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14.9.15 追記から




その日は少し妙だと感じていた。

俺の1日は誰よりも早く学校(の敷地内の旧校舎)に行き、自分の仕事をすることから始まる。
最近はそこにあいつが加わって、あいつはチャイムギリギリまでそこに居座って鍵を閉める。ちなみに俺は朝の打ち合わせのためあいつより早く本校舎に戻る。
それから授業をして、放課後に分からないことを聞きにくる生徒に対応して適当に先生方と会話しつつ、5時を過ぎると俺は根城に向かうのだ。
そこにはもうあいつが座っていて「おかえりなさい」なんてふざけて言うのだ。
後は残りの仕事を終わらせて帰る、たまにそこにあいつを家付近まで送るという仕事がプラスするが、今は関係のないことだ。





今日がどうしておかしいのか、それは朝にあいつが旧校舎に来なかったことだ。
あいつと一緒にいるようになってから旧校舎には欠かさず来ていたのに、今日初めてそれが破られてた。
別に約束なんてしていたわけでもないし、俺としてはどうでもいいことなのだが、最近の自分の1日を振り返るとあいつがいて、それがなんの断りもなく無くなったので、拍子抜けした、くらいのことで。

久しぶりの1人の空間は、パソコンのキーボードを叩く音とブラックコーヒーの臭いだけが立ち込めるいつもと何ら変わらない空間だった。





□ □ □









「そういえば授業中に藤村が体調を悪くしたんです」

放課後。
職員室で1人の教師がそう口にした。
俺は今日はあいつのクラスで授業は無かったので、あいつには会っていない。思わず耳を傾けた。

「言い出さないもんですから、慌てて保健室に連れ込んで。入学から曰く付きの生徒ですが、病欠も早退もありませんでしたからびっくりしましたよ。なにかあったんですかね」
「何かあっても、我々は簡単には手出しできませんよ」


その後からは聞かなかった。

やはり何かあったのか。
風邪を引いたことがないのが自慢と得意げに話していたあいつが、授業中に体調を崩すなんて。
やはり何か聞いた方がいいのだろうか。いつもならもう旧校舎で俺を待っているはずの時間だ。少し早いが、今日はもう行くべきか。
いや、でも、何かあったら1番に俺に頼りそうなあいつが、顔を出さないほど考え込んでいるなら、詮索しないほうがいいんじゃないのか。
…馬鹿だ。それでは己の保身しか考えないあの腐った教師たちと同じじゃないか。

「っくそ…………………」
「えっ?何か言いましたか?相田先生」

小声で呟くと向かいにいた猫山田先生が申し訳なさそうに聞いてきた。
この先生は去年赴任して俺の向かいの席になったのだが、馬鹿そうに見えるのに妙に鋭くて困る。

「なんでもないです。あの、これから自分に生徒や電話が来ましたら、急用じゃなかったら明日にしてくれと伝えてもらえませんか。暫くしたら戻ってくるので、急用の折り返し電話などがあったらメモお願いします」
「はっ、はい!わ、私でよければ」
「お願いします」

そう言って職員室を足早に出る。

向かう先は、旧校舎だ。








旧校舎の保健室、俺の根城からは全く音が聞こえない。
物音がする気配もない。
体調が悪いなら、今日はもう帰ったのだろうか。

冷静に考えるとそれが正解なのかもしれない。
ここは空気も良くはないし廊下から隙間風が吹いてくるし、体調が悪いならこの場所はよくない場所だろう。
俺らしくもない。柄にもなく他人のことを考えて行動した挙句、空回りしてしまった。
俺はため息を吐いて頭を掻いた。
少し早いが、もともとここに来るつもりでいたのだ。先にこちらの仕事を終わらせてしまおう。
ポケットから鍵を出してドアノブに入れた。鍵を回すと、もう開いているようで、俺は勢いよくドアを開けた。

もしかしたら。




「………せん、せい………?」

ソファに蹲っていたあいつが、俺の方を見る。
今にも泣きそうなひどい顔をしていて、昂ぶっていた気持ちが少しずつ冷めていく。
ゆっくりあいつに近づいて、ソファの前まで来る。

「…………お前、顔ひでぇな」

そう言ってやると、あいつは精一杯の力で俺を引っ張って、そのままぎゅっと抱きついた。
鼻腔がいつも桃の香りでいっぱいになる。
あいつは泣いていないようだったけれど、小さく震えていた。
まるで、何かを確かめるかのように俺を強く抱きしめている。

「………ちょっと苦しいんだけど」
「…っ先生、せんせ……………っ」

先生、先生とずっと俺を呼びながら、あいつはずっと俺を抱きしめる。
震えたまま、あの苦しそうな顔で、ずっと。
こいつはなんて厄介なんだろう。
どうでもよさそうなことは話す癖に、大事なことはこんな風になるまで黙っているのだから。

「せんせ、は……いなくなったり、変わったり、しないわよね、ずっと、ずっと、このまま………わたしのそばに居てくれるのよね?もし、もし、私の前からいなくなったりしたら、必ず見つけ出して、足の腱を切ってやるんだから………っ」
「……怖えな。……………お前が怖いから、どこにもいけねえな」

無表情でそう言った。俺の胸のあたりに顔を埋めたあいつは、俺の顔なんて見えてないんだろうけれど。
でも腕の力は少し強くなった。

お前が俺の前からいなくなったりしたら。
とは、言うことができなかった。
こいつは生徒で、俺は教師だ。
そうでなければ、出会うことはできなかった。今の関係がどんなものであっても、出会いがそうなら、俺がこいつに夢中になることは絶対にない。
今のこの時間はこいつの最悪な人生の中の、ちょっとした思い出くらいにでもしてくれれば思って始めた関係だ。無責任なことはこいつにも俺にとっても毒でしかない。

目の前で震えるこいつが、いつもより小さく見えて、俺らしくない感情が生まれて。

頭とは関係なく口が開いた。

「…………遅くなってごめんな」

きっとこんなこと、あいつはすぐに忘れるんだろう。

気づかぬうちに雨が降り始め、保健室の小さな窓に打ち付ける。



なあ、もし、俺がお前と違う出会い方をして、お前に心から夢中になったのなら、きっと俺はもっとお前を束縛して、俺好みの姿形にして、お前のことを愛するなんて嘘でもしなかったんだろうな。









▽それは、まるで呪いの言葉のように







今日は、あいつの母親の命日だったのだ。



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