3.五条さんってその言葉の意味わかってますか?


 今日は地方の出張任務への同行である。私が同行している呪術師はもちろん五条さん。やはりというか当然というのか、補助監督として独り立ちした任務以来、私は伊地知さんに次ぐ多さで五条さんに着くことが多くなった。
 伊地知さんを筆頭とした先輩方からは「これでストレスが減ります……!」と感謝され、伊地知さんの時間が空いたことで従来よりも仕事がスムーズに回っているらしい。伊地知さんはとても有能だからね。
 先輩方がどれだけ五条さんの素行の悪さに苦労して来たかがわかるというものだが、幸い五条さんは私にそこまで無茶苦茶なお願いはして来ない。ちょっと疲れた時にわがままになってしまうくらいだ。たぶん。
 あと少ししたら伊地知さんよりも私の方が五条さん専属みたいになってしまいそうな気がする。そんなことを思いながら運転をしていると、助手席から声がかかった。

「ねぇ朱莉、今日の任務終わったら観光しようよ〜」
「任務が終わってからは地元の呪術師の名家の方に挨拶ですよ。恐らくそのまま夕食になります」
「え〜やだよ。そんなのパスして2人でカフェ巡りしよ?このフルーツ盛りのパンケーキなんかここのお店だけなんだよ!」

 赤信号になって五条さんが見せてきたのは、薄めの生地にクリームと季節のフルーツをたっぷり乗せたパンケーキ。しかもフルーツはこの地域の特産品なので新鮮で美味しいことは間違い無いだろう。
 心の天秤がカフェ巡りに傾きかけてしまう。しかし、この挨拶は補助監督長からも言われている通り、必須事項だ。断りでもしたら私の首が飛びかねない。五条さんには私の安寧のために、少しでも顔を出してもらわなければならないのだ。

「ひっっっっじょうに興味深いお誘いですが、今回の挨拶は確定事項です。断ったら最悪私の首が飛びます」
「あーーそれは嫌だ。しょうがないから行ってあげるよ」
「ありがとうございます、五条さん」
「いや、君のためなら頑張るよ。だから、さ……ちゃんと行ったらご褒美ちょうだい?」
「考えておきます」
「えっ嘘、マジで?!僕超頑張る!!」

 この変わり身の早さに内心苦笑する。ご褒美で頑張るなんて五条さんって子どもっぽいところあるよなぁ。私からのご褒美なんてたかが知れてるだろうに。
 でもそんな五条さんの顔はいつもより自然な笑みを作っている気がして。なんだかその顔を見られて嬉しいと思ってしまったから、これが母性というものなのかもしれないな、なんて思ったりしてみる。
 五条さんは約束したことはきっちり覚えているタイプなので、私もきちんと内容を考えておかなければならない。

「じゃあまずは任務頑張ってくださいね」
「うん!ちょっぱやで終わらせてくるから待ってて!」

 車を停めて五条さんを送り出す。五条さんが呪霊を瞬殺して帰って来たのは言うまでも無かった。









 ご褒美の内容は全てが終わってからということで納得していただき、この地域の呪術師の名家へと向かう。任務後直接ではあるが、当の任務は五条さんが素早くかつ汚れずに片付けてくれたため、相手方の家には予定より早く到着した。事前に早めの来訪を伝えておいたから、歓迎の準備は整っているようだ。

「ようこそお越しくださいました五条様。本日は任務、お疲れさまです。ささ、どうぞ私どもの家の方でお寛ぎください」
「いや、とりあえず挨拶来ただけだから。僕はこれで……」
「何をおっしゃいます!遠慮などせずとも、既に準備は整っておりますのでお気になさらず。こちらへどうぞ」

 五条さんは挨拶だけして帰ろうとしたけれど、あちらはそうもいかないらしい。尚も食い下がる当主の男に五条さんも困っているようだった。私が成り行きを見守っていると、五条さんがこちらに視線をやった。

「そんなに言うなら……この子も一緒に居ていいならお邪魔するよ」
「え、ええ。もちろんですとも。さあ、お上がりください!」

 当主の男に着いていくと、案内されたのは大きな畳の広間だった。ザ・名家って感じにだだっ広くて、そこには男の親類だと思われる人たちが大勢いた。そして五条さんは広間の真ん中、私は広間の隅の方に通される。
 当然と言えば当然か。この人たちは五条さんに取り入ることが目的なのだろうから。

「こちらは私の娘です。お酌をさせますのでどうぞこちらへ」
「悟様、今日の任務お疲れ様でした。こちらで美味しいものを食べて疲れをとってくださいませ!」
「……僕、他人から出された食べ物は食べない主義なんだけど」
「まあ、そんなこと言わずに!こちらのお肉はこの地方の特産品ですのよ?食べなければもったいないですわ」
「じゃあ君が食べればいいだろ」

 遠目から見ても、五条さんがイラついているのがわかる。任務に移動にと疲れているだろうに、私がいるからこんな場所に居なければならないのか。苛立ちの源であろう当主の娘は五条さんにべったりとくっついて離れない。それを見る五条さんは、私が見たことないくらい苦々しい顔をしていた。
 私の立場が低いばっかりに五条さんに負担をかけている。来て早々、五条さんに挨拶に来てもらったことを後悔した。
 代わる代わる五条さんに挨拶をする人、ご機嫌取りをする人。その間も娘の話は続く。どうにかして抜け出すことは出来ないだろうか。そんなことを考えていれば、当主の娘が五条さんにしつこくお酒を飲ませようとしているのが目に入った。

「悟様!こちらはこの地域の地酒ですの。どうぞお召し上がりになってくださいな」
「僕は酒飲まないから」

 最近聞いた話であるが、五条さんはお酒に弱いらしい。少しでも飲んでしまうとすぐ酔ってしまうとのことだ。特異な立場上、対外的にはお酒が嫌いと言うようにしているみたいだけれど、この状況は五条さんの身体面でも、弱点を知られてしまうという面でもまずい状況だ。
 お嬢様と五条さんの間に入るのは少し、いやかなりの大仕事だが、五条さんの健康には代えられない。私は意を決して2人に近づいた。

「すみません、五条さんにお酒は薦めないでいただけませんか。いつ何があるかわかりませんので」
「私たちの邪魔をしないでもらえる?」

 うわ、邪魔って。お嬢様や周りの親族の方たちから敵視されてしまったのか、周りからの視線も痛い。

「いえ、邪魔をするつもりなどございません。ただ、五条さん自身お酒を好まれないので、控えていただく方がよろしいかと思いまして」
「補助監督なんかに悟様の好みがわかる訳無いじゃない。今日はもう任務も無いのだし、飲んだって平気よ。ね、悟様」
「だから要らないって言ってるだろ」
「そんなこと言わずに、ほら一口だけでも」

 女は私の言い分を聞き入れず、嫌がっている五条さんに尚もお酒を薦めようとする。百歩譲って補助監督が馬鹿にされたような発言はいいとしよう。しかし、五条さんの疲労を、気持ちを無視するのは看過できない。
 もうこの場に五条さんを留めておく意味は無いだろう。そう強く思った私は五条さんに声を掛けた。

「五条さん、もうお暇しましょう。このような場所に長居する必要はありません」
「……そうだね。帰ろうか」

 五条さんが立ち上がる。これから広間を出よう、そう思った時。隣のお嬢様がこれみよがしに大きなため息をついた。

「一介の補助監督にそんな権限があると思って?どうしても悟様を連れて帰るというなら、そうね……あなたの上の方にお話させてもらおうかしら。『この補助監督は仕事が出来ない無能です』ってね」

 薄々感じてはいたけれど、この人もそういうタイプなのか。権力を笠に着て威張り散らすタイプ。私が1番嫌いなタイプの人間だ。それに加えて五条さんへの有り得ない行動の数々。さすがの私も、こればっかりは我慢出来そうにない。

 何処かでぷつりと、感情を抑える糸が切れた音がした。

「そんなやり方でしか五条さんを引き留められないなんて、バッカじゃないの?五条さんは連日任務が入っていて、今日に限っては移動でも疲れてるのにこれ以上引き止めてか何がしたいのよ。本当にいつも頑張ってる五条さんのことを想ってるなら、こんな豪勢で肩肘張らなきゃいけない食事会より休息を優先させてあげる方が良いってなんでわからないんですか?相手の気持ちを考えるなんてこと、おもてなし以前の問題だと思いますよ」
「あ、あなたに悟様の何がわかるって言うのよ!『補助監督にしかなれないポンコツの癖に!』」

 ここへ来てお嬢様の言葉にがずしりと心にのしかかる。そうだ、私は呪術師でいることを諦めて送り出す側になった奴だから。ポンコツだなんて、そんなことは自分が1番分かっている。
 でも、ここで落ち込んでしまったら。散々に言われて、詰られて、コケにされて、俯くことしか出来なかったあの頃と、京都にいた頃となんら変わらないまま。そんな過去の自分とはさよならしようと思って東京に来たのだから、私は顔を上げなければならない。

「……そのポンコツでも、少なくとも貴方よりかは解るつもりですが。なにせ私は五条さんに同行することが多ければ一緒にいる時間も長いですし。貴方は五条さんの好きなスイーツは知っていますか?最近食べた中で一番美味しいと言っていたものは?三日前に買ったコンビニスイーツは?」
「〜〜ッ!あなたなんかクビにしてやるわ!お父様!」
「ああ、そうしてやろう。こんな生意気な小娘が五条様の周りをうろついているなど言語道断!お前なぞ明日クビにしてやる!」

 ああ、勢いに任せて言ってしまったことはここの当主の逆鱗に触れてしまったらしい。これだから無駄に権力がある奴は嫌いなんだ。
 私の人生終わっちゃったかも、なんて思っていると、ここまで口を出さなかった五条さんが私の肩を掴んで引き寄せた。

「さっきから聞いてれば……よくも僕の朱莉を侮辱してくれたね」
「その女が悪いんです!私たちは悪くありませんわ!」
「朱莉は僕のために忠告したんだよ。それを受け入れずに罵倒し、あまつさえ権力を持ち出して来たのはお前だ。お前よりよっぽど朱莉の方が僕のこと解ってくれてるよ」
「そんな、こと……」
「てなわけで僕たち帰るから」

 私の肩を抱いたまま、五条さんは広間の出口へと歩き出した。周りの人たちがなんやかんやと引き留めようとするが、それも関係ないと言うかのようにその全てを無視していく。そしてようやく出口に来た時、五条さんは広間を振り返って冷ややかな声でこう言い放ったのだ。

「あ、そうだ。朱莉は僕の婚約者だからね。この先この子に何かあってみろ、五条家の総力を上げてお前らの家を潰しに掛かるから。頭の弱いお前らでも解るだろ?変な気は起こさない方がいいよ」

 その場にいる全員が動けなくなるほどの威圧を含んだ言葉。それを聞いて逆らう気が失せたらしく、親族も、娘も、当主でさえも青ざめた表情でこちらを見ることしか出来ていない。その状況に満足したのか、五条さんは殺気を消していつものテンションに戻った。そして私の肩を抱いたまま屋敷の出口まで向かおうとする。
 いつもの優しくて、ちょっと悪戯好きなところしか知らなかったけど、さっきのあれは明らかに五条家を背負う者の風格だった。新たに見た五条さんの一面。それを知ってしまったらもう、五条さんは子どもっぽいだなんて言えるはずもない。
それに加えて、最後のあの言葉。


 五条さん、その言葉の意味わかってますか?


















○クビになりそうだった水戸部朱莉
・お嬢様の態度にぷっつんした人
・怒るとちょっと怖い
・嫌いなタイプは権力を振りかざす奴
・五条の最後の言葉にびっくり仰天
・五条へのご褒美は次回に持ち越しなのでガンバッテネ!!

○お疲れの五条悟
・朱莉と2人っきりでお泊まりデート!!(任務)と張り切っていたが、早々に希望を打ち砕かれた人
・朱莉からのご褒美?!張り切るに決まってるじゃん!!
・突撃名家の晩御飯!()で疲弊したしイラついた
・お嬢様に言い返した朱莉の言葉にトゥンクしました。こいつ絶対嫁にする
・どさくさに紛れて婚約者宣言をした奴。囲い込みは既に始まっている




[back]  



[目次へ]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -