blog
13.12.7 追記から


面倒事には首を突っ込まないし、見て見ぬ振りをするのが俺流だ。
だが、これは、きっと誰でも話しかけてしまうんじゃないだろうか。
約一時間前から、藤村は体勢が変わっていない。もちろん、表情も変わっていない。
約一時間前、俺が体育の授業で廊下を歩いていたら、空き教室である教室にスカートが少し見えていて、教室に入ると藤村がぼーっとしたままロッカー近くで寄りかかって体育座りをしていた。俺には視線すら動かさず、ずっと前だけを見て意識がここにないようだったので、俺は何も言わずに教室から出て体育の授業を受けた。
そして。体育を終えた今また先程の空き教室を通ると、俺が覚えている限りでは体勢も表情も変わっていない藤村が座っていたのだ。

「…藤村、体育サボりか?」

藤村はそのまま次の授業も出ないような雰囲気で、そのまま放っておくことも出来なかったのでなんとなく声をかけた。
ちなみに声をかけたのは真夜中に会ったあの時以来だった。でも、緊張も高揚もせず、穏やかな気持ちで声をかけることができた。

「………体育はちょっと諸事情でいつも出てないの。でも見学をしなかったのは今日が初めてだわ」
「ふーん。初サボりおめでと」

藤村は少しだけ口角を上にあげた。確かに、サボりなんて祝うものではないが学生の特権だろう。一度は体験しておくべきだ、と勝手に自己完結しておいた。

「…考え事?」
「…え」
「さっきから体勢変わってないから、何か考えてるのかと思ってた」

そう言うと藤村は少し険しい顔をして考え込んでしまった。
ああ、やはり足を突っ込むべきではなかったのだ。藤村は一人で考えたかったのだろう。

「…悪い。詮索しない方がよかったな」
「いや、そうじゃないの…たぶん、むしろ、誰かに聞いて欲しいのかも……でも…そうね…わかるように説明出来ないの」

それから藤村はまた暫く黙ってしまって、俺はそれが解けるのを待っていた。沈黙は居心地を悪くするものではなく、むしろ心地よかった。それは相手が藤村だからということは十分わかったいる。
それから藤村はぽつりぽつりを話し出した。

「…前から…知らなければならなかったことを、知る時期が来たのかもしれない」
「は?」
「あの人は…やっぱり……いえ、それを私がするべきなのかも…」
「藤村…な、何」
「……でも、やっぱり分からない……私の、幸せ……?」

そう言って藤村は辛そうに顔を歪めて、俯いてしまった。そこにいたのは人形でも精神が病んでる訳でもない、普通の、そこら辺にいる女の子の藤村だった。
その時、僅かに藤村という人間が見えた気がした。抽象的な感覚でしかないけれど、なんとなく、藤村っていう人間を形成する上で大切な、そんなものを垣間見たような気が。

「………ごめんなさい、やっぱりうまくまとめられない」

俯いたまま藤村はそう小さく言った。
詮索は趣味ではないので深く問い詰めるつもりはないが、一つだけ気になることがある。

「藤村、それはお前とお前の恋人の話?」
「…………そう、なる……」
「誰か聞いたら、怒る?」
「………怒らない。けど、あの人に迷惑をかけたくないから教えられないわ」

教えたら迷惑がかかる。
藤村はクラスどころか学校に馴染んでいないと俺は思っているし、同じ学年ではないだろう。藤村はたぶん年下はそういう対象にはしない。だとしたら、年上…ああ、なんとなく分かってしまった。

「幸せ、って言うのは誰に言われたんだ?」
「……あの人の…知り合い。わたしとあの人に、幸せになってほしいんですって。そのために、私は何かしなくちゃいけないみたい」

藤村は俯いたままだ。顔を見られたくないのだろうか。

「…分からない。確かに、幸せな方がいいのは分かってる。でも……それは私の意思じゃない…たぶん、あの人の意思でも……あの人の未来に、私はいるの?」

最後の自問自答は、震えていた。
ああ、藤村は………そうか。もう、分かってしまった。学校の誰もが分かっていなかった、俺も分かっていなかった、たぶん、藤村の言う「あの人」も、そして藤村自身も。藤村の心の片隅にひっそりと置かれたものの名前が。

「藤村。前に愛してる人になら何されたって平気だ、って言ったの覚えてるか?」
「………ええ」
「この間そのことをとある人に言ったら馬鹿野郎って殴られた」

命を預ける、というつもりで言ったはずだった。
殺してもいい生かしてもいい、この世の生というものをその人に委ねようとした。俺の一生をあげると。

「なんて言ったと思う?その人」
「………分からない」
「一生っていうのは自分自身のもの、誰にも侵されることはできないんだ。好きに歩けばいい、自分に本当に素直になれば、したいことが見えてくるって」

その言葉を俺の心に鋭く突き刺さり、でも決して傷にはならなかった。寧ろ、大事なものが欠落しかけていた俺の、丁度いいぐらいのストッパーになった。
藤村、この言葉は、お前に傷をつけるだろうか。

「藤村の思った通りにしたら、答えは見えてくるんじゃないか?理屈抜きでさ、肩の力抜いて考えてみろよ」
「………そう…ね……」

顔を上げた藤村はまたいつもの顔つきに戻っていた。でも俺はもう藤村が人形だなんて馬鹿みたいな比喩の顔つきには見えない。

「ありがとう、井橋くん。またちょっと考えてみるわ」
「ああ、名前知ってたの?」
「当たり前でしょ、同級生じゃない」
「友達だろ、」

そう言うと藤村はぴた、と止まり少し戸惑いながらそうね、と小さく答えた。可愛いなと素直に思った。
時間は授業が終わりを迎える頃だった。

「そろそろ、戻らなくちゃいけないわね」

立ち上がる瞬間に見えた、藤村の腕から少しだけ見えた、キラキラした白とピンクのブレスレット。派手すぎず地味すぎす、藤村によく似合っていた。
わかっていたけれど質問するのが主流だろうと思い、笑いながら藤村に問いかけた。

「あの人からもらったの」

そう答えた藤村は小さな花を綻ばせたような優しい笑みで、大切そうに言った。
その顔を見て、もう藤村には答えが出ているみたいだ、と思ったことはまだ藤村には内緒の話だ。

back
comment : 0

↑back next↓
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -