学園長が監督生を勝手に長命種にする話
ある朝、監督生が鏡を見ると、自分の瞳が光の当たり具合で金色に見えることに気づく。
なんか色味変わった……?元の色はダークブラウンで色素が薄い訳でもないんだけど。不思議に思ったが、この時は光の具合かなとあまり気には留めなかった。
何日かして、ある学年合同授業でのこと。今日は魔法学基礎の授業である。担当はクルーウェル先生。
「強い魔力は周囲に影響を及ぼす。それは良い影響の場合もあるが、時には悪い影響の場合もある。強い魔力を取り込む影響について、答えられる仔犬はいるか?」
「はい、先生。」
手を挙げたのはアズール先輩
「一般的には、魔力を取り込んだ者を強化します。しかし、取り込む者の魔力許容量が少ない場合、許容量を超えて魔力を取り込めば、最悪死に至ります。また身体の変化ですが、軽度のものは強い魔力の持ち主の身体的特徴が現れます。」
強い魔力の持ち主……の身体的特徴?まさか、
「Well done!アーシェングロット!では魔力を取り込むにあたって気をつけることは?誰か解る仔犬は?」
「はい」
「少量ずつ、定期的に取り込むことです。そうすれば魔力が身体に馴染みやすくなり、死亡の危険は減ります。」
「Good boy!ローズハート!よく学習している。みな、魔力の取り込みはこの先する機会もあるだろう。強い魔力の取り扱いには気をつけるように。では今日はここまで!」
ぐるぐると考えている内に授業が終わってしまった。考えがまとまらないままに教科書やノートを片付けていると、
「オンボロ寮の監督生は少し残るように。」
クルーウェル先生が私を呼び止めた。何か、しただろうか。エース、デュース、グリムには先に行ってもらい、先生の元へと急ぐ。
「仔犬、込み入った話がある。ついて来い」
やはり何かやらかしたのか。覚えがないが、大人しく先生について行く。
連れて来られたのは魔法薬学の準備室だ。まあ座れ、と椅子を勧められたので、先生が座ってから自分も腰掛ける。怒られるのかと思い緊張していると、先生が話を始めた。
「話と言うのは、今日の授業に関連することだ。仔犬、お前は自分の瞳の色が変わったことに気が付いているか?」
とりあえず叱られなかったことに安堵はしたものの、それよりももっと重い話題だ。私の懸念は当たってしまったらしい。
「今日の授業を聞いて少し考えていました。やはり、そうなんですか」
前々から気になっていたことだ。私の交友関係で1番怪しい人は誰かなんて、先生もわかり切っているのだろう、
「もし、万が一、お前の意に沿わないことを強要されているのであれば、俺はお前を守る用意がある」
厳しいけど、なんだかんだで優しい先生だと思う。けれど、
「たしかに合意の上ではありません。ですが、ケリは自分でつけたいので」
「そうか」
その一言を聞いて、私は準備室を飛び出した。
学園長室に行くと、何も言わずとも扉は開いた。今日は早いですねぇ。なんて言っていつものように笑う学園長。
「お茶を用意しますから、少し待っててください」
隣室へと消える学園長を見送りながら、いつも通りにソファで待っているフリをする。たぶん入れるなら今だ。忍び足で隣室へと近づき、その扉を開けた。
「紅茶に何を入れてるんですか、学園長?」
びくりと彼の肩が震える。その手には繊細な装飾が施された小瓶が握られており、まさにその中から鮮やかな紅い液体が溢れ落ちるところだった。
「これ、は……」
「学園長の血、ですか?」
学園長は無言のまま。振り返ろうとはしない。
「今日授業で聞きました。強い者の魔力は取り込んだ者に様々な影響を与えるんですってね。私は、今どれくらいヒトから離れているんです?」
そう問うてから見た鏡に映った私の瞳は、すでに9割以上が黄金へと変わっている。問いを重ねてもだんまり。そんなに後ろめたいのか、それとも言いたくもないのか。
言い訳しようなら聞こうと思ってきたが、さすがに耐えられなくなった。
「なんで……何も答えてくれないんですか!なんで、相談無しにこんなことしたんですか!!!貴方にとって、そんなに私は信用できない存在なんですかッ?!!」
力の限りに叫べば、彼はやっとこちらを振り向いてくれる。
しかし、その表情に余裕は無い。いつものような胡散臭い笑みも、温和な雰囲気も無く、こちらに歩み寄ってくる仮面の男は怖いとすら感じてしまう。けれど、私は逃げずにその場に踏みとどまった。
私は彼の答えを聞かなければならない。
がしり、肩を掴まれる。そして、彼は重い口を勢いよく開いた。
「貴方を信用してないなんて、そんなことあるはずがない!!でも、私が、どれだけ、不安だったか……」
最初の勢いは次第に衰え、学園長は私をきつく、それでいて縋るように抱き締める。
「貴方は明日にでも元の世界に帰ってしまうかもしれない……魔力を持たない貴方は容易く命の終わりを迎えてしまう……貴方をいつ失うか解らない状況に、私が、耐えられなかったんです……」
そんな、私の我儘です。馬鹿な、男だと、思いますか……?
そう言う学園長の声はもはや震えていた。
「馬鹿ですね」
あっさりと心の叫びともいえる言葉たちを切り捨て、縋る彼を振り解く。いつも振り解くことはできないくらいにきつい抱擁は、今ではいとも簡単に解くことができた。
彼を放って向かった先は、先ほど学園長がいたテーブルの前。
既に熱を失ったカップを掴み、真紅のそれを一気に飲み干した。
「私が、貴方と同じことを考えて、悩んでないなんて思わないでください。」
これくらいの覚悟はできて貴方といるんですから。
不敵に嗤った監督生の横顔を映した鏡には、純度の高い琥珀にも劣らないほど澄んだ黄金の瞳が輝いている。
「貴方、今、何をしたか、解っているんですか……?」
「今日で終わりだったんですよね?私がヒトでなくなるのは。瞳の色で解ってますよ。」
「では、どうして……?」
「ちゃんと飲んだら、それこそ先生のものですよね?終わりまでずっと、一緒にいてくれるんでしょう?」
貴方が離したくないのと同じように、私も離れたくはないんだ。
それが伝わるなら、こんなことくらいどうってことはない。
「ハハッ……!誰に、似たんですかねぇ?」
「それはきっと、愛しい人に。」
「ええ、そうでしょうとも。」
二対の黄金がお互いを見つめ合う。
今宵、監督生は彼にとって、正真正銘、唯一無二の存在となったのだった。
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