たちが瀬奈を送っていきますので。これで失礼します」
「待て灰原!七海!」

 私の答えを聞いた途端、2人は先生を置いて私の肩を抱くとエレベーターへと歩みを進める。ちらりと振り返ってみた先生の顔には見たことの無い焦りの表情が浮かんでいた。













○夏油と帰ることになった早川瀬奈
・ゼミのみんなと離れ離れでさみしい……と思っていたら衝撃的な新事実の発覚が連続で起こって混乱した人
・夏油が同じマンションに越して来ていたのは正直ちょっと引いた
・灰原と七海とはとても仲が良く、それぞれとは小さい頃から遊んでいた
・303号室に住んでいる

○いつのまにか引っ越して来ていた夏油教授
・ゼミのメンバーと瀬奈の帰宅方向が反対になるよう、フィールドワーク先を指定した人
・マンションまで一緒って知ったらどんな反応するかな〜って思ってワクワクしてた
・というか瀬奈と同じマンションに引っ越して来たので執着具合がわかる
・まさか灰原と七海がいるなんて思わないし、血縁関係があるなんて聞いてないぞ!!と思っているが、私は瀬奈と夫婦になるから問題ないとも思っている
・403号室に住んでいる

○瀬奈の従兄弟の灰原雄(記憶あり)
・気が付いたら瀬奈の従兄弟だった
・とりあえず仲良くするよね!!ってテンションでここまで来た
・明るく人懐っこい性格と素直な物言いは変わらない
・七海とは高校で再会して秒で親友になった
・瀬奈のセコムその1
・302号室に住んでいる

○瀬奈のはとこの七海建人(記憶あり)(高専時代の姿)
・気が付いたら瀬奈の従兄弟だった
・ぽやぽやしてる元同期は自分が守らなければ(使命感)
・なんやかんやで灰原と瀬奈のお母さん的ポジにおさまっている
・灰原とは高校で再会してちょっと泣いたのは秘密
・瀬奈のセコムその2
・304号室に住んでいる



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