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13.10.5 追記から

名前は藤村依子。
3年1組の生徒で、影での呼ばれ方は日本人形。

どうしてそんな名がついているのか。それは藤村はいつもさらさらでつやつやな黒髪を肩に垂らし、白く細い手足は真っ黒な冬服に映えていて、現代では主流の可愛さからかけ離れた美しさを持っているからではないだろうか。可愛いというより美人というより、綺麗。とにかく計算された美しさで狂いがない。昔の美しい絵画のように。
藤村が誰かと話をしているところは見たことがない。さっきもあげたように藤村は綺麗で話しかけづらいので、女子とも男子とも、先生とすら話しているのは見かけない。誰も、藤村の声は聞いたことがないのではないだろうか。
藤村は表情も変わらないから、一部の生徒は面白がって藤村に「日本人形」なんて名前をつけた。確かに藤村の美しさは日本の美しさを形にしたようなものだが。その名が学年中に広まってしまって、藤村はますます浮いた存在になってしまった。

俺はなんとなく、藤村が気になっていた。それは恋愛の感情ではなくて、たぶん、根本で考えていることが同じだと、直感で思ったから。藤村と話がしたくて、でも話しかけられなくて、なんとなく、焦がれるような寂寞を感じていた。
例えるとするなら、藤村は先程の絵画のように、描き手が「描かずにはいられない」と思わせる美しさなのだ。俺は絵を描くことが好きだからそんな風に考えてしまうのかもしれないが。とにかく、俺が藤村に感じているのは周りとは違うものだと言い切れる。うまく表現できないが強いて言うとするなら先程言った「描きたい」美しさなのだ。あと、自分と同類なのではないかという好奇心。学校、教室、その場所にどんな思いがあるのか。価値観を共有できると思うのだ。だからこそ相容れない存在になると思うのだが。

あぁ、考えるだけでわくわくしてしまう。





夜。俺は真っ白なコートを着た藤村に遭遇した。
藤村が制服以外のものを着ているところを初めて見たと思ったのだが、残念ながらコートの中は制服のようだ。しかし、黒を纏った藤村しか見たことがなかった俺は白のコートを着た藤村を凝視していた。
ちなみにもう下校時間も夜の一人歩きの制限時間もとっくにすぎている時間だ。俺は祖母と二人暮らしで、明日の朝食に使う卵と、あとはちょっとした夜食を買いに近所のコンビニに行っただけで、決して不良とか、そういうわけじゃない。
藤村は何も持たずに空をぼーっと眺めていて、その目には何も写してはいなかった。ああ、やっぱり。藤村は、おれと同じなのかもしれない。
俺は激しい高揚感に包まれる。でも思考回路は比例して冷静になっていき、俺は静かに藤村の近くに足を進める。俺が隣に来ても藤村が俺の方を見ることはなく、それが俺にとってとても嬉しかった。

「藤村、もう一人歩きは禁止されてる時間だけど」
「…そっちこそ、不良なのね」

藤村がちらりと一瞬だけ俺を見た、外灯に照らされて藤村の長い黒髪は怪しく光っていて、夜風にさらさらと揺れていた。
俺は我慢できずに早々に本題をぶつけてしまいたい気持ちに駆られた。藤村はどんな気持ちを抱くのだろう。共感して欲しいわけじゃないけど、無関心なのも少し嫌だな。

「死んでもいい」
「…え?」
「二葉亭四迷はI love youをそう訳した、って聞いたことないか?」

俺は空にある三日月とも半月とも言えない微妙な形の月を見て言った。俺が急にそんなことを言ったからさすかまの藤村も驚いているようだ。

「…二葉亭四迷は、そのまま訳すなんて無粋だと思ったんじゃないかしら?奥ゆかしい表現を出したかったんじゃないかと私は思うわ。夏目漱石もね」
「そうか?俺はそうは思わないけどな」

死んでもいい。
そう。俺にとっては愛は死と同じ。
俺の愛は死ぬことで完成されるんじゃないだろうか。憎しみと愛が紙一重なこの世界は憎しみで人を殺せるし愛で人を殺せる。しつこいがそれはイコール。だとしたら俺が考えるこの世で1番幸せな愛の形は共に命を終えること。短く言えば心中だ。
俺は二葉亭四迷の本は読んだことがない。そもそもあまり本は読まないけどI love youの話なら知っている。
愛は自分を幸せにしてくれる。ましてやI love youなんて、心から幸せだと思ったから出てくる言葉じゃないだろうか。だから死んでもいい。この考えはただの逃げなのだろうけど、この幸せがすぐに消える儚いものなのなら今この場で永遠にする。自分を愛してくれる人が殺してくれるとしたら、それはなんて幸せなことなんだろう。

「なにされたって愛してるなら死ぬことも厭わないよ、俺は」

笑ってそう言うと藤村が綺麗な笑みを返し、身を翻してゆっくり歩き始めた。反対方向を向いている藤村の表情は分からないけれど、すこし笑っているような気がした。

「私は、自分で命を捨てるときは相手が一生私だけを見てくれるような最期がいいわ」

怪しい、桃の香りがした。

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