2.夏油教授の同期に迫られています?

 5限のゼミが終わって少しした後、私はといえばゼミ室に残って本棚を見ていた。しっかりと整理整頓された本棚には所狭しと本が並べられており、ここのゼミ室を管理している夏油先生の性格が分かる。
 まだまだ先生の分野については分からないことも多く、知識を得るのに良さそうな本を見る……というのは建前で、本当は夏油先生が帰って来るまでゼミ室にいなければならない、それだけだ。
 夏油先生はゼミが終わると、出す書類があるからと言って私に留守番を頼んで教務課へと行ってしまった。何かの申請をしなければならないらしい。しっかりしている夏油先生のことだから、何の不備も無く早めに帰って来てくれると思う。まあ、この後何も予定ないから良いんだけど。
 そうして本棚を見ていると、ガチャリと本棚の左に位置するゼミ室のドアノブが回った。夏油先生が帰って来たのかもしれない。

「傑いる〜?」

 ドアから姿を現したのは夏油先生ではなく、白髪のこれまた美形の男の人。夏油先生の名前を呼んでいることからして先生の知り合いだということは分かるが、私は見かけたことの無い人だ。他学部の教授だろうか。

「あの、夏油先生は教務課に行っていまして不在なのですが……何か御用でしょうか」
「ああ、ちょっとね……ってお前瀬奈??うっわ、マジもんの瀬奈じゃん!!!今いくつ?」
「へ?!えと、20歳、です」
「うわー!僕たちと8歳も離れてんの?ウケる。ていうか本当に実在したんだね〜!てっきり傑のイマジナリー瀬奈だと思ってたよ」

 いや、あなた誰。目線がかち合ったと思えば、すぐさま始まった怒涛の会話。なんか私のことを知っていそうな雰囲気があるけど、生憎私はあなたのことをこれっぽっちも知らないのですが。

「あの、どちら様でしょうか……?お会いしたことないと思うんですが……」
「え、嘘。わかんないの??」
「申し訳ないんですけど、記憶にないですね」
「あーそっか……理解。そういうことね」

 私がそう言うと、相手はそれまでの勢いを無くして黙ってしまった。なんだかデジャヴを感じる気がしないでもないけど、知らないものは知らないんだ。

「僕は五条悟。この大学で物理学の教授をしてるんだ。傑とは同期だよ。よろしくね」
「人間文化学部2年、夏油ゼミ所属の早川瀬奈です。こちらこそよろしくお願いします。ところで先生はなぜ私の名前を知っていたんですか?」
「あーそれはねぇ……傑が瀬奈のことめちゃくちゃ僕に話して来るから」
「うわぁ死にたい……」

 何を話してるんだうちの先生は。内容がすごく気になるが、聞かない方が身のためになる気がするのは気のせいか。

「で、傑になんかされてない?大丈夫?」
「あーえっと……それは……」

 五条先生の問いに口ごもる。アプローチされてます、って言ってもいいもんなんだろうか。
 あの告白の日から2人きりになる時を狙って(意図的にその時間を作っている)、夏油先生は言葉だったり態度だったり、たまにプレゼントまでして想いを伝えてくる。大人な夏油先生に翻弄される日々が続いているのだ。

「え、何。もうなんかされちゃった訳??」
「いや、そういう訳じゃないんですけど……」
「え、ちょっと!教えてよ!!絶対面白いから!!」

 ガシッと肩を掴まれたかと思えば、五条先生は私に近づいて来た。いや近いんですけど……!この距離どうにかなりませんかね。イケメンの顔が近いとどうにも落ち着かないんですが。
 しかしそう思ったのも束の間、五条先生の手が誰かに捻り上げられた。

「何をしてるのかな?悟。気安く瀬奈に触るんじゃない」
「馬ッ鹿!いてぇって傑!わかったから!」

 夏油先生が帰って来たんだ。私は五条先生から解放され、ほっとため息をついた。

「で、瀬奈。何かされなかった?」
「さっき肩を掴まれたのはビックリしましたけど、それ以外は何もないです」
「そうだよ。な〜んもしてないよ」

 手をひらひらとさせながら五条先生は夏油先生を見る。あからさまに機嫌が悪い夏油先生はそんな態度の五条先生を睨んでいる。

「で、悟は何か用があって来たんじゃないのか?」
「いや、暇だったから来ただけ。今日は面白い出会いもあったし帰るわ」

 そう言い残すと、五条先生はさっさとゼミ室を後にしてしまった。

「それで、先生の用事は終わったんですか?」
「うん、無事に終わったよ。ほら」

 先生がこちらに差し出して来た書類を見る。なになに……SA(スチューデントアシスタント)申請書、以下の者は「民俗学入門」の授業においてSAとして働くこととする……早川瀬奈?!!

「こ、これなんですか!!」
「何ってSA、学生が私をお手伝いしてくれる申請書だよ。機材とか資料の準備をとかさ。瀬奈は明日から『民俗学入門』のSAだから、一緒に講義に行こうね」
「私は同意して無いんですけど??判子も押した覚えないです!」
「これはこの前ゼミ配属が決まった日に押してもらったやつだね。ちゃんと内容確認した?」
「してなかった気がします……」

 そういえば、この書類に判子押してねって言われて普通に押しちゃった時があった気がする。あの時の危機感の無さを呪いたい。

「じゃあしょうがないよね。もう申請して来ちゃったからさ。それにバイト扱いだからちゃんとお給料が出るよ。一人暮らしって言ってなかったっけ?」

 そこを突かれると痛い。一人暮らしはなにかとお金がかかるから、手持ちのお金が増えるなんて願ってもないことだ。夏油先生のアシスタントというポジションはいささか、いや、かなーーり嫌だが、これも生活のためである。仕方ない。

「………やります」
「うんうん。素直なことはいいことだよ。じゃあ明日は講義の始まる20分前には私の研究室に来てね」
「わかりました」

 なんだか全てのことが夏油先生の思うように進んでいるのが気に食わないけれど、今の私に太刀打ちする術は無いのである。









○この人誰!!早川瀬奈
・いきなり喋りかけられてびっくり!いやあんた誰
・五条の『よろしく』に記憶がフラッシュバックしなかったのは、教授五条がフレンドリーだったから。前世の対面は印象最悪、「よろしく」すら言われてない
・この度SAになることが決まりました
・良い子のみんなは契約書などの内容はちゃんと見てからサインしようね!!

○うっわマジで瀬奈が存在した!!五条教授
・暇だから夏油のところに来たら瀬奈がいる!!
・前世で瀬奈は可愛がっていた後輩の1人
・夏油から瀬奈を見つけた!と話は聞いていたが、頑なに会わせてくれないためイマジナリー瀬奈疑惑を持っていた
・この度瀬奈の存在を確認した
・記憶がないのも確認した。ちょっと悲しかった
・この後瀬奈と夏油に会いに(ちょっかいを出しに)ちょくちょくゼミ室に来るようになる

○瀬奈を強制的にアシスタントにした夏油教授
・帰って来たら五条が瀬奈の肩に触れていたので反射的に手を捻り上げた
・「私の瀬奈に触るな!!!」
・瀬奈をSAにしたのは少しでも一緒にいる時間を増やしたいから
・五条に揶揄われてキレる未来があるかもしれない




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