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13.9.15 美術部の


「彩乃先輩。俺は、夢を見ることも、真実を見つめることも怖かった」

あの日、子供の頃の一言で、俺は俺の見ている世界に蓋をして、絵を描かなくなってしまった。
周りが自分をどう思っているか、自分の手で描きたい景色、どちらも塞いで空の上をふわふわ浮いているような、そんな感覚だった。
何かに熱中している姿は、誰かから見たら異端で、変質的に見えることがある。それせいで、俺はとても孤独だと、そう思っていた。
でも、そうじゃなかった。むしろ自分は、それほど好きなものに出逢えたこと、同じ価値観を持つ人と会えたことを誇りに思えばよかった。
それでも、彩乃先輩が教えてくれたから。君はまだやり直せる、君は無限の才能に溢れている、君の世界は美しい、と。

「彩乃先輩にとって、俺が描くことは辛いことなのかもしれない。それでも、俺はこれからずっと描き続ける」

逃げない。目を背けない。
それだけの強さを彩乃先輩はくれた。たとえ、俺が1番欲しくなかった言葉をくれたのも彩乃先輩だとしても。
彩乃先輩が俺を恨んでいるとしても。
俺は彩乃先輩がくれた世界を、俺なりに描いていく。

「…瑛太くん」

卒業証書の入った鞄をぎゅっと握って、彩乃先輩は振り返った。その顔に悲しみは微塵もなくて、笑顔があった。いつも影から俺の背中を押してくれていた、あの笑顔が。

「瑛太くんなら、きっと世界を描けるよ。もっと肩の力を抜いて?大丈夫よ。私、あなたの絵、大好きだもの」

優しく触れる白くて長い指が、少しだけ震えていた。それでも笑顔は崩れていなかった。
ごめんなさい、ごめんなさい彩乃先輩。
それでも、俺はー・・・

「彩乃先輩、好きです」

俯いたまま、怖くて彩乃先輩の顔を見れなかった。
ごめんなさい、すみません、彩乃先輩。気持ちを伝えてしまったこと、許してください。また、彩乃先輩を苦しめてしまってごめんなさい。
彩乃先輩の、向日葵みたいな暖かさが大好きです。
彩乃先輩の、桜のようにすべてを包み込む笑顔が大好きです。
彩乃先輩の、秋桜みたいな小さな優しさが大好きです。
彩乃先輩の、氷柱みたいに冷たい本当のあなたが大好きです。
あなたのすべてを好きになってしまって、ごめんなさい。

「……瑛太くん」

少し顔を上げると、そこには小さく力強く、包み込んでくれるあの笑顔。彩乃先輩の細長い指が俺の腕に触れて、そのまま顔が近づいてー
彩乃先輩の唇が、俺の頬に触れる。
そのままゆっくり離れていって、彩乃先輩は綺麗に微笑んだ。そっと呟いた言葉を俺は忘れない。

『』

泣かないと決めたのに。彩乃先輩の言葉はそんな決意を簡単に壊した。
彩乃先輩はまた、歩き出す。まだ寒い北海道の春は桜は咲いていなく、殺風景だ。
でも、彩乃先輩が歩いて行った道は輝いていて、暖かいものに見えた。

「瑛太くん、裏側、ちゃんと見てね〜!」

そう言って、彩乃先輩は門の外へと消えて行った。


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