五条さんは寝起きが悪い(大人五×年下補助監督)
運転にも慣れた黒塗りの車を車庫に滑り込ませる。時刻は午前1時、多くの人がベッドに入っている時間だ。
「五条さん、着きましたよ」
静かな声で後部座席へと呼びかけたが、その返事が返ってくることはない。高専に戻る途中で仮眠を取ると言ってから、五条さんは未だに夢の中だった。
仕方がないので運転席から降りて後部座席のドアを開ける。もちろん五条さんがいる方とは反対の席から。後部座席に乗り込めば、彼は長い手足を組んで窓に寄りかかりながらすやすやと眠っていた。
寝姿まで様になるなんて、ずるいと思う。今は目隠しをしているために顔の全容を見ることは叶わないが、見たら目が離せなくなると思うので目隠しをしたままだったのは良かった。そのおかげか、私はまだ平静を装うことができている。
「五条さん、ほら。そのままだと風邪引いちゃいますから」
後部座席に乗り込み五条さんの肩を叩く。気持ちよさそうに寝ているところを起こすのは忍びないけど、ちゃんとしたところで睡眠を取ってほしい。さて、起きてくれるだろうか。
「ん……まだ、ねる……」
起きたと思ったのも束の間、組んでいた手がそろりと開かれたかと思えば、目の前が真っ暗になった。正確には五条さんに抱き締められているというのが正しい。
自分の心臓がばくばくと音を立てているのがわかる。振り払おうともがくが、ゆるやかな拘束は意外としっかりしていて、その腕から逃げ出すことはできない。
「ちょ、五条さん!」
「うるさ……だまって」
そう言って顔を上げた時だった。唇に柔らかく、それでいて温かい何かが触れて離れていった。
それが口づけだと、認識するまでに数秒。
「〜〜〜〜っ!!」
悲鳴を上げなかっただけ頑張ったと思いたい。きっと今鏡を見たら、私の顔は熟れた林檎のようになっていることだろう。
しばらくして五条さんの顔を見上げれば、私が黙ったからなのか、満足そうな表情で再び寝息を立てていた。彼の突飛な行動は予測も理解も不能である。
今後、寝起きの五条さんに近寄るのはやめよう。そう決意しても、今の状況は変わりやしないのである。
「ごじょうさん、おきてください……」
「ふわぁ、よくねたぁ……おはよ」
やっとのことで起きた五条さん。解放するまでに15分くらいはかかっている。当の本人はこの体勢を気にも留めていないようで、反応の悪い私を見ては呑気に「どうしたの?」なんて聞いてくる。いや、貴方のせいですから。ふい、と視線を逸らせばくつくつと笑う彼。
「まあいいじゃん。僕の快適な睡眠に貢献してくれたってことで」
「いいような、悪いような……」
「ていうか君、抱き心地めっちゃいいね。僕の専属抱き枕にならない?」
「断固拒否します!早く車から降りてください!!」
不穏な発言をした五条さんの腕を振り払う。先程の寝ていた時とは違い、今度はちゃんと手を離してくれた。急いで車内から降りると素早くドアを閉める。五条さんのことだ。こういうことをきっと他の女の人にも言っているんだろう。いい慣れてるもの。
そうだと分かっているのに、また頬が熱くなってしまうのは止められない。願わくばこんな顔をしてるなんて五条さんに気づかれませんように。
そう思いながら彼の降車を待った。
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