6.嫌われたままだけど一緒に任務には行くらしい



 見たくないものを見てしまったあの日、私は家に帰ってからお酒を飲んで早々に寝た。私の気持ちの問題だけど、せっかくの休日はあの出来事のせいで台無し。
 ほんとは任務にも行きたく無かったけど、無常にも次の日からの任務は詰まっていて。嫌々ながらも任務に行って呪霊を祓う日々が続いている。

 幸いなことにあれ以来七海先輩を見かけていないから、私の心の平穏もなんとか保たれているけれど、切り替えはなかなか出来ない。今はそのストレスを呪霊にぶつけて発散してるようなものだった。

「そういえば今日はどんな任務だっけ。五条先輩経由で急に入ったやつだからあんまり知らないんだよね」

 後部座席から伊地知くんに問いかける。今日も今日とて任務であるが、補助監督が伊地知くんなのはちょっと落ち込んでる自分からしてありがたいことだ。同期で変に気遣いが要らない伊地知くんとの任務は楽なんだよね。
 伊地知くんとの任務はあまり入らないので貴重だから、たぶん五条先輩から急遽スケジュールにねじ込まれたこの任務のおかげだろう。内容はよく知らされていないが。

「あれ、聞いてないんですか」
「なんか電話掛かってきたと思ったら、『この日任務入れといたから!よろしく☆』って言われて速攻で切られた」
「五条さん……」

 ミラー越しにげんなりとした顔の伊地知くんが見えた。たぶん五条先輩は「僕から言っといたから」とか何とか言っていたのだろう。
 先輩が選んできた任務だから等級外れなどの危険は低いと思われるが、いい大人なんだから情報の伝達くらいちゃんとしてほしい。あの人、そのうち信用も信頼もなくしてしまうんじゃないだろうか。

「で、どんな任務なの?」
「詳しくは七海さんと合流してから説明しますが、簡単に言うと、山中に発生した複数の呪霊を祓除する任務ですよ」
「そうなんだね。ありがとう…………って七海先輩?!」

 彼の口から、任務内容よりも重大な情報がさらりと発せられた。今日の任務って二人がかりでやるハードそうなやつなんだとか、山歩きはどれくらいするんだろうなんてことよりも、同行者が先輩ってだけで任務に行きたくない。
 高専に行っても遭遇しなかったというのに、よりによって任務で会わなきゃいけないなんて。五条先輩がやったんだろう。今度抗議してやる。

 こんな状態ではいつもは受け流せていた七海先輩からの嫌味も、どストレートに決まってメンタルが崩壊するか逆ギレしそうである。任務に支障がでてしまいそうだ。確実にヤバい。
 とりあえず先輩が乗ってくるまでになんとか心の準備をしようと、残り少ない伊地知くんと二人だけの時間を過ごした。


 あれから十数分、伊地知くんが車を止めたのは意外と私の家から遠くは無いマンションの前だった。見覚えのあるスーツの男性、つまり七海先輩が車に乗り込んでくる。

「おはようございます」
「おはよう、ございます」
「おはようございます、七海さん。お待たせしてすみません」
「いえ、迎えに来てくれてありがとうございます。今日はよろしくお願いします」

 七海先輩が私と伊地知くんに挨拶をした。貴方も、と言われてこちらこそ、と返したが、正直顔を見たくはなかった。七海先輩は後部座席=私の隣に乗り込んで来たから顔はよく見えないけど。この距離近くない??車の隣の席どうしってこんなに近かったっけ。
 そもそも彼女持ちが女の隣に座らないでほしい。助手席空いてたじゃないですか。それとも私は気にする必要がないってか??マジで開始から無理です。
 そんな私の心中はいざ知らず、七海先輩をメンバーに加えた車は動き出す。

 発進してから間もなく、左から視線を感じた。私の左って先輩しかいないんですが。なぜそんなに見ておられるんですかね。最初の方は耐えていたが、あまりにもこちらを見てくるので意を決して先輩の方を向く。
 そうすると、いつもよりこころなしか柔らかい表情の(気がする)先輩が話しかけてきた。

「貴方、最近また体調が芳しくないのでは?」
「そ、そんなことはないですよ」
「……そういうことにしておきますが。とりあえずこれでも食べてください」
「これ、いいんですか」
「要らないのであれば捨てても構いませんが」
「ありがとうございます。いただきます」

 七海先輩、どうしたんだろう。いつもなら二言目くらいには「呪術師を辞めろ」発言をする先輩が私の体調の心配しかしなかった。しかも差し出してきたのは私の好きなメーカーのチョコレートだ。彼女出来たからって機嫌がいいのかも。彼女持ちの余裕ってやつ?考えてると落ち込んできちゃうからやめよう。
 この会話に違和感があると思ったのは私だけじゃなくて、伊地知くんも驚いてるようだった。だけど、何を思い至ったのか急に納得した表情になった。いや、私は納得いってないから。
 とりあえず、きっちりチョコレートを受け取ってカバンの中にしまった。

 そんなやり取りがあってから数分、伊地知くんが任務内容を話し始める。

「今日の任務は荒れ寺に出た呪霊の祓除になります。報告によりますと、肝試しをしようと山に入った子どもたちが数人行方不明になっているとのことです」
「呪霊の等級は?」
「推定のものになりますが、荒れ寺の参道に二級、三級が複数体、講堂付近に一級が一体はいます。確実でないのは申し訳ないのですが、これ以上はいると思ってください」
「わかりました。気をつける点はありますか」
「呪霊が出るのは霧が出る時という特徴があります。霧が出たら注意するようにしてください」

 一級術師が二人。等級が推定ということは、危険な呪霊だということは間違いないだろう。きっと五条先輩が私たちを信頼して託してくれた任務だ(と思いたい)。
 手元のタブレットにある情報をよく頭に入れておこうと、今度は画面を見つめる。

 霧、か。だいぶ前に霧の術式の話を持つ呪詛師と遭遇したことがあるが、正直良い思い出がない。霧は私の風で散らしてしまえるからの人選なんだろうが、少し昔のことを思い出してしまいそうになる。そんなことを思っていれば、私の思考を掻き消すように七海先輩の声が掛かった。

「術式の確認はしておきますか」

 先輩の声が沈みかけた思考を引き戻してくれる。この声はいつ聴いても落ち着くのだ。
 そして先輩の言うことももっともである。私たちはあの頃からお互いの術式についての情報を更新していないからた。普通はしないのかもしれないが、私がサポートをする場面においてお互いの手の内を知ることはとても重要である。
 私は術式の応用範囲が広くなったし、七海先輩もまた違ってきているかもしれない。

「そうですね、しておきましょうか」

 そこからはお互いの術式は知っていたので、拡大解釈をした技をメインとして確認をしていった。七海先輩は術式を使った技や縛りについてを教えてくれ、私もそれに倣って自分のことを話し始める。
 私の術式は風を操るもので、風を用いるような技なら大抵のことはできる。例えば呪霊を風で閉じ込める『風牢』。これは呪霊を風で吸い寄せ、風で出来た檻に捕らえるものだ。また、風で刃を作り呪霊を斬り付ける『風刃』。それからいくらかの技と、今まで鍛えてきた体術。
 私の話を聞いた七海先輩は大きく表情は変えなかったけど、話の終わりに言われた言葉は予想外だった。

「貴方も成長したんですね」

 十数年間の中で一度も聞いたことない、七海先輩からの褒め言葉である。嬉しいという気持ちが抑え切れるかどうか怪しいくらい、私の中では意味がある言葉だ。返す言葉もぎこちなくなるのは許して欲しい。

「ありがとう、ございます」
「しかし、貴方が近距離もいけるタイプだというのはギリギリまで隠しておいた方が無難かもしれません」
「というと?」
「貴方が中距離、遠距離タイプだと思わせておけば、一級に会敵した際に隙が出来るかもしれない、ということです」
「なるほど」

 さすが七海先輩。考えていることが実践のそれだ。褒められて内心浮かれていたのが少し恥ずかしくなってしまう。それから今回の任務に対する作戦等を話し合い、任務地へと降り立った。



「では帳を降ろします。ご武運を」

 帳を降ろしてくれる伊地知くんを背に、七海先輩と件の山を登り始める。呪霊がいるというだけあって、鬱蒼とした山の中は不気味な雰囲気が漂っている。足元には信仰が途絶えて久しいからか、整備のされていない石畳の階段が山頂まで続いているようだった。

 いつも思うけど、こういった『ザ・出ます!』って感じのところは苦手だ。呪霊を祓うのを生業にしていてどうかとも思うのだが、未だに慣れない。呪霊が怖いわけではないけれど、このホラーちっくな雰囲気はどうにかならないかと常々思っている。
 それを察してくれたのか、七海先輩は「私の後について来てください」と言ってくれた。こういう気遣いができるところが先輩らしくて素敵だ。と、また思考が乙女モードになりそうなのを慌てて元に戻す。

 周りは木々に囲まれているため、いつ何処から呪霊が襲ってきても不思議ではない。術式をいつでも発動できるように周囲を警戒しながら先輩と石段を追っていった。











「ここが問題の荒れ寺ですかね」
「そうでしょう。ここまでの呪霊は大して強くありませんでしたが、ここには推定の一級がいるはずです。先程以上に警戒して進みましょう」
「はい」

 石段を上がって来る最中に何度か戦闘があったが、それも七海先輩がばったばったと斬り捨てていったので、私の呪力消費は皆無に等しかった。しかしそれもここまでのようで、辺りには濃い残穢が残っている。
 二人で門をくぐれば、境内だったであろう場所には崩れた石畳があり、育ちきった雑草が辺りを覆っていた。正面には崩れてボロボロの講堂がある。

「あの講堂に呪霊がいるんですかね?」
「その可能性が高いですね。行きましょう」

 所々が土に埋もれた石畳を進み、講堂へとたどり着く。見た感じ扉も柱もボロボロで、今にも崩れそうだ。中も見てみようと扉を開ける。
 その時、辺りを霧が覆い、背後から強大な呪力を感じた。

「ッ!構えて!」
「はい!」

 寺の講堂を背に戦闘態勢を取る。私たちの前にいたのは霧によってその姿が見え隠れする人型の呪霊だった。

「七海先輩、これ……」
「恐らく特級のなりかけです。私たちは一級。離脱も視野に入れて戦ってください」
「わかりました」

 私の返事と同時に先輩が呪霊に向かって走り出す。どうサポートしようか考えていると、呪霊は霧を使って攻撃を避けているようだった。
 まずは霧を払ってしまうのがいいだろう。呪力を込め、術式を発動させる。出力を上げた風の放出で、霧は綺麗に晴れた。
 呪霊は何が起こったのか解らない様子で慌てているので、その隙をついて拘束するための術式を発動させる。

「『風牢』!先輩、お願いします!」

 ざぁっと周囲の風が集まり、呪霊を風の檻が囲った。これで数分は動けない筈だ。その間に先輩が片をつけてくれるだろう。呪霊と距離を取っていた先輩が風に囚われた呪霊に走っていくのが見える。
 後は術式を維持することに全力を注ごう。そう、思っていた時だった。

さんッ!」

 七海先輩が振り返ったと思えば大声で私の名前を呼んだ。瞬間、背後に酷く重たい殺気を感じる。

「ッ!!」

 慌てて自身に防御の風の膜を張るが時既に遅し。






____腹部、それも古傷とちょうど同じ位置に焼けるような痛みが走った。





















○お買い物の日を引きずる夢主
・七海と同じ任務だと知って車を降りようかと迷った
・五条先輩はあとで校舎裏によろしくお願いします
・七海の甘め(当社比)の対応に?ってなってた
・体調が芳しくないのは七海のせい
・術式の名前は決めてないけど、風を操る


○塩対応じゃない七海建人
・飲み会の日から、次に会ったら優しくしようって思ってた
・夢主の技とか体術の話を聞いて、素直に「成長したな」と感じた
・夢主がホラー系の雰囲気ダメなのも覚えてました
・ばったばったと道中の呪霊を倒したのは夢主にカッコつけたかったからでもある
・最後のシーンでSAN値がゴリゴリに削られる


○二人の送迎係、伊地知潔高
・報連相をちゃんとしない五条に頭を抱えた
・七海の夢主への対応に驚くが、飲み会での話を実践してるんだなと一人で納得した
・七海の「成長したんですね」の発言に内心ガッツポーズしてた。
・「貴方が頑張ってたの知ってますからね!!!七海さんもっと褒めてあげてください!!」




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