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14.2.2 追記から



最近、柄にも無くとても苛ついている。
その理由は何故かと聞かれたら、それも俺らしくはない答えなのだが、真実なのだから自分でも驚いている。あいつのせいなのだ。
まぁ、何だ。あいつと俺は仮にも交際をしているわけなんだから、あいつもそういうことを少しぐらい気にして欲しい。お互いの立場上、仕方ないといえどマナーがなってないのではないだろうか。
しかも、あいつには友達と呼べる友達が居ないのを俺はよく知っている。だからあの男子と楽しそうに話をしているところを見てしまうと、一教師として考えたら止めるに止めれないじゃないか。

やめろ、なんだ。これ以上俺を苛つかせるな。
やめろ、その顔は
俺だけが知っていたはずなのに。



□ □ □



「ねぇ、先生」
「…なんだよ」

その日の放課後。
いつものように、上着やら鞄やらを持ってあいつは俺が根城にしている旧校舎の保健室に来た。あいつの腕にはこの間ゆりに半ば無理やり買わされて渡したブレスレットがセーラー服の袖から僅かにきらきらと光っているのが見えた。あいつはいつもより少しだけ明るい表情をしているような気がして、何故か尚更苛ついた。

「…それ、没収されても知らないぞ」
「平気。そんなへましないわ」

そう言ってあいつは机に荷物を置くと真っ白なコートを着始めて、次に紺色のマフラーを首に巻いた。座る様子がなかったので少し気になってちらりとあいつの姿を見ると、あからさまに嫌そうな顔をして、今日は早く帰ってくるように言われたのだと言った。

「あ、それとね、先生。私明日もここに来れそうにないの」
「別に来いなんて一言も言ったことないだろ」
「あとね、私先生に伝えたいことが」
「…いいから早く行けよ」

増え続けている苛つきでいつもより素っ気なく答えていると、勘の鋭い方ではないあいつもさすがに俺の異変に気づいたのか、鞄を置いて俺の方に向かって来た。

「何よ、聞いてくれたっていいでしょう?何をそんなに苛ついているの?」
「うるさいな…関係無いだろ」
「わたしは別にいいけど、そんな状態で職員室に戻らない方がいい…」
「うるさいっていってるだろ!」

苛つきが最大値を超えて、ついにあいつに当たってしまった。気づいた時には、机を叩いて怒鳴ってしまった後だった。
あいつは一瞬体を強張らせて驚いていたが、怪訝な顔をしてすぐに呆れたような声で言った。

「…どうしたの?今日は本当におかしいわ」
「……黙れ」
「……帰るわ。さようなら」

真っ白なコートにマフラーを巻いたあいつが、長い黒髪を翻してこの教室から出て行こうとした瞬間だった。俺の体は意思とは関係無く、おそらく無意識に動き出していて、それまで固く握った拳を開いて、いつのまにか出て行こうとした白く細いあいつの手を強く握っていた。そして、そのまま手を引きソファーへと押し倒していた。お互い顔を見つめて、そして未だ俺は手を強く握ったままだ。こいつを、離さないように。

「…なに?」
「……………」

俺はその質問には答えずに、黙ってあいつを見つめた。
真っ白なコートに黒い髪がよく映えて、僅かに赤く染まった頬は、白い陶磁器のような肌を蠱惑的に飾り、俺を扇情的な気分へと誘って行く。

「…ちょっと、先生……っ」
「…髪が一センチ、短い。あと、また痩せただろ。それと、スカート丈。短い。最近言ってなかったらからって、怠るんじゃねえ」

押し返そうとしているのか、あいつは力を入れているようだ。しかし、あいつは成人男性の力をなめているのだろうか。勝てるわけがないだろう。そして、あいつは抵抗することを諦めたのか、あいつは腕や手首から力を抜いていた。
俺が外見に対してものを言うと、あいつは一度無表情になって、震えるような声でこう言った。

「……………こんなの、間違ってるわ……あなたはやっぱり、わたしを愛してないでしょう……?わたしも、わたしの外見も、すべて」

蚊の鳴くようなその声は、音に反して俺に深く突き刺さった。あの記憶が、あの感情が、ざざざっと音を立てて俺を蹂躙する。深く刺さった声は槍となり、それは抜ける様子もなく、でもそれが何かは分からない。まるで拷問のようだと思った。
俺は無意識であいつの手の拘束をほどいていた。しかし狭いソファで俺があいつの間でのしかかっている状態には変わりない。降りてもよかったのだが、そんな考えは頭からすっぽり抜け落ちていた。何故ならば、俺自身、あいつの言葉を理解するだけに精一杯だったからだ。

俺は、あいつの全てを愛していない。

「…それでもいいって言ったの、お前だよな」
「ええ…でも、それだけじゃ嫌なの。もう」

だから、離して。
そう言ったあいつは、今まで傍にいた、俺の傍にいたあいつとは違っているようで。なんだか無性に苛ついて、それは最近感じていたあの感覚に似ていて、余計に腹が立った。

「……駄目だ。お前は、俺のものだ」
「…わた、しは…」

物じゃないわ、と澄んだあいつの声が教室中に響いた。その瞬間、あいつは俺を押して荷物を手に外に飛びたしていた。追いかけることもできず、あいつの長い黒髪が揺れるのを見つめる。
違う、俺はあいつのあんな顔が見たかったわけじゃない。あんなことを言わせたかったわけじゃない。そんなことをしても俺の苛つきは全く変わることがなく、むしろ増えていくばかりで。
どうすればいいか分からず、ため息をつく。
冷静に考え直し、自分がいつもより感情的になりすぎたことに反省した。そのせいであいつを不安にさせたのだろう。
俺はこれからも、あいつと持ちつ持たれつの関係でいるのだ。あいつの歪んだ愛はきっと誰にも受け止めることができないのだから、俺はそれを受け流してあいつの個体としての美しさを鑑賞し続ける。そう、これがあいつと俺にはベストな関係なのだ。
謝ろう。少し不本意ではあるが、今回の責任は俺にあるのだから。そしてまたいつものようにこの教室で、二人の時間を過ごせばいい。
あいつは確か携帯を持っていないと言っていたから、謝るとしたら明日以降だろう。どうしても直接謝らなければならいようなので、俺は仕事をしつつ言葉を必死に探していた。


しかしこの日以来、あいつが学校にくることはなかった。

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