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14.12.28 追記から




公園で気絶していたあの女、桃子が俺の家で居候を始めて3日が経った。
出会い方が最悪なためお互い1日目はあまり会話がなかったが、2日目の半ばからぽつりぽつりを会話を始めて、3日目の晩、つまり今なのだが、あり得ないことにもうすっかり打ち解けてしまった。

早い段階で桃子は元々友達が作りやすい性格なのだと気づいた。
高飛車のようにも見えたが、桃子は聡明で他人との距離感を掴むのが上手い。本当に高1なのかと疑うくらい話していても同じ目線で会話ができるし、気遣いもできる。友人と呼べる存在はゆりくらいしか居なかった俺が感じ取れるのだから桃子は本当に話しやすい奴なのだと思う。






「先生。痣も大分目立たなくなってきたし、2日後にはここから出るわ。今までありがとう」

日にちは変わらず3日目の晩。
俺のTシャツを着た桃子が腕をまくって傷の治り具合を見せる。
確かに痣は最初の頃と比べ大分目立たなくなっていた。
所々で変色している箇所を見つけて表情を曇らせたが、それくらいは隠せると軽い調子で言った。

「そうか。荷物は届けてもらったのか?」
「それなんだけど、考えてみたらあたし手ぶらだったんだよね、だから荷物ないの」
「お前、家遠いんじゃなかったなか?電車代とかあるのかよ」
「スカートのポケットに定期と家の鍵入ってたから大丈夫よ」

桃子の態度は何も変わらなかった。
俺に家にいさせてくれと頼んだあの時以来、桃子は内に秘めた感情を出そうとはしなかった。
それでいて話し下手ではないのだから、俺は珍しく他人の、しかもつい最近まで初対面だった人間が気になってしまった。

「………お前は、なんで」

まるで独り言のようだった。
気がついたら口に出していて、台所に向かっていた桃子が足を止めた。
その表情は珍しいものだったが、やはりあの時の桃子とも違っていた。

言葉を止めたのは、どうしてか。
桃子に対する遠慮ではない。では?

本当はわかっている、決まっている。
俺が、桃子のことを「知りたい」と思ってしまったからだ。
何故かはわからない。でも、こんなに他人が気になるのはあいつぶりだった。

「………なに?」
「…いや……」
「なんで暴力つきの夜遊びしてるかって?」

桃子は笑っていた。嘲笑とも言うべきものだった。それは俺に向けられた笑いなのか違うものなのか、俺に分かる術はなかった。

「…聞かれると思ってたけど、聞かれないとも思ってたわ。あなたって、他人に興味がないくせに、気になって仕方ないの。本当は一人になりたいのに、ひとりになりたくないのよね」

ゆっくりとした足取りで俺の元に向かってくる。
動悸がおかしい。こいつは今何を言っているのだろう。
分からない。分からないのに、どうして俺はこんなにも自分が全て暴かれてしまうような感覚にいるのだろう。
どうしてこんなに恐ろしいのだろう。

「どうして、って顔ね。わかるわよ…あたしも同じだから。離れたいのに、近づきたくてたまらないの」

俺は何も言うことができなかった。
ただ、桃子の言葉だけが空っぽの頭の中に入ってきて、昔がフラッシュバックして、あとはもう、考えるのはやめた。





?? ?? ??





「癖の弊害って、言ったわよね。あたし、多分マゾヒストなのよ」

消えかかった傷跡を眺めながら、どうでもよさそうに言った。

「信用できる人…まあ、5人くらいしかいないんだけど、その人たちにたまにしてもらってるだけ。なんか、生きてるって思うのよね。痛いと」

俺は何も言うことができなかった。
桃子の話は聞いていたし、先ほどの言葉で頭が真っ白のままなわけではない。
まだ動揺が残っていたが、それでも頭は普通に動いている。
それでも何も言えなかった。桃子が、それを許さなかったのかもしれない。

「…あたし、色々あって、家にいても空気みたいな存在にしか思われてないの。居ても居なくても同じって言うか……あと、姉がいてね、一個上なんだけど、そっちも色々あって………あたしのことなんか構ってるような状態じゃないくせに、それでも無理して構ってくれるの」

そういえば、姉さんはあなたの学校に通ってるのよ、と付け加えた。
桃子に姉。こんな妹がいるのだったら姉はさぞかしぶっとんでいるのだろう。そう考えていたら失礼なこと考えたでしょう、と桃子は眉を顰めた。

「そんな生活してるうちに、なんだか生きてる心地がしなくてね……家飛び出して、一人暮らしして、そしたら色々自由になっちゃって、たまにあんなことしてるだけ」

おわり、と言って桃子は立ち上がる。
その表情は悲しそうに笑っていて、歪んでるでしょ、と俺に言った。
その表情や声色、言葉で、先程の嘲笑は桃子が桃子自身に宛てたものだと理解した。

「不思議よね。どうでもいいのにどうでもよくないの。苦しいようで苦しくない…幽霊みたいに、あたしが誰にも見えなかったりしたら色々考えなくて楽なのか、とか、でもそれは寂しいな、とか、矛盾ばっかり」

言い終わった桃子は、ばつが悪いとでもいうような表情をした。
気恥ずかしいようだ。気持ちは分からなくもない。
恐らく誰にも、話したことはなかったのだろう。

「…いや、わかるさ」

ああわかるさ。わかるとも。
俺は今まで、ずっとそんな思いを持ってきたのだから。

周りの全てがどうでもいい。
傍にいようがいなかろうが、他人に対して興味がない。
ないはずなのに、苦しいのだ。
傍にいられるのも、離れられるのも。
やめろ。そんな目で俺を見るな。俺は何も持っていないのに、何もできないのに。なぜなら俺は……

「…前から思ってたけど、あなたって姉の恋人にそっくり」
「…………は?」

思考がトリップしていた俺に、桃子が楽しそうな雰囲気をまぜながらそう言った。

「姉とはたまに会うようにしてるんだけどね、去年彼氏ができたんだって。どんな人か教えてはくれなかったけれど、あたしとよく似てるって言ってた。姉さんだって寂しがりで愛されたがりなくせに、あたしに似てるなんて、どう見ても需要と供給が合わないわよ」

真剣な顔で桃子が言うので、笑ってしまった。なんだかんだ言っても、自分のことを気にかけてくれた姉は大好きなのだろう。

「ちょっと、なんで笑うのよ?」
「いや、姉思いな妹だと思って」

張り詰めていた頭が緩んでいくような気がする。そんな感覚に安堵していると、桃子は恥ずかしいのか慌てた。

「な、き、急に何言ってんの!?そ、そりゃ依子姉には感謝もしてるし……あんなに面倒見てもらったら、き、気にかけない方がおかしいっていうか……!」

依子。

照れて早口で小声になった桃子の口から出たその言葉だけを俺の耳は鮮明に受け取る。
まだ桃子は話していたが、内容は耳に入って来ない。
依子。
その名前だけが頭の中をぐるぐる回る。
数週間俺を悩ませる種。あいつを最後に見たあの光景が蘇る。
落ち着きかけた頭が、今度は激しい熱を持って俺を痛めつける。
動悸がおかしい。額や手に汗が滲む。空調は適度なはずなのに、暑くてたまらない。

もしかしたら。
俺の中で、なんの証拠もないのに確信だけが大きくなっていく。
似ていると思った。でも、それはほんの僅かなものだったし、あいつのせいで頭がおかしくなったのだと思っていた。でも、もしかしたら、違うのかもしれない。

「……おい、お前の姉さん、なんて名前だ。名字も教えろ」

俺の様子に気づいたのか、桃子は目を丸くした。
俺は自分が今どんな状態なのかわからなかったが、おそらく酷いのだろう。

「え、なに、どうし…」
「早く!」

思わず声を荒げる。
桃子は一瞬体を強張らせて、口ごもったが、仕方ないといった風に口を開いた。

「…藤村、依子よ」

根拠のない確信が現実に変わった瞬間だった。

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