1.五条さんってグイグイ来るタイプの人ですか?




「今日からこちらに勤めることになりました、水戸部朱莉です。皆さんよろしくお願いします」

 補助監督の集まる高専の事務室。今日から私は東京で暮らしていくこととなる。

 元々は京都高専出身の私。高専を卒業してから一年は三級呪術師として活動していたけど、在学中とその一年で私が出した結論は、『呪術師に向いていない』だ。一般家庭の出身でありながら術式は持っていたものの、特段体術が得意でもなければ、呪力のコントロールがずば抜けている訳でもない。万年三級で周りからイジられ続けていた私は、キャパを超えた任務と周りからの態度に耐えられなかったのだ。
 一旦そう決断はしたものの、今更社会に出て働けるとは思えなかったので、補助監督の道に進むと決めた。
 しかしながら、自分が呪術師として活動していた京都では補助監督としてやっていく自信がなくて、勉強を終えてから東京への配属を希望したという訳である。

「庵さんからお話しは聞いていますよ。よろしくお願いします。君は伊地知くんの下に着いて現場の仕事を覚えてもらうから、そのつもりでね。ほら、伊地知くん」

 この場のまとめ役であろう、補助監督長の男性が代表して声を掛けてくれた。そして彼に促されて挨拶をしてくれる先輩が一人。

「伊地知潔高です。一緒に頑張っていきましょう。今日からよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします!」

 伊地知さんの優しい対応に内心ホッとする。京都から来たから多少キツく当たられてしまうかも、なんて心配は杞憂だったようだ。
 もしかしたら歌姫さんのおかげかもしれない。今日はちゃんと歌姫さんに報告してから寝よう。 
 そうして私の初出勤は平穏に終わった…………否、終わるはずだったのだが。

「お疲れサマンサ〜!」

 一人の人物の登場によってそれは叶わぬこととなる。呪術界の『最強』たる男、五条悟だ。
 彼が入ってきた途端に、事務室の空気が一気に張り詰めるのを感じた。初めて会った私でも分かる。彼にはそれだけのオーラがあった。

 歌姫さんに「アンタは五条にだけには絶対近づいちゃダメよ!!アイツはクズだから!わかった?」って念を押されて、「いや会ったことない人なんでわからないですけど、早々会えないと思いますよ」なんて会話をしたのがフラグだったのだろうか。ごめんなさい、歌姫さん。初日にしてお会いしました。

 私を含めた皆さんが五条さんの動向を見守っている。そこで前に進み出たのは伊地知さんだった。

「五条さん、何か御用ですか?」
「ん?報告書提出しに来たんだけど」
「ほ、本当ですか……?!」
「なぁに伊地知。僕はいつでもちゃんと出しに来るじゃん?」
「は……?」

 伊地知さんしか声を出さなかったものの、何故か私以外のこの場にいる全員が五条さんの言葉に同じような反応を示した。
 皆さんの反応からするに、五条さんは報告書をちゃんと書かないタイプの人なのかもしれない。

「何その反応。伊地知後でマジビンタね」
「ヒッ!」

 五条さんの言葉に伊地知さんが怯える。マジビンタって何……?五条さんって報告書を書かないだけじゃなくて補助監督に手を上げる系の呪術師なの?それだったら歌姫さんが言ってた通りのクズじゃないか。

 内心そんなことを思っていると、それまで伊地知さんに向いていた五条さんの視線がこちらを向いた。いや、目隠し越しだから本当にこちらを向いているかはわからないが。
 何故だかじっとこちらを見てくる。なんだろう、何かしたかな…………あ、自己紹介してない。一応するか。

「あ、あの!本日付けでこちらに配属になりました、補助監督の水戸部朱莉です!よろしくお願いしましゅ!」
「お願いしましゅって君……ふはっ!面白いね!知ってると思うけど、僕はGLG、五条悟だよ。よろしくね」

 噛んでしまった。そこまで緊張はしてないはずなのに。五条さんは堪えきれなかったようで、私の発言に吹き出した後に少し震える声で自己紹介をしてくれた。

「五条さん、あの」
「なに、伊地知」
「彼女は私の指導下に入りますので、会う機会が多くなると思います。ですから、私からもよろしくお願いします」
「え、そうなんですか!?」

 伊地知さんの言葉に私が驚いた。え、嘘。これからバリバリ関わるってことじゃないですか。補助監督1年目にしてそれは無理がある気がするのですが。やっていける自信がないです。

「なぁに、君。僕の補助監督するのがそんなに不満?」
「そ、そういうわけでは…………ッ!」

 言葉を発した直後、五条さんが近づいてきて私の顎を掬い上げた。いわゆる顎クイというやつである。
 こんなことなんて今までされたことないから、びくりと固まるしかない。

「驚いちゃった?固まっちゃってかぁ〜わいい〜!ねぇ、スマホ出して?」
「え、あ、はい」

 五条さんはニヤリと笑った後、私を離してくれた。そして私がスマホを出し、言われるままにロックを解除すると、「これ僕の連絡先だから。なんかあったらここに連絡してね」とご丁寧にLINEのアカウントと電話帳に五条さんの連絡先を登録されてしまった。

 あっという間に為されたことについていけず立ち尽くしていると、五条さんがくるりとこちらに背を向けた。

「じゃ、そういうことで。これからよろしくね、朱莉チャン!」

 ひらひらと手を振りながら去っていく彼を見つめる。シンとした事務室はまるで嵐が去った後のような静けさがあり、周りの補助監督さんたちも何が起こったのかわからないようだった。そしてその静寂を破ったのも、これまた伊地知さんだった。

「あの、貴女は五条さんと面識はありますか」
「いいえ、ないですね。五条さんっていつもあんな感じなんでしょうか」
「私たちが見る限りではもうちょっと、その………」
「いい加減な人だし、他人に興味がない人、だよね。伊地知くん」
「そう、ですね」

 そんな気配、微塵も感じなかったけどな?!強いていえば距離感バグってるグイグイ来るタイプの人って感じだ。それに加えて呪術師としての態度はクズそう、という印象もある。

「どういう訳か知らないけど君、五条さんに気に入られたみたいだね」
「どこか気に入られる要素ありました、今?」
「どうだろうね。いずれにせよ、伊地知くんに着くなら遅かれ早かれ認識はされていたと思うから、それが早まったと思えばいいんじゃないかな?」
「そういうことでいいんですか」
「まあ五条さんの対応は伊地知くんが得意だから。彼によく教えてもらうように。これから大変だと思うけど頑張って」

 補助監督長が眉を下げて笑う。その笑顔は紛れもなく苦笑であった。

「私もついているので、その、一緒に頑張りましょうね」
「頑張ります……」

 もうなんだかさっきの数分でどっと疲れた気がする。これからどうなってしまうのだろうか。





 初の出勤から帰宅し、色々することも終えてベッドに寝転がる。スマホでLINEを開くと、歌姫さんとのトークに今日の出勤の様子とに加えて五条さんと会ったことを報告する。
そしたら秒で既読が付き、歌姫さんから電話が掛かってきた。

『ちょっとアンタ!大丈夫なの?!何もされてない??』
「大丈夫ですよ!ちょっと強制的に連絡先を交換されたというか入れられた?だけで」
『は、アイツそんなことしたの?』
「なんか固まってたら、知らないうちにそんなことになってまして……」
『うわ……引くわ……』
「五条さんってグイグイくるタイプの人ですか?」

 私がそう聞けば、歌姫さんは盛大に吹き出した。ウケを狙った発言では無かったのだが。ひとしきり笑った後、そんなことある訳無いじゃない、と震えが止まらない声で言った。

『とにかく、アイツからの私的なメッセージには反応しちゃダメよ』

 反応してはいけないとはどういうことだろうか。そんなに激ヤバな人ということなのか。

「んー、善処します?」
『まあ、とりあえず今日はお疲れ様。これから大変だと思うけど、頑張りすぎないようにしなさいよ』
「わかってますって。ありがとうございます」
『じゃあ、おやすみ』
「はい、おやすなさい」

 そう言って歌姫さんとの通話を切る。今日は疲れたから、もう寝てしまおう。そう思った時、LINEの通知を知らせる音が鳴った。見てみると、五条さんからである。

『五条悟だよ!これからよろしくね!』

 という文字と一緒に、可愛い白い犬のスタンプが送られてきた。歌姫さんからは私的なメッセージには返信するなと言われたけど、これは時間外ではあるものの、業務連絡に近いので返信することにした。

『こちらこそよろしくお願いします!』

 私も五条さんのようにスタンプを送って会話を終わらせる。そこまでして、スマホの通知をオフにして、今度こそ寝た。
 



 そして朝起きてから五条さんからのスマホの通知がエグい数来ていたことに気づいたり、五条さんの連絡先を入れてもらったスマホがプライベート用だと気づいて慌てたりするのはまだ先の話である。





○本作の主人公、水戸部朱莉
・元は三級呪術師だが補助監督に転職
・京都高専出身、学年は五条の3つ下で伊地知の1つ下
・庵歌姫には京都でお世話になった為に仲が良い
・スタンプは某肯定してくれるペンギン

○ちょっとしか登場しなかった嵐のような男、五条悟
・実は主人公のことを前から知っていた
・ちゃんとしてるアピールをしようと思って報告書を提出しに行ったのに、伊地知たちから『マジで?』って反応されたのでイラつきの矛先が伊地知に向いた
・強制的に自分の連絡先を主人公のスマホに登録した。ちなみに色々な人が欲しがる五条のプライベート用の連絡先である
・これからグイグイ行く未来があると思う
・スタンプは白のポメラニアン

○はじめての後輩ができた伊地知潔高
・初めての後輩!ちゃんと指導しなくては!と思ってた結果がこれ。可哀想
・主人公がいることで五条の機嫌が良くなり、精神的な負担が軽減されるようになる
・しかし、五条からのとばっちりを多々受ける未来がある。がんばれ

○後輩が心配な庵歌姫
・主人公が東京に行くってなってからすごく心配していた。なんなら止めた
・それでも行くって言うから、忠告はしたけど案の定無駄になった




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