2.五条さんってお友達いないんですか?


 補助監督としての仕事にもだいぶ慣れてきた今日この頃。伊地知さんに着いて呪術師のサポートや調査の仕方から報告書の提出の仕方まで、実地で教えてもらっている。
 伊地知さんの教え方は丁寧でわかりやすいし、失敗したらちゃんと改善点を言ってくれる。きちんとできた時は褒めてくれるから、褒めて伸びるタイプの私とは相性が良かったみたいだ。

 それに私が伊地知さんから教えてもらったことは通常業務だけではない。それは五条さんに接する時に気をつけなければならないこと、その名も『五条さんの扱い方五箇条』だ。


その一、相手は子どもだと思うようにすること
その二、甘い物は常備しておくこと
その三、最新のスイーツ情報を知っておくこと
その四、話やお願いは適度に聞き流すこと
その五、適度に褒めてあげること


 五条さんだけに五箇条……と内心笑ってしまったのは秘密である。
 教えてもらった当初は本当に?と疑っていたのだが、伊地知さんに着いて五条さんの任務に同行した際、「なんか甘いもの食べたーい!」と言っていたので間違い無さそうだった。最強と言われる人でもちょっと可愛いところがあるらしい。
 

 そして今日、私は初めて一人で五条さんの任務に同行する。緊張して早く起きてしまったから、準備はばっちり!な、はず。

「おはようございます、お迎えにあがりました」
「おはよ。朱莉ってば今日から独り立ち?いいね〜!!」

 なぜかこの前から私のことを下の名前で呼び捨てにするようになった五条さん。そんな彼のテンションはいつもよりちょっぴり高めだ。でもこれくらいならいつも通りに近い。
 予想外だったのは五条さんが後部座席ではなく助手席に座って来たこと。呪術師の人って大人数でない限りだいたい後部座席に座る人が多いから、これには驚いた。私からは何も言わなかったけど。

「それでは出発しますね」
「うん!よろしく〜!」

 緊張して速くなる鼓動とは裏腹に、車はゆったりとしたスピードで任務地へと向かい始めた。






 前日まではどんな会話をしたらいいのか不安だったが、いざ話してみると五条さんは話をするのがとても上手で、会話が途切れることはなかった。いつも伊地知さんに着いていた時はあまり喋らないイメージだったから、少し意外だったかもしれない。
 持参したお菓子を差し出せば嬉しそうに食べてくれたし、お互いの趣味の話とか、好きな物、嫌いな物などを話していくうちにだんだんと打ち解けていった。
 今までこんなに話す機会は無かったし、他の呪術師の方たちはプライベートな会話を好まない人も多い。その点、五条さんはとてもフレンドリーで接しやすい人だと思う。

「それで私はパンケーキが美味しいお店を回るのが趣味なんです!東京にはたくさんパンケーキのお店があるので、今から行くのが楽しみなんですよ」
「僕も好きだよ、パンケーキ!朱莉と好きな食べ物が一緒だなんて嬉しいな〜!!」
「もうふわっとした食感とベリーソースの組み合わせが最高で……」
「わかる〜!あ、そうだ!この任務終わったら一緒にパンケーキ食べに行こうよ。ちょっと遅めのランチってことでさ」

 五条さんも甘い物がお好きだからか、パンケーキの話題は食いつきがとてもいい。しかしこれはプライベートではないだろうか。歌姫さんに「プライベートは五条悟と関わるな」と言われている手前、返答に迷う。

「えと、まだ仕事中なので……」
「え〜?仕事にも昼休憩くらい必要だよ?僕の任務の後って誰かの任務に同行する?」
「いえ、今日はこのまま高専に戻って事務仕事ですが……」
「だったらなおさら糖分摂取しとかなきゃ〜!せっかく任務で外出てるんだから、外で食べなきゃ損だよ?外出る機会なんて任務の送迎くらいなんだからさ!」
「たしかに……」

 そうなのだ。補助監督の仕事は私が呪術師をしていた時の倍以上に忙しい。呪霊の調査に始まり、任務の等級決め、振り分け、呪術師の送迎、報告書の確認など、その仕事は多岐にわたる。休みもあるにはあるが、疲れて家にいることがほとんどで、東京に来てからは休みの日に出かけることが出来ていないのが現状である。

 ぐるぐると考ながら運転していると、私が迷っているうちに任務地へと到着してしまった。

「まあ、僕の任務が終わる前まで考えてていいよ」

 そう言って車を降り、廃ビルに入って行こうとする五条さん。慌てて追いかけて帳を降ろせば、一瞬で戻って来た彼に驚きを隠せなかった。帳なんていらなかったのではないかというくらいの早技。さすが特級は違う。
 早く任務が終わったのは本来なら喜ばしいことなのだが、あいにく今の私にとってはあまり歓迎出来ないことであった。

「超特急で祓ってきちゃった!で、パンケーキ、どうする?」

 決断のタイムリミットが笑顔で迫って来ていた。















「ん〜〜!やっぱりここのパンケーキは美味しいね!」

 結論。パンケーキの誘惑に負けました。
 決断を渋る私に五条さんがスマホで見せたのは、とあるカフェのメニューだった。そこに載っているベリーソースにバニラアイスが乗ったパンケーキは私の好みドンピシャで、今こうしてカフェで実物を頬張っている訳である。

「もうほんと最高に美味しいです!教えていただいてありがとうございます!」
「それは良かった!僕のイチオシのお店なんだよ」
「そうなんですね。さすが五条さんです!」
「君に気に入って貰えたようで嬉しいよ」

 そう言ってふわりと笑う五条さんは本当に嬉しそうで、雰囲気がやわらかい。
 笑顔もそうだけど、今は目隠しでなくサングラスをしているのもあるだろう。どこかのモデルになれそうなくらい整っている顔立ちは、正面に座る平凡な私には少し眩しすぎるくらいだった。

「ん、どしたの。僕の顔に何かついてる?」
「いえ、あの、サングラスは珍しいなと思いまして」
「そうだね。普段はあんまりかけないから、レアだよ僕のサングラス姿」

 似合うでしょ?とこちらにウインクしてくる彼は、その容姿も相まって海外スターのようだ。特級は何でも持ち得ているのだろうか。すごいな。

「流石五条さん、カッコいいですよね!それに五条さんの瞳、空を閉じ込めたみたいでとても綺麗です。いつも目隠しをしていらっしゃるのが勿体ないですね」
「っ!……ありがと」

 思ったことをそのまま口に出せば、五条さんは一瞬目を見開いた後、小さな声で返事が返してくれた。続け様に横を向いてしまったからよくわからなかったけど、気分は害していないようなので良しとする。

 数分して普段通りになった五条さんは、頼んだパンケーキに特大パフェを平らげると満足そうに笑った。この顔は本当に甘い物が好きな人がするものだ。お忙しい五条さんが楽しんでくれた様で良かったと思う。
 カフェを出る時には、お手洗いに立った際に会計が済ませてあって、お金を払うと言っても聞いてくれなかった。これで彼氏だったら満点の行動なんだろうけど、五条さんはいわば上司のようなもの。申し訳ない気持ちが先行して素直に受け取ることは出来そうにない。そんな気持ちを抱えたまま、仕方なしに車に乗り込んだ。

「五条さん、やっぱりさっきのお金はお返しさせてください。それに補助監督さんたちへのお土産まで……」
「そんなの気にしないでいいのに。僕特級だからこれでも高給取りなんだし。普段使わないから、これくらいどうってことないよ」
「でも……」
「ん〜〜そんなに気にするんだったら、よければまた一緒にパンケーキのお店に行ってくれない?一緒に行くような友達もいないしさ」
「そうなんですか……?私でよければ勿論ご一緒させていただきます!その時は私がお支払いするので!」
「じゃあ約束ね!今度はどこに行こうかな〜」

 とりあえずお返しができそうでほっとする。たしかにパンケーキを男性一人で食べに行くのは好奇の視線に晒されることは間違いないだろう。特にパンケーキ専門のお店は女性が多いし。
 早くも次の予定を立て始める五条さんの話を聞きつつ、高専までの道のりを辿った。









「ただいま戻りました」
「おかえり」
「水戸部さん、おかえりなさい」


 高専の事務室へ戻ると監督長と伊地知さんが声を掛けてくれた。他の補助監督さんたちもぱらぱらと挨拶を返してくれて、少し馴染めてきたかな、なんて思う。

「五条さんとの任務はどうだった?」
「えと、任務としては五条さんが1分も経たないうちに呪霊を祓ってしまわれたので、無事に終わりました」
「そうかそうか。それなら良かった。五条さんに何か意地悪はされなかったかい?」
「まさか!何もないですよ。それどころか五条さんはお優しかったですよ?補助監督さんたちにってお土産もくださいましたし」

 そう言った途端、事務室にいる補助監督さんたちが一斉に私の方を見た。伊地知さんは目が点になっているし、監督長は苦笑いをしている。何か間違ったことでも言っただろうか。

「ふふっ……あの五条さんが『優しい』か。君は相当彼に気に入られているらしい」
「どういうことですか?」
「いや、なんでもないよ。その調子で今後も頼むね」
「?……はい」

 なんだか含みのある言い方だが、この人は言わないと決めたことは絶対に口を割らないタイプのお人である。私みたいな新米のペーペーが口で敵うような人ではないのだ。諦めて五条さんが持たせてくれたお土産を配ろうと皆さんのデスクを回る。

 事務室にいない人の分まで配り終わった後、まだお土産のクッキーが残っていた。せっかくだから他にあげる人……と考えて、ある人を思いつく。クッキーを1枚取り、私は事務室を出た。


「失礼します、補助監督の水戸部です。硝子さんいらっしゃいますか」
「ん、朱莉か。入っていいよ」
「失礼します」

 私が向かった先は高専の医務室。家入さんのいるところだ。こちらに来た際に紹介してもらい、女性ということもあってか仲良くさせてもらっている。

「五条さんが補助監督にお土産をくださったので、家入さんにもと思いまして。クッキーはお好きですか?」
「甘いやつ?」
「いえ、これはココアなのであまり甘くないと思います」
「じゃあもらう。ありがとね」

 ちょうど休憩時間だったようで、手元にコーヒーが置かれている。いつも大変だから、患者がいない時くらい休んで欲しいと思う。
 そういえば硝子さんは五条さんの同期だと聞いているから、五条さんとの会話で気になったことを聞いてみようかな。

「あの、不躾なことを聞くようですが、五条さんってお友達いないんですか?」
「は?」
「いや、カフェに一緒に行くお友達がいらっしゃらないと言っていたので……」
「あいつがそう言ったのか?」
「はい。ランチにパンケーキのお店に連れて行ってもらったのですが、その後にそう仰られていました」

 そこまで言うと、硝子さんか小さめに吹き出した。五条さんのことを話すと皆さん面白い反応をされるのは何故だろう。

「まあ間違いではない、かな。適度に仲良くしてやってくれ」
「はい!」
「あ、あと」
「?」
「補助監督長あたりから言われていると思うが、君は五条に気に入られているんだ。危ないと思ったら私か学長あたりに連絡するように。いいね?」
「そんなこと起きないと思いますけど、万が一の時はご連絡しますね」
「うん、よろしい」

 あんなに優しい五条さんが危ないなんてことは無いと思うけど、硝子さんの言うことには心に留めておこう。そう思いつつ医務室を後にした。











○今日から独り立ち!水戸部朱莉
・何気に五条さん五箇条を実践している
・改めて五条のスペックに驚いた
・パンケーキと歌姫さんの忠告を天秤にかけ、パンケーキが勝った。パンケーキしか勝たん
・今回、無自覚で人を褒める天然タラシ属性を発揮した
・五条のことは良い人だと思っている
・周りの人から「五条悟のお気に入り」と言われていることは知らない

○朱莉にだけ優しい面の皮を被った五条
・朱莉と2人〜!と思ってウキウキしていた
・会話の内容は好みを把握するためだったよ!
・パンケーキを食べに行くのは一応お伺いを立てたけど確定事項だった
・好きな女の子とのデートだったのでサングラスかけました
・そんなに褒めてもらえると思ってなくて照れちゃう
・交換条件と見せ掛けてさらっと次回の約束を交わす男




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