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14.11.9 未練




風が冷たく感じられる頃、姉の婚約者が死んだ。

姉は、知らせを聞いたときも葬式の間も泣くことはなく、それは桜の蕾が出てきたでも変わらなかった。






未練 1









婚約者は、見知らぬ誰かに刺されて、即死だったそうだ。
人の命はこうも簡単になくなってしまうものなのか、と改めて実感した。
まさか、ドラマや漫画のような出来事が、身近で起こるだなんて、普通は考えもしないだろう。
私も姉も家族も、皆驚き、そして悲しんだ。


姉の婚約者は、真面目で話し下手な姉とは正反対の人間だった。
喋り好きでちゃらんぽらんで女癖が悪い。
姉も何度も浮気をされていたのに、仕方ないね、の一言で済ましていた。
姉が嫉妬の感情を滲ませることなく綺麗に笑うものだから、つい笑ってしまい、また浮気をしてしまうのだと家に来たとき楽しそうに話をされた。

姉は大人しくて真面目で、頭がよく、話し下手な代わりに聞き上手だ。
大学に行きつつバイトをして、断り切れずハズレくじを引くことも多いようだけれど、姉はいつでも気丈に笑う人だ。
今まで恋人の影を匂わすことなんてなかったのに、家に突然今の婚約者を呼んで私と母に婚約者です、と真面目な顔して言うので、私も母も驚いて声を出せなかった。
思えば姉に違和感を持ち始めたのは、この頃からなのかもしれない。

婚約者は私ともよく話をしていた。
姉が大学やバイトに行っている間よく私たちの家に入り込み、母の料理を食べつつ楽しそうに話をしたり、自分の家のように寛いでいるから、必要以上に会話してしまった。
話をしていても本当にこの婚約者がちゃらんぽらんでろくでなしな女好きということは伺えて、どうしてこんな人間と笑ってつき合っているのか、姉が本当に理解できなかった。

でも、そのときはお互いがお互いを本当に愛しているから、どんなことをしてもされても変わらず恋人でいられるのだとそう思っていたけれど、最近私はその考えに違和感を持ち始めている。

何故なら、姉は婚約者が死んでも泣かないからだ。
苦しくて泣けない、という様子もなく、死んだという知らせを聞いても姉は無表情でそうですか、と言い葬式の間もずっと無表情で、諸々の事が終わって落ち着いても、姉は以前と変わらなかった。
そもそも姉とあの婚約者がいつどこで出会ったのかも知らないし、あれだけ女癖が悪い婚約者なのに、姉は1度も朝帰りをしたことが無い。
好きじゃなかったから、浮気をされても死んでも、泣くことはなかったのでは無いか。

姉の真意がわからない。
もし、姉が婚約者を好きじゃなかったのだとしたら、私は、わたしは。






興味は止まることなく、やがて隠しきれなくなるほどに大きくなってしまった。

「もうすぐ卒業ね、莉子。お祝いは何が欲しい?なんでも言ってね」

紅茶を淹れながら、姉は嬉しそうに言う。居間には私と姉しか居らず、シングルマザーの母は仕事の真っ最中でまだまだ帰ってこないであろう。
姉が紅茶を淹れる音だけが響く静かで穏やかな居間で、私はきっと獲物を狩る動物のような目をしているだろう。

どうしても、姉の優しい声の裏に隠れる本当の心が気になって気になって仕方がない。
どうしてこんなに他人の恋に関わる事が気になるのだろうか。
姉だからと言って無神経なのは分かっているのに、思いが止まらない。
知りたい、知りたい。そして聞きたい。

姉とあの男の隠された真実を。


そうしたら、きっと私も。


「……なんでも、いいの?」
「ええ。でも、あんまり高いものは買えないからね?」
「じゃあ…………」

私は意を決して口を開いた。
額には汗が滲み、スカートを握りしめた手に力がこもる。


姉と婚約者の真実を知ればきっと、

きっと私も、この胸のつかえが取れるに違いない。

「…お姉ちゃんと陽介さんのことが知りたい……」

小さな声は、しっかり姉の耳に届いたようで、姉は驚いたように目を開いた後すぐにいつものように笑った。
紅茶をテーブルに置いて、ケーキを取り分けながら、穏やかな声で話しはじめる。

「…………そうだね……いつかは、そう言われると思ってた。でも、せっかくおいしく紅茶を淹れれたの。だから、飲みながらゆっくり話そうか」

正直私には呑気に紅茶を飲めるような気持ちなんてない。
早く知りたくてたまらない。
知りたくないのに、知りたい。

「それにね、私も莉子に訊きたいことがあったの」

怖くて訊けなかったのだけど、と姉は困ったように続けた。
真っ赤な苺がのったショートケーキをテーブルに置いて、姉は私の向かいの椅子に座った。
そしてそのあと、私の目をまっすぐ見てこう言ったのだ。

「陽介君とセックスしてたこととか、ね」






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